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FACELESS フェイスレス  作者: 路明(ロア)
06 CCCC/チョコレート,チョコチップ,チーズケーキ
15/92

Chocolate,Choc Chip and Cheesecake1 チョコレート,チョコチップ,チーズケーキ1

 

 ジーンと組み始めて十日め。


 下町のアンブローズのコンドミニアム。

 玄関の呼び鈴の音がした。

 以前は簡素な電子音だったが、アリスが強引にクラシック調の軽やかな音の出るタイプにつけ替えた。

「ずいぶんかわいい音しますね」

 ジーンが言う。

「俺の趣味じゃない」

 言いながら、アンブローズは椅子から立ち玄関に向かった。

「速射のドロシーちゃんの趣味ですか?」

 ジーンがあとを付いてくる。

「何で付いてくる」

「相方の交遊関係を知っとかないと」

「職務上関係ないだろ」

 言いながらアンブローズはインターフォンの平面映像を見た。

 画面には正装した男性の胸元が映っている。

 おそらくアリスの護衛用アンドロイドの胸元だ。

 背が高いので、平均的な位置に設置したカメラだと胸元しか映らない。

 アリスはといえば、逆に背が小さすぎて頭すら映らない。

 現在主流のインターフォンなら、立体で全身が映る上にカメラの視点移動も簡単なのだが、このアパートに付いているものは半世紀前に製作された旧式だ。

 アリスがアボット社製の最新式に無料で替えると提案しているが、近所に溶けこめないのでやめろと言っている。

「……ま、いっか」

 そう呟き、アンブローズは回れ右をした。

 ジーンの背中を押し狭いリビングへと戻る。

「お客さんじゃないんですか?」

 ジーンが問う。

「居留守使う」

「何かまずい人?」

 振り向いてジーンが尋ねる。

「銃持ってるから援護できますけど?」

「銃は要らん。甘いものに対する耐性と、どんな会話にも対応できるメンタルの方が必要だ」

「は?」

 玄関のドアを品良くノックする音がした。

 二人の目線よりかなり下だ。

「居留守を使っても無駄ですわ。専用人工衛星『スクエアー』の合成開口レーダーで室内を詳細に撮影した画像が、わたしのブレインマシンに届いていましてよ」

 ノックの上品さとは裏腹に、言ってる内容は剣呑だ。

「何? 他国のスパイ?」

 ジーンが怯えた感じに口を手で覆った。

「軍事衛星なみだな……」

 アンブローズは眉をよせた。

 玄関ドアの前に戻り、インターフォンに顔をよせる。

「違法撮影だ。解錠は拒否する」

「親しい人間関係における愛情等に起因するのものなら、違法でも多少は考慮されましてよ」

「親しい人間関係の定義に当たらない。スポンサーとスポンサードパーソンだ。実態としては外部のフリー契約に近い」

「当該の契約書を交わした覚えはないわ」

「口頭での契約であっても、一定の条件上ならある程度の効力を持つ」

「何の会話してんの……」

 ジーンが口をはさむ。

「外の声、子供みたいな声なんだけど」

「子供だ」

「怖い会話する子供だな……」

 ジーンが複雑な表情をする。

「会うか? この前、話題に上がってた人物だが」

 ジーンが目を合わせてきた。

「子供の話なんかしたっけ」

「アボット財閥総帥だ」

 ジーンは薄青の目を丸くしてこちらをじっと見た。

 しばらく呆気に取られたような顔をしていたが、だいぶ間を置いてから尋ねる。

「いくつ」

 ドアを指差す。

「八歳だ」

 アンブローズは真顔で答えた。

「三十八歳男性では」

「八歳女児では説得力がないから、そういうことにしてるそうだ」

 ジーンは呆然とした顔でアンブローズを見た。

 その目線をそのまま玄関ドアに戻す。 

「八歳女児って、十年したら娘盛りのご婦人じゃないですか」

「お前、珍しい計算するな」

 アンブローズは眉をよせた。

 モニターには、相変わらず護衛アンドロイドの胸元だけが映っている。

「どうする。会うか?」

「それ選択制? 話の流れ的には、当事者で協力者みたいに思えるけど」

「その上で必要な調査費用も回してくれてるスポンサーだ。だが、接触するには一定のメンタルが要るので、選ばせてやる」

 アンブローズはいったん部屋に戻った。

 テーブルの上に置きっ放しにした煙草のソフトケースを手に取ると、一本咥える。

「子供でしょ?」

 あとをついてきたジーンが確認する。

「子供だ」

 唾液で火をつけ、ふたたび玄関口に戻る。

「A・A・アボット三十八歳こと、アリス・A・アボット八歳」

「アリスちゃんか……」

 ジーンが呟く。

 煙草を指で挟み、アンブローズはドアについた魚眼レンズを覗いた。

 現代の家屋にはもう付いてはいないものだが、古い家屋の多いこの界隈では、いまだ残っているドアが大半だ。

 目線をずらせば、下の方も見えなくはない。

 旧式のインターフォンのカメラよりはよほど使える。

 目線の下に、小さな金髪の頭が見えた。

 両手の先にはケーキらしき箱。

 箱を見たただけで甘ったるい味を想像して、アンブローズは胸焼けがしそうだった。

「……何かこうアン、籠城でもしてんのかなって感じに見えるんだけど」

「フルで呼べ」

「アンブローズ」

 ジーンが言い直す。

「ずいぶんと口達者ではあるみたいだけど、つまるところ子供でしょ? 追い返すほど脅威なの?」

 アンブローズは煙草を強く吸いながら、無言で軽薄な女顔を見た。

 何も言わないのを解錠の許可と受け取ったのか、ジーンがドアノブに手を伸ばす。

「お客様がいらしているようですけど、こちらは一向に構いませんことよ」

 ドアの向こうからアリスが言う。

「うっわ。認識されてる」

 ジーンがふたたび怯えたように身体を引いた。

「合成開口レーダーで見てると、さっきキンキン声で言ってたろうが」

「それで。開けてもいいの?」

 ジーンが尋ねる。

 アンブローズは無言で応じた。判断は任せる、ただし自己責任の意だ。

「この鍵、指紋とか遺伝子の認証は?」

 ジーンは屈んでドアノブを覗きこんだ。

「このあたりの住居にそんなのないぞ。超旧式のアナログ鍵だ」

「よくそんな設備の所に住んでるね……」

 ジーンは顔をしかめた。

 慣れない手つきで鍵を外すと、ドアを開ける。

 真っ直ぐにドアの外を見て、やや戸惑ってから下の方を見た。

 金髪の巻き毛が視界のかなり下を歩いて行くのに、しばらくしてから気づいたようだ。

 勝手知ったる感じで入って来たアリスのアンティーク風のドレスワンピースと綺麗な巻き毛をジーンが呆然と目で追う。

 美形の護衛アンドロイドが高級レストランのボーイのように折り目正しい仕草で挨拶する。

 われに返ったのかジーンは口を開いた。

「え……と?」

 アリスがゆっくりとジーンの方を振り向く。

「会話の内容から察するに、軍関係の方ですわね。応援の方かしら」

「……フランス人形が喋った」

 ジーンはふたたび怯えた仕草で後退りした。



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