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FACELESS フェイスレス  作者: 路明(ロア)
01 AAA/アリス・A・アボット

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A A Abbott2 アリス・A・アボット2

 アンブローズは、インスタントのパスタを口に運んだ。

 (ふた)を開けて空気に触れるだけでパッケージが加熱し温かいパスタが食べられる。

 もとは災害用として外国で開発されたものだが、いまは日常的な食べ物になっていた。

 テーブルの向かい側では、アリスがいちごケーキを上品に(ほお)ばっている。

 いらないというのに、もうひとつのケーキをアンブローズの真んまえに置いていた。

 安価な工場栽培の紅茶に文句を言うかと思ったが、意外にも素直に飲んでいる。

「ゆうべ行っていらしたのは、政府のセンタービルですわね」

 アリスがしゃべりながらもいちごケーキを行儀よく食む。

 護衛アンドロイドが、かたわらでおかわりの紅茶を注いでいた。

「地上七十階。政府関係者か軍人しか出入りしない階ですわ」

 アンブローズは、黙ってパスタを食んでいた。

 バターとソイソースを組み合わせた味つけはクセになる。

「そのあとはパーラメントガーデンのいかがわしいお店、そのあとはクロス駅近くの女性が半裸で踊っているお店、そのあと朝までいらしたのは、ホワイトホールのお酒だけが出るお店」

「子供は寝ている時間帯だったのでは」

 アンブローズはそう返した。

「待っている間に、ブレインマシンから各所の映像記録と顔認証を照らし合わせさせていただきましたの」

 アリスが言う。

「平たく言うとクラッキング」

「わが社製造のカメラと、わが社製造の各所にいるアンドロイドの頭脳内の記録、わが社製造のブレインマシンを経由したデータだけを覗きましたわ。合法です」

「すごい理屈だなおい……」

 アンブローズは眉をよせた。

「自社の商品の機能点検ですわ」

 アリスはそう言いケーキの上の大きないちごをぱくりと食べた。

「そこに何の情報もなければまあ合法かな」

「点検した先々に、たまたま有益な情報がありましたの」

「なるほど」

 アンブローズはパスタを口にした。

「だけど、どうしていまだに一括して入りこめるようになっていないのかしら。カメラからカメラに、人工頭脳から人工頭脳に移動するのものすごく面倒でしたわ」

「どこの世界にクラッキングに便利なようにシステムを作る馬鹿がいるんだ」

 アンブローズは言った。

「河ぞいに移動していらしたのね。いざというときは泳いで逃げるつもりだったのかしら」

「お嬢さまはリバーボートというものを知らないのか」

「それにしてもなんでしょう。あの特別警察隊員の顔」

 アリスはケーキを食べ終え、フォークをメタルシートで丁寧に包んだ。

 護衛アンドロイドが横から手を出し、ハンカチでアリスの口を拭う。

「わざわざ顔を変えていらしたの? あれ」

 アリスはテーブルに身を乗り出した。

 アンブローズはパスタを口にしながら頷いた。

 国体護持の妨げになる過激な思想家や、国家反逆をくわだてる個人や団体等を査察、内偵、取り締まることを目的としたのが特別警察だ。

 時代ごとに公安、秘密警察、特別高等警察などと呼ばれてきたものと同等の組織といえる。

 実動隊員は長身の女性型アンドロイドだけで構成され、そのアンドロイドたちはすべて同じ顔をしている。

 顔やボディをすげ替えるのは可能だが、変えて良いのは内偵のときのみと法で定められている。

「危険人物あつかいですわね」

 アリスは口を尖らせた。

「たしかにあんな大きな事件の実行犯の情報を知るかもしれない人物は捜査の対象になるでしょうけど、いきなりああいう形で揺さぶりをかけるものかしら」

 アリスは安物の紅茶を口にした。

「あれ、内偵のうちに入るんですの?」 

「ちなみにどこのカメラ覗いた」

 アンブローズは尋ねた。

 アリスが上品に紅茶を飲み干す。

「あのフロアのちょうど中央にあるカメラですわ。入り口の向かい側」

「あれ、アボット社製か」

「あのフロアはあそこだけ。あとは設備入れ換えのときに、NEICに入札取られましたの」


「ネオ・イースト・インディア・カンパニーか」


 アンブローズは紅茶を口にした。

「前総帥がまだ存命のころですわ」

 アリスが答える。

「かなり長いこと病床にいたな」

 前総帥アードルフ・A・アボットは死去した当時、百歳を越えていたといわれる。

 アリスを含む子息たちは凍結保存された精子による人工受精で生まれた。

 晩年は、ひたすら優秀な跡継ぎを残すことに心血を注いでいたともいわれる。

「ほとんど生命の維持をしていただけでしたわ。脳機能と意志疎通だけ保持されてた感じですわね」

 アリスは爪の綺麗な手をゆるく組んだ。

「その状態で経営の指示をしてたわけか」

 アンブローズはパスタの最後の一口を口にした。

 前総帥がアボット社を設立したのは、連合の脱退により国の経済が落ちこんだ時期だったと聞く。

 その後、国が間接的に参加した扮装での特需で成り上がったわけだが。

 波乱万丈の中で財閥にまで大きくした企業には、やはりそれ相応の執着があるのか。

「後継に知識や経験を委譲するためのシステム的な準備をする時間も必要ですし。その間の生命維持はしかたないですわ」

 アリスが言う。

「お嬢様の頭の中には、前総帥の知識と経験がコピーされてるわけか」

 もちろんそれがコピーされたからといって、誰もが経営歴百年近くの大ベテランになれるわけではない。

 そのコピーされた知識を活用するにはもともとの頭脳と適切な教育は必要だ。

「だから、あなたより大人なんですわ」

 アリスがそう言い、紅茶を口にする。

 護衛アンドロイドが品良く上体を屈ませ、ふたたびおかわりの紅茶を注いだ。

「そんなにガバガバ飲んで大丈夫か、お嬢さま。お漏らししても知らんぞ」

 アリスは品よくカップをテーブルに置いた。

 護衛アンドロイドがハンカチでアリスの口を拭う。

「この次は「ラ・ピュセル」の、ガトー・オ・章姫・デコレでいいかしら」

「何でもいいから、ぜんぶ平らげて行け」

 アンブローズは自分のまえに置かれたケーキの皿をアリスに差し出した。

「ひとつにしておきますわ。ダイエット中ですの」

「子供のうちからダイエットなんかするもんじゃない」

 アンブローズは眉をよせた。

 ふう、とアリスが息を吐く。

「うちの特別警察仕様のアンドロイドが、法を無視するような不具合を起こしてたとなれば大問題ですわ。引き続き調べてくださる?」

 改めてそう言う。

「調べはするが軍の人間としてだ。お嬢さまは下手に首を突っ込まずに部屋で解決の報告だけ待ってろ」

「お姫さま扱いですのね」

「子供扱いだ」

 アンブローズは言った。

 アリスは飛び降りるようにして椅子から降りると、スカート部分を両手で直した。 

「前時代的に “女子供は引っ込んでいろ” と言う男の人は嫌いではありませんわ。財閥総帥の婿(むこ)になる人は、そのくらいの気概のある方ではないとと思ってますの」

 アンブローズは顔を歪ませた。

 ませてるにもほどがある。

「また寄らせていただきますわ」

 アリスはそう言うと、護衛アンドロイドとともに会釈した。





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