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FACELESS フェイスレス  作者: 路明(ロア)
08 AP/アクセスポイント

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27/92

Access Point2 アクセスポイント2

「それで」

 ブランシェットはまだ長い煙草(たばこ)を灰皿で消した。

 彼はふだんは煙草は吸わない。

 本当に生身であることの証明のためだけに持っていたらしかった。

「ウォーターハウス中尉は、なぜ軍がすでに証拠を固めたなんて情報をわざわざ」

「そういう情報を流せば、軍全体がNEICの標的になる」

 アンブローズは煙草を強く吸った。

「私たち二人だけが狙われることはなくなるだろうと踏んだそうです」

 ブランシェットは複雑な表情をした。

「……上層部を盾にする気か」

「お言葉ですが、流したのは相方です」

 アンブローズは言った。煙草を指に挟んだまま、ジンジャービアを口にする。

「お前は。承諾は」

「いちおうしましたが、緊急事態でしたので」

 ブランシェットは呆れたように眉をよせ、ソファの背もたれに軽く背を預けた。

「緊急事態で動揺するような玉ではないだろう」

「場合によります」

 アンブローズはビアグラスをテーブルに置き、ふたたび煙草を咥えた。

「あの状況で、上層部を盾にすることを思いつく神経に動揺しました」

 煙草の煙がたてに細く立ち昇る。

 空調が旧式なのか、しばらく上に昇ったところで極端に真横に流れた。

 配管が剥き出しの天井に棚引(たなび)き、配管と配管の間で見えなくなる。

「……ジーン・ウォーターハウスだったか、フルネームは」

「直接お会いしたことは」

「ない。彼の上官に紹介されたので、応援派遣を依頼したところまでだ」

 ブランシェットは手を伸ばし、ビアグラスを手にした。

 ゆっくりとジンジャービアを飲む。 

「こんど連れて来ますか。話してるといちいち価値観が微妙にぐらつきますよ」

「変わり者か」

「変わり者ですね」

 アンブローズは答えた。

「趣味は他国の暗号を傍受して、受け取り手より先に解読して満足することだそうです」

「わたしは、防犯カメラに映った海外諜報員の画像で神経衰弱をやるのが趣味と聞いたが」

 ブランシェットは眉をよせた。

「暇なんですかね」

 横を向き、アンブローズは静かに煙を吐く。

「お前の解釈ではそういうことになるのか」

「あれがやっていたっていう、NEICの潜入調査はどうなったんです」

 ああ、と頷いてブランシェットはジンジャービアを口にした。

「並行してやっているんだと思うが」

「何を調べに入ってたんです、あれは」

 アンブローズは騒がしくなってきた店のカウンターの方を眺めた。

 そんなに長い時間いたつもりはなかったが、出入りする客がだいぶ増えてきた。

 角灯(ランタン)に似せたレーザー光源のランプで橙色に照らされたカウンターを、落ち着きなく店員が行ったり来たりしている。

 音楽を掛け始めたのは、そろそろ賑わう時間帯だからか。

「何のことはない。通常の内偵だ。軍事に転用できる技術に少しでも携わる企業なら、常時一人二人は入っている類いの」

「ああ……」

 アンブローズはそう言い、煙草を指で挟んだ。

「ずいぶんやばい企業に行かされたもんだ」

 ハッと息を吐いて笑った。

「結果的にはな」

 そう言いブランシェットは背もたれに背を預けた。

「正直、軍の上層部が警戒していたのは、数年前まではアボット社の方だったんだが」

 アンブローズは無言で煙草を吸った。

 軍上層部の本音が伝わって来ることは珍しい。

 同じように遺伝子の選別で生まれた部下、同じ施設で同じ教育を受け、将来はほぼ確実に上層部の跡を継ぐ下級将校に対して、あるていど身内のような親近感があるとはいえ、軍運営に関わることはやはりそうそう降りてはこない。

 二位のNEICに大きく差をつけ、ちょっとした国家並の経済力を持つアボット社。調査対象になるのは、まあ当然だろうとは思うが。

 潜入している諜報担当は一人や二人ではないだろうと思う。

「アボット社に関しては、専用の人工衛星が届け出の内容よりも機能が多いのではとも言われている」

 思わず吸った煙草を吹いてしまいそうになり、アンブローズはこらえた。

 アリスとは今のところ協力関係だ。

 上官とはいえ、今は知らん振りしておくべきかと思った。

 黙って灰皿で煙草を消す。

「また何かありましたら、ハリー・カルコサ名義で「通報」します。准将は、安全な時間帯のうちにお帰りください」

「何か、女の子みたいなことを言われているな」

 ブランシェットは苦笑した。

 軍人とはいっても、指令向きであまり実戦向きの人ではない。

 いちおう諜報の方の人間ではあるが、早々に出世し実働はおそらくほとんど経験はない人だ。

 本当はこんな所で会うのも冷や冷やしている。だからこそジーンという応援を要請したのだが。

 いったん立ち上がろうとして、アンブローズは、ああ……と呟いた。

「ケーキはお忘れなく。召し上がるか持ち帰るかしてください」





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