Access Point1 アクセスポイント1
下流層の住む古い建物の界隈を抜けてすぐの界隈には、ぎっしりと店舗の密集した酒場街があった。
入り口からアーケードに覆われているため、地下にいるのかと勘違いしそうな状景だ。
昔は食料品店や雑貨、古着屋などが主だった界隈らしいが、半世紀前の不況でそれらの店舗の多くが撤退したあと、安い酒場が進出していった。
所々に皹の入る古い壁、錆びた看板、遺棄されたまま突き出た配管。老朽化は大丈夫かとやや心配になるが、治安はまあまあだ。
酒場街に入り数件目の小さな酒場。
化粧シートを貼った安っぽいテーブルに近づくと、アンブローズは取っ手つきの小さな箱をトン、と置いた。
「「フィーユ・ミニョンヌ」のケーク・オ・フリュイ季節限定ふくはる香フーレです」
箱の中のケーキの商品名を一気に言う。
合成ナイロン貼りのソファに座ったブランシェットは、無言で身体を後ろに引いた。
顔を隠すためサングラスを掛けている。
本人は大真面目に素性を隠しているつもりなのだろうが、整った容姿に似合い過ぎて、逆に目立ちそうだとアンブローズは思う。
「……もう一度お願い出来るか」
「「フィーユ・ミニョンヌ」のケーク・オ・フリュイ季節限定ふくはる香フーレ」
「何かの暗号文か?」
映画俳優のような格好の良さでサングラスをずらしながら、ブランシェットは眉をよせた。
「准将がよこした応援が、食べる前に敵前逃亡したので」
「気が合ってるようで何より」
ブランシェットは背もたれに背を預けた。
「合っているように感じますか」
向かい側の安物の椅子に座りながら、アンブローズは尋ねた。
ブランシェットは懐からシガレットケースを取り出すと、煙草を一本咥え発火させた。
橙色の小さな火が、暗い店内で微かに上下する。
白い蒸気の煙を燻らせながらアンブローズにも一本差し出した。
アンブローズは無言で受け取り、同じように煙草を発火させる。
市販の大部分の煙草は唾液等の水分で発火するようになっているので、相手が少なくともアンドロイドではないという簡単な確認に使える。
「ここ数日、軍の回線にかなり巧妙なクラッキングが仕掛けられているんだが」
穏やかな声音でブランシェットが切り出す。
「ここ数日ですか」
いつも吸うものより高価な煙草を堪能しながら、アンブローズは復唱した。
「心当たりは」
「あります」
アンブローズは答えた。
ウエイトレスが運んで来た二人分のジンジャービアの片方を上官に差し出す。
立ち去るウエイトレスの後ろ姿を何となく目で追う。
顔をすげ替えたアンドロイドではないかと、そろそろ近づく人間すべてが疑わしく感じられるようになっていた。
もともと女性型アンドロイドで占めている特別警察は、成り済ます場合はやはり女性が多い。
「NEICと特別警察、もしくはアボット財閥総帥、大穴でナハル・バビロン政府」
「一つじゃないのか……」
ブランシェットが困惑した表情を浮かべる。
「ここ数日なら、NEICの可能性が一番高いと思いますが」
アンブローズは煙草を指で挟んで押さえ、強く吸った。
「療養所で戦闘用アンドロイドに襲撃を受けたのは報告を受けたが」
ブランシェットが煙を吐く。
「その襲撃の際、相方がアンドロイドを通じてNEICにしれっと適当な情報を流しましたので」
「どんな」
「 “ドロシー・G・Dがつかんだ国家転覆に関する情報は、すべて軍上層部に伝わっている。軍はすでに証拠を固めた“ 」
ブランシェットはしばらく沈黙していた。
表情は大きく変わってはいないが、ぽかんとしたのは何となく分かる。
「どこからどこまでが適当だ」
「国家転覆の疑いに関しては、その時点であれには話していませんでした。持てる情報から勝手に分析してたどり着いたらしいです」
ブランシェットは、ジンジャービアを口にした。
「個人的な情報でか。どこから」
「NEICがナハル・バビロンを支援しているという一文があったニュース、NEICがクアンタム・ステルス処理したアンドロイド工場を建てているという自身の調査、機密用の回線にマルウェアを送付した痕跡があったことと、特別警察の生身の上層部が、三年前にはそっくりのアンドロイドにすげ替えられていたという私からの情報。その辺の情報等々を総合したと言っていましたが」
トントンと指先で煙草を叩き、アンブローズは灰皿に煙草の灰を落とした。
「お前も、なぜ言わなかった。応援を頼んでおいて」
「彼がどこかに情報漏洩しているなり、二重スパイでもやってるなり、疑おうと思えばいくらでも疑えます。知らせずに任務完了するのがいちばん安全かなと」
「ところが勝手に答えを導き出されてしまったと」
「迂闊でした。情報を与えすぎた」
アンブローズは煙草を咥えた。
「いや……彼にはなるべく情報を与えてみてくれ。面白い人材だからと彼の上官から言われてる」
「私は指導官じゃありませんよ。任務の真っ最中ですし」
アンブローズは顔をしかめた。
「……弟か何かだと思って」
「妹が約一名だけで充分です」
ブランシェットは苦笑した。
「それで? ウォーターハウス中尉には、その後は話したのか」
「ええ」と返事をし、アンブローズは煙を吐いた。
「ドロシーの起こした事件は、クイーン・ゲートだったというのが重要なのではとまでたどり着いていました」
アンブローズは言った。
クイーン・ゲートは、官庁ビルのすぐそば。政府と軍の関係者がいちばん多く出入りする所だ。
がやがやと聞こえていた店内の話し声に、流行りの曲が混じり出す。
店で掛けたのか。
アンブローズは一瞬だけカウンターの方を見た。
「特に七十階より上は、政府と軍関係者しかふだんは入れない」
アンブローズはそう続けた。
以前、ドロシーそっくりの顔にすげ替えた特別警察に呼び出されたビルのフロアだ。
「そこまではわたしもお前も見当は付けていたはず。だが、なぜあそこにそんな大勢のアンドロイドがいて、ドロシーは何に気づいていたのかが」
「ウォーターハウス中尉は、一般の見学者か何かのふりをしてビル内に入り、政府と軍の関係者をビル内で殺害、一斉に顔を替えたアンドロイドと擦り変わる計画だったのではと」
アンブローズは、煙草の灰を灰皿に落とした。
ブランシェットが無言で煙草を吸う。特に表情は変えなかった。
「ドロシーが阻止しなければ、一斉に国会と国内要人が乗っ取られるところだったのではと」
ブランシェットは無言でジンジャービアを口にした。
「証拠はまだありませんが」
「ここのところ回線に忍びこんでいるのがNEICだとしたら……」
ビアグラスを静かに置き、ブランシェットが呟く。
「ほぼ白状した形になりますかね」




