Camouflage, Concealment, Decoy1 偽装、隠蔽、囮1
ハイゲート墓地からとりあえず二体分の遺骨を掘り出し、次のアンドロイドが来るまでに退散した。
ジーンを通じて軍の鑑定部署に遺骨を回したのは、一昨日のことだ。
DNAくらいなら数十分あればデータは出る。
国内の人間であれば約百年前の人間まで照会が可能だが、軍からの連絡は遅れていた。
先ほどNEICの勤務時間を終え訪ねてきたジーンが、テーブルに着いたまま何度も米噛みに手を当てているが、そのたびに軽く溜め息をついている。
「まだか」
アンブローズがそう問うと、ジーンは頷いた。
「何かこう……オーディションの結果待ってるアイドル志望の美少女ってこんな感じかな」
「アイドル志望になったことないから知らん」
「何か静かだと思ったら、アリスちゃん来ないからか」
ジーンが少し身を乗り出して玄関の方を見る。
「別に毎日来てた訳じゃないしな」
とんとんとアンブローズは灰皿に灰を落とした。
「あのアリスちゃんの監禁動画が本当なら、アンやばくない? いざというときに軍に支援求めにくい状態にされてるんだから、スポンサー大事でしょ」
「アボット社の上層部は馬鹿じゃない。三年前の事件が特別警察のアンドロイドの不具合なんて世間に知れたら破滅だし」
ああ……とジーンが相槌を打つ。
「アリスちゃんの意向があろうがなかろうが、アンの支援は続けるってことか」
「いざとなったらあの事件の裏とアリスの正体暴露するぞと脅すという意味だ」
ふう、とアンブローズは水蒸気の煙を吐いた。
ジーンが苦笑してこちらを見る。
「勉強になります、大尉」
「ああ」
不意に玄関口からガチャガチャと音がした。
古いドアノブを雑に回している音だと気づく。
二人で顔を合わせ、キッチンの向こう側にある玄関口の方を伺った。
玄関ドアの向こうから二、三人ほどの靴音と、ぼそぼそと話し合う声が聞こえる。
アンブローズは、ジーンに目配せした。
ジーンが頷き、椅子の背もたれに掛けたガンホルダーから銃を取り出す。
自身もテーブル横の棚から銃を取り出し、弾数を数えた。
「特別警察かな」
声を潜めながらジーンが席を立つ。
こちらに目配せしてから、ゆっくりと玄関口に向かった。
「いちばん奴らに気づかれにくい潜伏場所だと思ってたんだが……とうとう突き止められたか」
反対側の窓の方を警戒しながら、アンブローズはジーンの動きを目で追った。
「不法滞在の人、多そうな所だもんね」
言いながらジーンが玄関扉の横に立つ。ふたたびガチャガチャと回され始めたドアノブに手を伸ばした。
途端、玄関ドアを上品にノックする音が聞こえる。
「いないのか? わたしだ。ブランシェットだが」
「は……?」と気の抜けた声を出し、さすがにアンブローズは口を半開きにした。
映画俳優かジャパンアニメの美形脇役かと思うような容姿のブランシェット准将が、旧式の賃貸住宅で安物のテーブルに着く姿は、えらくギャップのあるものだった。
護衛に付けてきた二人の若い陸軍将校は、どちらも諜報の人間だ。参謀部のの施設内で見かけたことがある。
できれば屈強な兵士を連れて欲しいものだが、確実に秘密を守ってくれる隊員を選んだということか。
「どぞ」
ジーンがウェイターよろしく各人に合成コーヒーを出す。
将校クラスは軍の施設内で育っているので、ふだんは本物のコーヒー豆から焙煎されたものを飲んでいることが多い。
諜報担当なら潜伏場所によっては合成も飲んでいるだろうが。アンブローズは何気なく各人の反応を眺めた。
「香りは薄いけど、味は遜色ないから飲んでみ?」
ジーンが馴れ馴れしく一人の諜報担当の背中を叩く。
「知り合いか?」
アンブローズはそう尋ねた。
「ううん。喋ったのは今日初めて」
「ね?」とジーンが諜報担当に同意を求める。そういえば始めから馴れ馴れしい奴だったとアンブローズは思った。
「物怖じしないんだな。ウォーターハウス中尉」
ブランシェットがにこやかに話しかける。
「いや緊張してますよ。ずっと上の階級の初対面の方とお話するなんて」
はは、とジーンが笑う。
「何ですかこんな所に。危険でしょう」
アンブローズは咎めた。吸いかけの煙草は、准将が部屋に入った際に消した。その分、コーヒーをちびちびと口にする回数が増えている。
「一昨日、ウォーターハウス中尉から回収要請のあった遺骨の鑑定が終わったんだが」
「ええ」
アンブローズは頷いた。
ジーンを通じてメールをよこせばいいだろうに、この人のこういったところも困りものだと思う。
「メールで伝えるには、どうかと思ってな……」
ブランシェットはテーブルの上で品良く手を組んだ。
「特別警察の上役ではなかったんですか」
「違った」
ブランシェットがそう答える。
「現首相と、現下院議長だ」




