The Neo East India Company ネオ・イースト・インディア・カンパニー
応援要請で来たジーンと組み始めて三日め。
「NEICがナハル・バビロンにかなりの資金援助しているのはご存じですか」
アンブローズの住むコンドミニアムの狭いリビング。
ジーンがコーヒーに砂糖を入れる。
砂糖の量がやや多めに見えて、アンブローズは顔をしかめた。
「あのEA解体のどさくさまぎれに独立した国か」
煙草を指で挟みアンブローズは言った。
「古代に滅びた都市国家の王族の末裔とやらを擁立して建てたとかいう」
「……というのはただの対外的なアピール文句で、実際の王族の末裔はまったくの別の国に在住。いっさい関わっていないそうです」
「まあ、そんなもんだろうな」
アンブローズは煙草を咥えた。
横を向き、無味無臭の煙を吐く。
「EEC、EURATOM、EC、EU、EAと共同体崩壊しまくってんだから、いい加減懲りろって」
「いやそういうのはともかく」
ジーンは苦笑した。
「NEICは、今でも援助はしてます。あちらにアンドロイドの工場建てたりして」
「ここ何年かでNEICのアンドロイド事業が急激に伸びてんのはそれか」
「もともとナハル・バビロンは工業が中心的な産業の一つっていう国ですから、そういうのも強いらしいんですが」
ジーンは言った。
「試作品としてですが、特別警察のアンドロイドと同じ仕様の物を作っているらしいんですよね」
カップを揺らしながらジーンが説明する。
マドラーがないので、揺らして砂糖を混ぜてるらしい。
「仕様って、どこまで同じだ」
「特別警察の機密事項に関するところまでですね。処理速度、判断能力、運動機能、個人情報や国家機密にアクセスする機能。もちろん表立って作ってる訳じゃないですが」
「そのデータは、アボット財閥が厳重に保管してると思うが」
「アボット財閥にスパイがいた、クラッキングで盗まれた、マルウェアで漏れた」
ジーンが指を立て、一本二本と増やす。
「どのパターンだ」
「全部って言っていいんですかね」
ジーンはコーヒーを口にした。
「アボット財閥に入りこんだスパイが、クラッキングしてついでにマルウェアを仕込んで逃げた」
「腹立つ欲張りセットだな」
アンブローズは眉をよせた。
「アボット社のセキュリティシステムが即座に反応して、ほとんど被害はないみたいですが」
「ソースは」
「アボット社に入りこんでる元相方です」
ジーンは答えた。
「スパイは逃げたのか」
アンブローズは問うた。
「逃げましたね。一緒に捕まえていろいろ吐かせようとしたら、後日に遺体で見つかりました」
「しくじったな」
「しくじりましたねえ」
ジーンが顔をしかめる。
「無人島の岩地で、スーツでゴムボートに乗って見つかった遺体、覚えてます?」
あれか、とアンブローズは呟いた。
「ニュースで見た。不可解すぎるんでけっこう騒がれたな」
「不可解なのは、アンドロイドが処理したからじゃないかと見当をつけてます。いまいち生身の人間のセンスが分かってない」
アンブローズは、煙草を咥え吸った。
先端に赤く火がつく。
「以上か?」
「以上です」
ジーンは言った。
「ナハル・バビロンの工場は、どこまで証拠押さえてる」
「衛星から工場内を撮影した画像があります。あとはあちらのアンドロイド製作に関するデータを取得しましたが」
ジーンは右の米噛みのあたりに手を当てた。
「送りますが」
少々間を置いてからアンブローズは「ああ」と返事をし、右目のあたりに指先を添えた。
軍籍専用のアカウントに接続する。
送られて来た画像には、先ほど自身がアルバイト工員として潜入していたアンドロイド工場と同じような光景が撮っていた。
製造途中のアンドロイドの細い配線の一本一本や基盤の文字まではっきりと撮し出されている。
「クアンタム・ステルス処理はしてなかったのか、この工場」
「してましたよ。なので紫外線、赤外線、短波赤外線、光等々屈折率を計算して撮影されたものです」
「逆に言うと、ただの工場にそんな処理してんのがおかしいんだが」
「そうですね」
ジーンは息を吐いて笑った。
「タイミング変だが言っておく」
「何ですか」
「俺が探ってんのは特別警察だ。軍専用の回線も覗かれてる可能性があるんで、准将とはあまりデジタルでのやり取りはしなかった」
「先に言ってください」
ジーンは顔を歪ませた。
「アナログでやり取りするには、データ量多そうだったからな」
「アナログ時代の情報将校が聞いたら怒られそうなセリフですね、それ」
ジーンは複雑な表情をした。
アンブローズは、煙草を指の間に挟みゆっくりと吸った。
「この前のお前の偽者が軍専用の回線について探りを入れてたのと、俺の遺伝子情報を取ろうとしたの見て、こっちまでは入りこまれてないと見当つけた」
「ちなみに准将と、デジタル抜きでどんな風に連絡取り合ってたんですか」
「酒場なんかで、メモを、こう」
アンブローズは、テーブルの上で手先を滑らせた。
ジーンは目が丸くして手先を見る。
「古典映画みたいですね」
「俺も初めてやった」
「ていうかブランシェット准将それやったんですか? あの人がやったらマジで映画みたいじゃないですか」
「思った」
アンブローズは言った。
「今のところやらなくて良かったのがさっき判明したけどな」
煙草を強く吸う。
「ああ、俺のことは呼び捨てでいい」
「それもタイミングちょっと変なんですが……」
ジーンはおもむろに残りのコーヒーを飲み干した。
「……ああ、砂糖残った」
カップの底を見て言う。
見ているだけで口の中が甘ったるくなる気がして、アンブローズは顔をしかめた。
「ちなみに関係性はどうします」
カップの底を見ながらジーンが問う。
「ここにたびたび出入りすることになるでしょうし、怪しげな人が来てたなんて近所の人に証言されないように、設定決めておいた方が」
「友人」
アンブローズは言った。
「何の」
「学生時代か?」
「二十代半ばになって学生時代の友人とたびたび自宅でつるむ人って、あんまり多くなさそうな」
ジーンが答える。
「同じ工場で働いてて意気投合したでいいだろ」
「それだって共通の趣味でもないとふつうは」
ジーンがコーヒーカップを揺らす。
「大尉、趣味は何です」
「アンブローズだ」
アンブローズは横を向いて煙を吐いた。
「特にないな」
「無趣味ですか」
ジーンが応じる。
「せっかくだから趣味作りませんか」
何か面倒臭い感じに話が横に逸れてるなと思いながら、アンブローズは灰皿を自分の方によせた。
煙草を指先で叩き灰を落とす。
「ちなみにお前の趣味は」
んー、と唸ってジーンが宙を見る。
「海外の暗号のやり取りを傍受して、正当な受け取り手と解読の速さをこっそり競い合うことですかねえ」
「……趣味なのか、それ」
アンブローズは眉をよせた。
「この前、古典的な暗号だなと思ってサクッと解いたら、某国の国際法違反行為をうっかり突き止めちゃってびっくり」
あはははは、とジーンは声を上げて笑った。
天才情報将校なのか、ただのぶっ飛んだ奴なのか。
アンブローズは眉をひそめた。