Combat Nurse1 武装ナース1
イングリッシュガーデン風に整えられた療養所の中庭。
ハーブがこんもりと生い茂る中を煉瓦の小道が通り、奥の方には小さな花の枝の垂れ下がる木々、所々に置かれたガーデンベンチと、落ち着きのある風景だった。
身を隠せそうな場所は至る所にあり軍の施設内でなければ警戒してしまうが、他に人がいる気配はなかった。
蓮の葉が一面に浮かぶ小さな池を背にしたガーデンベンチ。アンブローズは身を屈め大きく息を吐いた。
肺の中の息を吐き切ってから、口から煙草を外す。
「どんだけ中毒なの」
横に座ったジーンが呟く。
「中毒性のあるものが何も配合されてないのに中毒って。何か特定のもので中毒起こす体質なんじゃないの?」
ジーンは上体を反らし、背もたれに両肘をかけた。
「アレルギーに関しては起こしにくいよう遺伝子操作されてるだろ」
興味もなくアンブローズはそう答える。
「そういうのとは別の」
空を見上げジーンは答えた。
もう少し暑い季節になったら、上部には直射日光を軽減する薄いフィルターの屋根が掛かり気温を調節する設備が作動するが、今の季節は自然のままの風にさらされている。
「ドロシーちゃんはどうなの」
「何が」
「変な成分で中毒症状とか」
アンブローズは無言で煙草を強く吸った。
「別に無い」
しばらくしてからそう答えた。
「お兄さんとしては、どれくらい親しくしてたわけ」
「お兄さん言うな」
アンブローズは眉をよせた。
「ドロシーちゃん意識不明になった原因は何? ケガ?」
療養室の窓を見上げジーンが尋ねる。
「ケガはなかった」
「何かのショック?」
アンブローズはしばらく無言で煙草を吸っていた。
「……隠密は、情報を吐かされるかもしれない状況になったら、意図的に意識不明状態に持って行ける装置を脳内に埋めこんでる」
アンブローズは米噛みのあたりを指先でトントンとつついた。
「過酷な」
ジーンは顔を歪ませた。
「重要な情報をつかんでいたのと、脳内から情報を抜かれそうな状況になったんだとみられてる」
「いちおう脳の電気信号を解析して思考を画像化するって装置は軍の方にもあるはずだけど」
膝の上に頬杖をつきジーンが言う。
「ちょっと前までは、ぼんやりして訳の分からない画像がやっとだったけど、今はP300脳波の反応を応用した技術とドッキングさせて、かなり精度高くなったとか」
両手の指でジーンはドッキングのジェスチャーらしき動きをしてみせた。
「その装置にも対応されてる。P300脳波が検知されるのをチップが妨害するらしい」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「じゃあ、つかんだ情報はドロシーちゃんが目覚めるまでおあずけ?」
「そう聞いてる」
アンブローズは答えた。
「何か行き当たりばったりに感じるな。起こす方法はないわけ?」
ジーンが前方のハーブの茂みを眺める。
「お兄さん、眠り姫ってなかったっけ」
「しつこい」
アンブローズは答えた。
「そこまでしても守りたい情報をつかんで来るもんなの?」
「情報の詳細まではさすがに知らんが」
携帯用灰皿を取り出し、アンブローズは灰を落とした。
「やっぱお兄さんにも話してないことはあるか」
「お兄さん言うな」
アンブローズは顔をしかめた。
NEICと新興国ナハル・バビロンによる国家転覆の陰謀。
ドロシーが意識をなくす少し前に伝えてきた情報はそれだったと三年前ブランシェット准将から聞いた。
異例の “除隊” という形で調査を引き継いだのも慎重を期すためだ。
ジーンには、伝えなくてもいいかと思う。
失敗の許されない任務ほど知ってる人間が少ない方がいいと准将も言っていた。その通りだと思う。
詳細を伝えなくてもバディとしての活動はできるだろう。
「お兄さん」
「しつこい」
「ここって出入りする看護師は何人くらい?」
ジーンが尋ねる。
アンブローズは顔を少し上げて窓越しに見える療養室の廊下を見た。
長身の女性看護師が早足で歩いていくのが見える。
「担当者は三人ほどだ。ローテーションで看護してる」
「こういう所だとそんなもんだよね。秘密の保持も考えたら、そんなに大勢の人間に任せられないし」
ジーンの言い方に直感的に不審なものを感じ、アンブローズは煙草を灰皿で消した。
廊下を行く看護師を凝視したまま、灰皿をゆっくりと胸ポケットに仕舞う。
「お兄さん、三人くらいなら担当者さんの特徴を覚えてるよね」
廊下の方向から少しずれた位置を向きジーンは言った。
行動を追っていると勘づかれないよう、アンブローズもずれた方向を向き雑談を装う。
「お兄さん言うな。歩き方のクセまで把握してる」
「さすがお兄さん」
ジーンは自身の太股に肘をつきニヤニヤと笑った。
「あの看護師さんは?」
「見たことない」
アンブローズは答えた。
「顔は」
「顔はあるが、歩き方が本人と違う」
双方ともしばらく押し黙る。横目で看護師の行く方向を目で追った。
考えていることは同じだろう。
「ドロシーちゃんの所に行くかな」
「他の療養室に行ったとしても、充分不審なんだが」
アンブローズは言った。
「アン、あれNEICのアンドロイドだ」
ジーンが声を潜める。
「何で分かる」
「戦闘向けに特化した分、普段の歩き方にやや不自然な部分が出たってタイプ」
ジーンが答える。
「今後の開発の課題だとか書いた機密資料をNEIC内部で見た」
「戦闘用……」
アンブローズは呟いた。
見える範囲から看護師が姿を消したのを確認し、さりげなく立ち上がる。
「何のために戦闘用なんて作ってんだ」
「戦闘のためでしょ」
ジーンはそう言い、わざと看護師のいた廊下に背を向けて立ち上がった。
「どのていどの戦闘」
「実際に動いたところは見てないけど、資料によると惰性を利用して壁を這うくらいは可能っぽい」
ジーンが解説する。
ホラー映画じみたものを想像して、アンブローズは口に手を当てうつむいた。
「手足の関節が有り得ない方向に曲がるんで、有り得ない動きも可能だとか」
「NEICも何考えてんだ」
アンブローズは眉をよせ、ヒップポケットの銃を確認した。




