Human intelligence2 人的情報収集2
「三百余名の “埋葬” は、結局ドロシーちゃんのお陰でお流れになったってことだろうけど」
資料を一枚ずつめくりながらジーンが切り出す。
「いまだに土地を確保してるってことは、同じ手法で再チャレンジするつもりなのかな……」
「三年かけてんだ。さすがに前回の粗を修正してんだろ」
席を立ちアンブローズは寝室のドアを開けた。
寝室の入口近くの棚に置いてある極薄の使いすて手袋を二組取り出す。一組をジーンの方に放り投げた。
「なに」
両手を出してジーンが受け取る。
「素手で触らん方がいい代物なんだろ」
手袋を嵌めつつアンブローズは言った。
「細菌兵器じゃないんだからさ」
ジーンが苦笑する。
「手を切るってのはまだともかく、指がパックリ皹割れるってのはどういうことだ」
「ああ」と返事をしながらジーンが手袋を嵌める。
「長時間紙を扱ってると、手の脂とか水分が紙に取られて手が荒れるんだってさ」
「場合によっては、荒れすぎてパックリ」と続ける。
「やっぱ凶器じゃねえか……」
アンブローズは顔をしかめた。
手袋を嵌め、椅子に戻る。灰皿に置きっ放しの煙草の灰を少し落とし咥えた。
ジーンが資料をめくる。
「三年前に身体張って止めたドロシーちゃんが昏睡状態なのは、あっちも確認してるしね。その後の調査を引き継いでるアン一人をコロコロしたら、すぐにでもいけると思ってたかも」
「コロコロって何だ」
アンブローズは軽く眉をよせた。
「そこで、軍がすでに証拠を固めた、上層部まですべて承知だって証言が水を差した訳でしょ」
ジーンがそう言う。おもむろに顔を上げ、軽薄に笑う。
「時間稼ぎができたじゃあん」
アンブローズはきつく眉をよせた。
こいつ。計算尽くなのかたまたま運がいいのか。
「でさ」
改めて資料をめくりつつジーンが続ける。
「すり替えた特別警察の上役も、そこに遺体埋めてんじゃないかと思って」
アンブローズは目を見開いた。
「どの資料だ」
思わず身を乗り出す。
「どこなのかはっきり特定できるような資料は短時間じゃ無理だったけど」
ジーンが答える。
手にしている資料をアンブローズは逆さまに覗きこんだ。
「墓地と大量の人骨の埋まる場所なら、カモフラージュしやすいよね」
そうジーンは続けた。
「NEICの元重役のいる大学で、サウス・ロナルド島の研究を仕切り出したのはそういうことだってか?」
アンブローズは煙草をゆっくりと指で抑え、強く吸った。
「人骨をDNA鑑定か炭素14で年代測定されるかしたら一発でバレるけど、理事長がストップかけたら簡単でしょ?」
ジーンが一枚の資料を差し出す。
「カム川沿いの大学の教授二名、准教授二名、講師四名ほどが元NEIC社員。ちゃんと調べたらもっといるかもしれないけど」
目を見開いてアンブローズは資料を引ったくった。
さすがにこんな関連性のなさそうな機関にまで調査を広げることはしていなかった。
「開発部とかにいた人たちらしいね。さすがに一般の社員じゃ教授に採用なんて見え見えだもんね」
はは、とジーンが笑う。
「問題は、三百余名の遺体と違って一人二人となると運ぶのは簡単だから、墓地の方か島の方か特定しづらいってことなんだけど」
「殺害した瞬間にアンドロイドにすり替わってるから、どこまで運んでても誰も疑わないしな」
アンブローズは灰皿で煙草を消した。ソフトパックに手を伸ばし、続けて二本目を咥える。
「コーヒーは? 飲まないの?」
ジーンがコーヒーカップに目線を落とす。
「そのうち」
アンブローズは短く答えた。保温プレートに乗せてるので冷めはしない。
ジーンが改めて資料を眺めた。
「殺害されても家族にすら気づかれてないとか。一般の家庭よく知らないけど、ゾッとするな」
そう言い顔をしかめる。
「夫婦生活はなかったか、どうにか誤魔化してるかだな。それがあれば一発で分かったはずだが」
アンブローズは淡々と煙を吐いた。「あ」と小さく声を上げ、ジーンが苦笑する。
「体当たりでそれ確認するアンって凄いと思う……」
「一番手っ取り早い」
アンブローズは水蒸気の煙を吐いた。
「アリスちゃんが評価してるのって、そういうところなのかな」
「そういや、お嬢さまがいたな」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「この前の違法すれすれの機能で、地中覗けるんじゃないか?」
「ああ……」と呟き、ジーンが宙を眺める。
「軍使用の人工衛星じゃ、特別警察相手なら簡単に傍受される可能性あるからな」
「下手すりゃ、特別警察側の人工衛星ぶつけられるとかね」
ジーンが答える。
「音声の機能まではこのさい要らないけど」
「墓地の地中で話し声が聞こえたら、それはそれで世紀の大発見だけどな」
アンブローズはもういちど灰皿に灰を落とした。




