Intraocular lens1 眼内レンズ1
軍で生まれて軍の施設内で育った者は、幼等部から教育が始まり、士官過程に進むと准少尉という階級を与えられる。
見習い将校といったところか。
その後、士官過程を終えて実務に就くと、その時点でほぼ自動的に少尉の階級になるが、ここで初めて軍の施設外に居住することを許可される。
職務に支障のない範囲なら、好きなマンションなりアパートなりを選ぶことができるが、たいていは勝手がよく分からないので、軍が勧めるマンションか先輩軍人のお勧めのマンションを選ぶことになる。
「いちばん始めさあ、どうやって住むところ選んだ?」
アンブローズが新たに越したマンションの室内を見回し、ジーンがそう問う。
広さは、潜伏していた下町のアパートとあまり変わらない。リビング一室と寝室、今のところは使う予定もない空き小部屋とキッチン、シャワー室。
鍵が遺伝子チェックで解錠するタイプのものなのと、生活の補助、管理をする小型アンドロイドが設置されているのが大きな違いか。
「ブランシェット准将のお勧めにした」
リビングのテーブルに座り、アンブローズは煙草の煙を吐いた。
片手では、テーブルの端にある立体プロジェクターの操作パネルを先ほどから指先で忙しなくタッチしている。
「アンとブランシェット准将って、何か仲良くない? この前見てて思ったんだけど」
「仲がいいかは知らんが、あの人はあれでもいちおう諜報の人だ。割とすぐ情報分析の任務の方に行って、そのあと執務だけの立場になったから、潜入なんかはほとんどやったことないと思ってるが」
「まあ……アンの上官なんだから、諜報の方の人ではあるんだろうけど」
ジーンがスナック菓子を摘まむ。
「教育過程の時代から知ってる。初等部から中等部の頃まで同じ教育施設内にいて、イベントのキャンプやらフィールドワークやらのときは、なぜか同じグループに振り分けられることが多かった」
「なぜか」
ぽり、とスナック菓子を噛りながらジーンは復唱した。
「それさあ。教育施設の方でもう、実務の際は組ませる気になってない? 性格傾向とかで、一緒に仕事させれば相性がいいとAIが判断したとかそういう」
「知らん」
アンブローズはそう答えた。
「まあ俺も、教育過程でそこまでやってるのかどうかは、噂レベルでしか知らないけどさ」
ぽりぽりぽりとジーンがスナック菓子を咀嚼した。
リビングの一角に設置されたプロジェクター上には、王室の面々の外交の様子が立体映像で映し出されている。公式のライブ配信だ。
たびたび高齢の現女王がアップになる。
「女王陛下は生身じゃないかな」
映像を眺め、ジーンが言う。
「どこで分かる」
「お肌が」
そこまで言ってジーンは口をつぐんだ。しばらくの間、二人で無言で女王の映像を見つめる。
「……お前、無礼だぞ」
アンブローズは顔をしかめた。
「お肌がお綺麗ですからって言おうとしたんだよ」
ジーンが顔を歪める。
ややしてからライブ配信での検証に疲れたのか、溜め息をついた。「コーヒーある?」と尋ねる。
映像を眺めながら、アンブローズは無言でキッチンの方を顎でしゃくった。
「ああ、はいはい」
そう返事をして、ジーンがキッチンの方に向かう。
ここに越して数日だが、すでに勝手知ったる感じになっていた。
「あ、アリスちゃんのカップもちゃんと持って来たんだ」
ジーンが食器棚を覗いて声を上げる。
「余計なもん見てないで俺のも淹れろ」
テーブルに頬杖をつき、アンブローズはそう返した。
「ね、アリスちゃんが絶対来ないうちにブランドのカップで飲んでみない?」
何の遊びだそれは。アンブローズは眉根を寄せた。
プロジェクターのチャンネルを変える。
国会のライブ配信だ。
立体映像の端の方に小さく映る現首相を凝視する。
生身の人間と見分けのつかない滑らかな表情と動き。すり替えられた過程を想像すると、鳥肌が立つ。
墓地で発見した人骨は、鑑定では三年と一ヵ月前、おそらくはプラス二週間ほどの時期に白骨化したものだという結果が出た。
自身が特別警察の調査を始めた前後の時期だ。あの頃かと思うと、舌打ちが出る。
「エスプレッソかあ。天然のコーヒーに切り替わった途端、濃いやつ飲み始めるのって何で? やっぱ合成の微妙な薄さってずっと飲んでると気になるもん?」
「黙って淹れられないのか、お前……」
アンブローズはそう返した。
不意に合成コーヒーに関する何かの光景が頭を掠める。違和感を覚えて記憶を手繰った。
ジーンが両手にコーヒーカップを持ちテーブルに戻る。ことんと音を立てて置き、プロジェクターの方を見た。
「国会中継か。少なくとも首相と下院議長は偽物……」
そう呟き二名を指差す。ややしてからスナック菓子を手に取り、噛りながら椅子に座った。
「ご覧いただいている映像は、官公庁ビル最上階の国会議事堂からのライブ配信です」。女性の声を模したAIの音声が入る。
アンブローズはテーブルに手をつき、わずかに腰を浮かせた。
以前、官公庁ビルの七十階、政治家や官僚、軍部の人間しか入れないフロアに呼び出された。
ドロシーにそっくりの顔をした特別警察のアンドロイドが接触して来て鎌を掛けられたが。
あのとき、フロア内には合成コーヒーの香りがしていた。
軍施設内は、全ての休憩所とカフェで天然のコーヒー豆が使われているが、ああいったフロアで合成のものを使うだろうか。
「ジーン」
コーヒーを口にしながらジーンが目線をこちらに向ける。
「官公庁ビルの備品に関する問題なんて上がってたか? ここ最近で」
ジーンが飲みかけの姿勢のまま変顔で応じる。
知らないという意味か、それとも特にないと思うという意味か。
「例えば経費削減しろとうるさく言ってきた団体がいたとか、予算を削られたとか」
ジーンがカップを口にしたまま首をかしげる。
いい加減、しゃべらんかと思う。
「何で合成コーヒーだったんだ?」
国会のライブ配信を見つめてアンブローズは呟いた。




