Keep It Simple Stupid1 シンプルにしろ馬鹿1
盗聴や合成開口レーダーによる盗撮、サイバー攻撃を回避するために地下に設置された国防参謀部のオフィス。
廊下を含めたこのエリアに出入り出来るのは、主な仕事内容が潜入、サイバー関連、情報分析の者を含めて、諜報担当の将校のみだ。
窓がないため、できる限り開放的な印象にデザインされており、壁は木目調の部分が多い。
オフィス内は天井が高く、遠近感が出るよう組まれた木材風の梁の隙間からは、地上の空の映像を映したスクリーンが覗き見えている。
壁の一角の大きな窓を模した巨大スクリーンには、素朴なイングリッシュガーデンの映像が投影され、時間や季節ごとに景色が変化していた。
地上のオフィスのシンプルな様相と比べると、過酷な任務が多い分、気は遣われているという感じだ。
アンブローズはPCの電源を落とした。
三年振りに戻った自身のデスクから立ち廊下に出ると、常装の軍服のネクタイを緩める。
こういった堅苦しい服を着るのも三年振りだ。
下町のラフな服装が板につきまくっていたせいか肩が凝る。
あえて広めに設計されている廊下を通り、一角にある休憩所に着くと、どさっとソファに腰を下ろした。
ソファの横にあるコーヒーメーカーに手を伸ばし、エスプレッソのパネルをタッチする。
濃い香りが漂い、カップに天然の豆を挽いたエスプレッソが注がれた。
軍の施設で生まれ、軍で育ったのだ。
こういった生活の方が元々なので、感覚を取り戻すのにそう時間はかからなかったが、下町の旧式で雑な生活空間もあれはあれで面白かった気がする。
以前、ブランシェット准将の執務室前でわざと騒ぎを起こしただけに、戻ったらどんな顔をされるかと思ったが、結局、諜報担当しかいないオフィスに詰めたきりなので、周囲はどうせ諜報活動上の芝居なのだろうと察している者ばかりだ。
ある意味つまらんと思ってしまった。
そわそわと脚を組み直す。
コーヒーの注がれたカップをそのままにして、軍服の胸ポケットから煙草のソフトパックを取り出した。
一本を咥え、唾液で発火させる。
先端に赤く火がともり、アンブローズはふぅ、と深く息を吐いた。背中を丸め、床に向けて水蒸気成分の煙を吐く。
落ち着かなかったいちばんの原因はこれだろうかと思う。
「まじでヘビースモーカーのそれだね」
軽薄そうな男の声が耳に入る。
床に落とした目に、軍服のスラックス部分が映った。
影がかかる。身体を屈ませ、こちらの煙草のあたりを覗き込んでいるようだ。
少々うざったい気分で顔を上げると、目の前にいたのは同じ軍服姿のジーンだった。
カツッと軍靴をそろえ、ジーンが敬礼する。
「ジーン・ウォーターハウス陸軍中尉、アンブローズ・ダドリー大尉の応援として軍施設に戻って参りました!」
気持ちのいい衣擦れの音を立て、ジーンが敬礼した手をスラックスの横に付ける。
「お前も久々の戻りなのか……?」
咥え煙草のままアンブローズはそう問うた。
ちょくちょく戻っているのかと思っていたのだが。
「直近で戻ったのは先週」
いつもの馴れ馴れしい表情になりジーンがそう答える。
「あそ」とアンブローズは返した。
不意にジーンが、咥えた煙草に目線を落とす。
「せっかく淹れたコーヒーに手もつけずに煙草」。そう言いたいのだろうとアンブローズは見当をつけた。
「コーヒー……」
「先に煙草吸わせろ」
そう返す。
「んで大尉、俺とりあえず自分のフロアのオフィスに戻るんでご指示」
「煙草買ってこい」
アンブローズは機嫌悪くそう告げた。
「パシリでありますか」
ジーンが目を丸くする。なぜかコーヒーメーカーからアンブローズのエスプレッソを取り出した。
「准将にできる限り地下にいろと命令された」
「ああ……やっぱりいちばん危ないからね」
取り出したエスプレッソを、ジーンがこくりと飲む。
なに勝手に飲んでんだこいつとアンブローズは眉をよせた。
「今までそう命令されなかったのが不思議なくらい」
「俺に散々護衛なしで外出するな、下町まで来るなと詰られた仕返しか」
「んな訳ないでしょ」
ジーンが遠慮なくエスプレッソをこくこくと飲む。
「それで機嫌悪いんだ、アン」
クッと上を向き、ジーンはエスプレッソを飲み干した。
「……なに飲んでんだ、お前」
「要らないのかなと思って」
こいつは軍施設にいてもこうなのか。アンブローズはさらに眉をよせた。




