a due バディ
通路の突き当たりから、静かに地面を踏む音がした。
金髪を立ててカチューシャで留め、革のジャケットに革のズボンという出で立ちの男が現れた。
積み上げられた石油系プラスチックの残骸に驚いたようだったが、すぐに倒れたアンドロイドに目を移した。
「それですか」
ああ、とアンブローズは返事をした。
男は身を屈めてアンドロイドの顔を覗きこんだ。
「うへぇ。そっくり」
顔を歪めて軽薄そうな声を上げる。
その様子は、アンドロイドの偽者そっくりだった。
話し方や言動のパターンまで見事にコピーされていたらしいな、とアンブローズは思った。
諜報に問題は出ないかとチラリと思ったが、自分やドロシーのことまで向こうに知られているなら今さらかとも思う。
「失礼しました。ダドリー大尉」
男は顔を上げてそう言い、姿勢を正すと折り目正しく敬礼した。
「陸軍中尉ジーン・ウォーターハウスと申します。ブランシェット准将より、応援を要請され参りました」
「ああ」
アンブローズは答えた。
「ブランシェット准将より、伝言をお伝えします」
敬礼したままの姿勢でジーンは言った。
「 “ブスは言いすぎだ” 」
アンブローズは眉をよせた。
「以上です」
ジーンは敬礼していた手を下ろした。
伝言の内容的に、これは本物らしいなとアンブローズは思った。
煙草のソフトパックを内ポケットから取り出し、あらためて一本咥える。
「それで、俺の除隊の理由は何か言ってたか」
「ああ……」
ジーンはポケットに手を入れ宙を見上げた。
挨拶以外は意外と不躾な性格だな、とアンブローズは思う。
「いちおう “命令違反” にしておくと言っていましたが」
「ほんと甘いな、あの人」
アンブローズは眉をひそめた。
煙草のソフトパックをジーンに差し出し、軽く振って勧めた。
「ああ……ども」
ジーンは手を伸ばし一本引き抜く。
咥えてからおもむろに言った。
「言っときますが、俺ゲイではないんで」
「いちいち申告しないでいい」
アンブローズは不快を覚えて眉をよせた。
「そこだけは。何か偽者が変なキャラに仕立ててたんで」
「どこから見てた」
アンブローズは横を向き、無味無臭の煙を吐いた。
「始めから。大尉が俺とそっくりの奴と出て行ったんで、うわって思って」
ジーンは煙草を指先で持ち、げらげらと笑い出した。
「ドッペル見ちゃったぁとか思って、びっくり」
アンブローズは何気にジーンの顔を眺めた。
目が合うと、ジーンは薄青の目を僅かに見開く。
「こういう冗談お嫌いですか」
「オカルトはぜんぜん分からん」
「オカルトだってことは分かるんですね」
アンブローズは煙草を指に挟んだ。
「確か、工場の事務所の方にいたな、お前」
「気づいてましたか」
ジーンは口の端を上げた。
「なんとなく」
アンブローズは言った。
身形が派手だが、今どきこの手の服装での事務職勤務は珍しくもない。
覚えがあったのは、どことなく動きや目線に自分と同じ特徴を感じたからだ。
「NEICに元から潜入してたのか」
「ええ。ですから准将も適任だと思ったのでしょうね」
ジーンが答える。
「そっくりのアンドロイドをよこされたってことは、その潜入もマークされてたんじゃないか? 大丈夫か?」
「どうなんでしょう。タイミング的に」
ジーンは苦笑した。
「いつからここにいたんだ」
「去年ですね。臨時の採用で、もちろん偽名で」
煙草を燻らせながらジーンはそう話した。
不意に煙草を口から取り出すと、ジーンはフィルターの一部分を見る。
「JPSですか、これ」
「……の、復刻版だ」
「バージニアが一番好きなんですが」
言いつつ、ふたたび口に咥える。
「薄荷入りなんかよく吸えるな」
アンブローズは顔をしかめた。
「ざっと聞きましたが、三年前のあれはNEICが噛んでいるんですか」
煙草の先端の火を吐息で灯しながら、ジーンが問う。
アンブローズは目線を上げ、周囲を伺ってから「ああ」と返した。
「二十一世紀最後の無差別大乱射事件、世紀末の何たらとかって、ネットも報道もずいぶん騒いでましたけど」
ジーンは言った。
「現場の画像として出回っていたものが、実は出所不明の加工されたもの、死傷者三百余名とされているが、実は誰も病院には運ばれていない」
煙草を口から取り出し、ジーンは言った。
「まあ、ここまでは、ちょっと突っ込むと出てくる情報なんで、一般人もキャッキャ言って推理合戦してましたけど」
ジーンは煙草を指先で摘まみ燻らせた。
「俺も一般人に混じって、キャッキャやってましたけど」
「……やってたのか」
アンブローズは眉を寄せた。
「軍内部の噂では他のこともいろいろ聞いてましたけど、そこまでは書き込んでませんよ」
「……やったら軍法会議ものだろう」
アンブローズは呆れて顔を歪めた。
「その噂の部分を、今回ブランシェット准将に確認しましたが」
少々声を落としジーンは言った。
「出所不明の加工画像はNEIC製作のもの、死傷者の回収をしたのは、アボット財閥」
ジーンは横目でこちらを見た。
「ライバルの二社が協力して証拠隠滅ってのは、マジだったんですか」
「協力はしてない。それぞれの企業のリスクに、それぞれで対処しただけだ」
アンブローズは言った。
「ちなみに、俺は死傷者を回収した先は知らないことになってる。特別警察と接触したときに、すっとぼけて逆に質問した」
「了解です」
ジーンは右手を上げた。




