Keep It Simple Stupid2 シンプルにしろ馬鹿2
「アンが三年かけて集めた証拠を、いま参謀部の上の方が分析してるってさ」
ジーンが向かいのソファに座る。
とりあえずオフィスに戻るんじゃなかったのかとアンブローズは内心で突っ込んだ。
「ブランシェット准将としては、あとはいいから安全な所で休めって感じなんじゃない?」
ジーンがコーヒーメーカーのパネルをタッチする。
今度はカプチーノを飲むらしい。
「ずいぶん気遣ってくれる上官だよね」
「ドロシーの意識があれば三年もかからなかったんだろうがな。大半はドロシーのつかんだ情報の裏付けだろうし」
アンブローズは脚を組んだ。
咥えた煙草を指で押さえ、強く吸う。
「ドロシーちゃんって、意識いつ戻るの」
「分からん。俺も “隠密” について全部聞いてる訳じゃないからな。自主的に意識不明になるチップの詳細なんて、機密中の機密だし」
アンブローズはそう答えた。
カプチーノの香りが漂いだす。甘ったるい香りに、アンブローズは顔をしかめた。
「 “隠密” が無階級なのって、トランプでいうオールマイティーというか、ジョーカーみたいな立場って解釈していいのかな」
コーヒーメーカーからカップを取りつつジーンが問う。
「まあな」とアンブローズは返答した。
「必要の際は全階級に命令できる権限があるって、つまり最強の階級?」
ジーンがカプチーノを口にする。
「最強のハートの女王様ですね、お兄さん」
「お兄さん言うな」
アンブローズは携帯用の灰皿にとんとんと灰を落とした。
「なら、軍としてぜひとも動いていただきたいタイミングだと思うんだけど」
ジーンはカプチーノをもう一口飲んでから、カップを膝の上に置いた。
「いつ戻るかまではチップの機能的に不安定なのかな」
無言でアンブローズは煙を吐いた。
「お兄さんとしては、そこ心配だよね」
「お兄さん言うな」
アンブローズは眉をよせた。
施設内は静かだ。
地下にいるので時間の感覚がいまいちあやふやになりそうだが、すでに真夜中近いはず。
離れた位置からコツコツコツと靴音が聞こえた。
誰かがこちらに来るのかと思ったが、途中でどこかのオフィスに入ったようだ。
「ドロシーちゃんがつかんでた情報って、埋められてた人物の面々もあったのかな」
不意にジーンが切り出した。
「ざっくり目視の時点では、どちらも白骨化して三年ほどの骨だそうだ。例の事件で大量暗殺が阻止された後なのか前なのかは、分析が終わらないと何ともな」
アンブローズは煙草を吹かした。
「一斉暗殺ではなく、一人ずつ入れ換えて行く方法に切り替えてたってことか……?」
「議員全員がすでにアンドロイドってことはないよね」
ジーンが嫌そうに顔を歪める。
「ゾッとすること言うなお前……」
携帯用灰皿に灰を落としながら、アンブローズも顔をしかめた。
本能的な気持ちの悪さを感じるのは確かだ。
むかしから怪談によくある、知人がいつの間にか正体不明の何かに変わっていたという話の感覚か。
「個人的には、まだ全員だとは思ってない。特別警察のアンドロイドの法解釈の無茶苦茶ぶりからすれば、政治家全員が擦り替えられてたとしたら、立法からもっと滅茶苦茶になってるはずだ」
「単に抑えて時期を待ってるだけとか」
ジーンが答える。
「時期っていつだ」
「んー」と呻きながら、ジーンは上方を見上げた。
「現首相を擦り替えてるんだから、少なくとも任期中かな」
「あと二年か? 幅がありすぎるな……」
アンブローズは煙を吐いた。
実質的には次の下院選挙までだが、正確な法律は、実は “国王陛下の仰せのままに” だ。
近世以降は適用されたことなどないが、いちおう法律として残っている以上は、使えないこともない。
「王室まで擦り替わってねえだろうな……」
アンブローズは眉をきつく寄せた。
「ゾッとすることやめて」
ジーンが苦笑して身を縮める。
「特別警察のアンドロイドは、狂ったというよりは国家転覆に持ち込むのに都合のいい法解釈をするようになっていた……」
ジーンがそう呟き、カプチーノを口にする。
「それだな」
アンブローズはそう答えた。
「じゃあ、アリスちゃんなんて敵国の女王様みたいなもんか。そりゃ逮捕くらいするだろうね」
「そうなると、アボット財閥の財力と人脈で交渉しようとしてもいっさい通らないかもな……」
アンブローズは、携帯用灰皿で煙草を消した。間を置かず、煙草のソフトパックを取り出して二本目を咥える。
「にしても無茶でしょ。八歳の子供相手に」
「まあ、ただの子供じゃないからな……」
唾液で火をつける。ほどなくして水蒸気の成分の煙が細く立ち昇った。
ジーンがその様子をじっと見つめる。
「問題の規模が大きすぎるな。上層部は本当にアン一人でどうにかなると思ってたのかな」
「遺骨が現首相と下院議長って時点で、的はずれなことを三年間やってた感が半端なかった。それでも訓告すらなく “ご苦労、休め” と言われてるような様子を見ると」
「その間に上では何かが動いてる?」
ジーンがカプチーノを飲む。
「さあな。どうにも准将が絡むと複雑怪奇な作戦になることが時々あって」
アンブローズは煙草を二本指で抑えた。
「シンプルにしろ馬鹿野郎って」
「略して“KISS”? 俺もその用語、略語含めてふざけてて好き」
ジーンが肩を揺らして笑う。
「まあ巻き込むくらいしても妥当、妥当」
そうジーンは言い、カプチーノを飲み干した。




