Chocolate,Choc Chip and Cheesecake4 チョコレート,チョコチップ,チーズケーキ4
「うちはコラーゲンスポンジを覆うシリコンフィルムに、光透過性の高い物を使っていますから、アンドロイドの肌はもっと透明性があって綺麗ですの」
上品に両手を組みアリスはそう説明した。
「透過性を高める原材料の割合は、うちの機密ですからお話はできませんけど」
「肌」
アンブローズは呟いた。
「他人の肌なんか気になさらない方でしょ」
「自分のすら気にしたことない」
強く煙草を吸いアンブローズは答えた。
「しかし、そんなもんに気づいたとしても確かな証拠にはならんしな」
「生身の幹部がアンドロイドに擦り変わってるって?」
ジーンが肘をつき控え目に右手を挙げる。
煙草を指で抑えアンブローズは横目で見た。
「……何」
ジーンが不審げな顔をする。
「いや」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「いっぺん話したつもりでいたんだが、考えてみれば、それ話したのはお前の偽物だった」
不意に隣の建物から男女の怒鳴り声が聞こえた。
「何ここ、壁うっす」
ジーンがそちらを振り向く。
「どちらかというと下流の地域だからな」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「あのとき会話はどれくらい聞こえてた」
「大半は聞こえてないよ。二階のトイレにいたし」
ふたたび手を上げジーンが答える。
「もう一回説明しなきゃならんのか……」
アンブローズは煙草を強く吸った。
「面倒くさ」
「しょうがないでしょ」
ジーンは言った。
「言葉通りだ。特別警察の生身の幹部は、三年前までにすべてそっくりのアンドロイドに擦り変わってる」
ジーンはしばらく無言でアンブローズを見ていた。
ややしてから「うっわ」と呟く。
「あの事件の前にもう変わっていましたの?」
「何それ。目的は?」
「順番に質問しろ」
アンブローズは眉をよせた。
「目的は、幹部を国体護持の妨げとなる個人及び団体と見做した」
「まじ?」
ジーンは顔をしかめた。
「おそらく幹部の中にも、あの事件の前に何か気づいていた人がいたんだろ」
「聞くの怖いんだけど、遺体はどうなってんの……」
恐怖に戦いた表情でジーンが問う。
「所在不明。見つかればいい証拠の一つになると思うが、遺体探しまでは正直手が回らないままだった」
アンブローズは灰皿に煙草を押しつけた。
ソフトパックから新たに一本取り出し、火をつけてから続ける。
「つか誰も本物が死んでるとは言ってないが」
「アンは生きてると思ってんの?」
ジーンは頬杖をついた。
「思ってない。フルで呼べ」
アンブローズは言った。
「わたくしもアンってお呼びしてよろしいかしら」
組んだ手に小さな顎を乗せてアリスが問う。
アンブローズは無言で顔をしかめた。
「今まで何て呼んでたの?」
ジーンが尋ねる。
アリスは不快そうにジーンの顔を見たが、ややしてから得意気に答えた。
「 “あなた” ですわ」
「おお……」
かなり複雑な表情でジーンはアンブローズと目を合わせた。
「何を言ったらいいの? こういうの」
「俺にか。お嬢さまにか」
「取りあえずお嬢さまに」
「 “口腔ケアして寝ろ” 」
アンブローズはそう答えた。
「だとさ」
「子供扱いですわ」
アリスはコーラルピンクの唇を尖らせた。
「子供以外の何ものでもないだろう」
「精神年齢を無視して、実年齢だけで人を語るのは前時代的だと思いますの」
「いまだ確かな数値データで示すこともできない分野を、主な判断材料にする気はない」
アンブローズは灰を落とした。
「軍人って、本当、頭が固いんですのね」
「いや……いろいろだよ」
ジーンが苦笑する。
「まあいいですわ。お土産いただきましょ」
アリスは持参したケーキの箱を自身の方に引きよせると、小さな手で青いリボンを解き始めた。
「今日は「スイート・ティニー・メイデン」の、チョコチップ・チーズケーキ期間限定カレンベリーとシブーストクリームですわ」
「さっき聞いた」
アンブローズは言った。
「ヴィラーニ社のオレンジ・ペコーとなら、最高でしたのに」
アリスは飴色の眉をよせた。
「持参するか自宅で食えと何度言ったら」
「ヴィラーニ社創業者のご先祖に当たる侯爵は、とある下級貴族の美少年に狂ったように入れ込んで、匿った庶民の男に拳銃を突きつけて少年を連れ戻したあと、私室に軟禁してついには口説き落としたそうですわ」
頬に小さな手を添えてアリスが語る。
「こっわ」
ジーンは顔を歪ませた。
「そのエピソードが気に入ってヴィラーニ社の紅茶飲んでんじゃないだろうな、お嬢さま」
「狂おしい恋の味がしますの」
しみじみと言いアリスはケーキの箱を開けた。
「そんなもん感知する味覚があるのか」
ふわりと漂ったクリームの甘ったるい香りに、アンブローズは顔をしかめた。
「俺は要らん。ジーン食え」
「何その、突撃を人に押しつけるみたいな口調」
「普通の苺ケーキだよね?」
ジーンは立ち上がり、ケーキの箱を覗きこんだ。
「わたくしが厳選したお店の、おすすめ品ばかりをいつも持参しておりますわ」
「甘いもの好きが甘いもの好きに勧めたものを俺に食わすな」
アンブローズは口を押さえ眉間に皺をよせた。
「アンは基本、甘いもの嫌いらしいよ」
横の相方を指差しジーンが言う。
「フルで呼べ」
「あなたに教えられる筋合いはございませんわ。本妻はわたくしですから」
よく通る声でアリスが言う。
ジーンが複雑な表情を浮かべこちらを見た。
「俺は独身だ」
口を抑えながらアンブローズは反論した。
「あー、あのさ、アリスちゃん」
ジーンが苦笑する。
「アンは、ドロシーちゃんていう彼女がいるみたいだよ?」
「何を言っておりますの? ドロシーさんはこの方の妹さんですわ」
アリスは言った。
「妹」
ジーンがふたたびこちらを見る。
「……うるさい」
「まだ何も言ってないよ」
ジーンは真顔で答えた。




