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第八話 公爵令嬢リオナ・ヴァロウ・ハルフテル

名前はスペインから取得したので微妙になじまなくてつらい

 第一王子の立太子と、その婚約者との結婚式まで三か月というところまで差し迫っていた。さらに学園の方では卒業式も行われる予定だ。

 こちらも今年は王子が卒業するということもあって、何かとあわただしい。そんな中、リオナは式典用ドレスの仮縫いのために王宮を訪れていた。


「はぁ、素晴らしいプロポーションですわね」

「ありがとう」


 採寸を終えた仕立屋の感嘆の声に、リオナは特に思うところもないように返した。実際のところ、引き締まった身体は日々の訓練の成果であるが、それ以外は公爵家に仕えるメイドたちの努力の結果である。

 十年上の姉には日々のケアが大切だと口を酸っぱく言われているが、残念ながらリオナはそちらの研究をするよりは剣を振るっていたかった。今は今でやるべきことが山積みだ。

 リオナは、王国で二つある公爵家の一つ、ハルフテル公爵家に生まれた二人目の娘だった。ハルフテル公爵領はもともと広大な森と、魚の獲れる湖、そして鉱山を多く保有している豊かな地であった。この国の食糧庫の一つでもある。

 さらにリオナの十歳年上の姉は幼いころから才女と名高く、公爵家の発展に貢献してきた。今は婿を取ったものの、公爵である父親の補佐をして領地経営を助けている。このまま公爵家は発展を続けていくことだろう。

 そんなハルフテル公爵家と王家の婚約による関係強化は、リオナが生まれる前から決定していたことだ。先の後継者争いで、いやそれ以前からの浪費家だった先代国王夫妻による豪遊によって、さらに王位継承争いだと先走った貴族たちによって疲弊していたこの国を立て直すために、そのために豊かなハルフテル公爵家の資金が、王家は喉から手が出るほどに欲しいのだろう。

 ハルフテル公爵家としても先の継承者争いでは中立派を貫いたが、リオナの父親である現公爵と王弟が学友であったことは王宮関係者ならば誰でも知っている。

さらに言うならば、前ハルフテル公爵は先王の学友であり、だからこそ先王に対して諫める立場をとっていた。だがそれを疎んだ先王によってハルフテル公爵家は冷遇され、逆にそれ故に領地経営に力を入れることができていたのだ。

 もちろん王国の食糧庫の一つであったことから、冷遇されてはいたものの無視はできなかったのも大きい。この、転んではただで起きない不屈の精神の持ち主は、ハルフテル公爵家の者が多く持っている。

 もちろん、ハルフテル公爵家でも芸術の保護活動をしなかったわけではない。

 だが、先王の歓心を引くためだけの、むやみやたらな投資をしなかっただけだ。


 ちなみに義兄となる姉の夫はその芸術保護の一環である芸術家の支援活動による奨励金対象者だった吟遊詩人である。

 そのことにより先王崩御後、財政難に陥った多くの貴族たちが次々に芸術に対する支援を打ち切る中、ハルフテル公爵家に認められれば貴族になれるかもしれないと、国中の芸術家がハルフテル公爵家に押し寄せた。

 実際はたまたま、両親と姉が気に入るほどの芸術センスのあった男が、たまたま子爵家次男であり、さらに姉との相性も悪くなかったのでそのままとんとん拍子で結婚に話が進んだだけだ。つまり貴族になれたというよりは、はじめから貴族だっただけである。

 だがそれでも姉婿の存在がハルフテル家の芸術保護の観点でいいプロパガンダになったのは間違いない。


 おかげで現国王の治世となり、多くの劇場や音楽ホールが取り壊され、または別の用途に改装される中、公爵家が着手した劇場は今も稼働しているし、収益も上げている。

そこには公爵家に保護を願う芸術家が増えたことにより、公爵家サイドは選択肢が増え、選ばれるべく芸術家サイドは切磋琢磨することにより、全体的な質が向上したことがあるだろう。

 先王の時代、ハルフテル公爵家は芸術を理解できない野蛮な不作法ものだと揶揄してきた者達が、今ではハルフテル公爵家こそが芸術、文化の最後の砦だとすり寄ってくる始末。ハルフテル公爵家は行動を変えていないというのに、なんとも面白いものだな。と、リオナは思う。


 そんな成功者に対するやっかみもあるのだろう。先王を毒殺したのはハルフテル公爵であるとか、元王弟と組んで王位簒奪を計画しているのではないかなど、いまだに下らない言いがかりをつけてくる者がいるのだ。

 公爵家としてはやってもいないことを疑われ、痛くもない腹とは言え、いつまでも疑われていたくもない。そうした様々な思惑と事情が絡んだものが、リオナと王太子の婚約だ。そこにリオナ本人の意思など介入しない。できない。


 まだ子供のころはよくわかっていなかった。ただ、子供ながら自分の姉が素晴らしい存在であることは理解していたし、公爵家にとって彼女の存在は決して失ってはならないものであることは理解していた。

 ならば、彼女ほどの賢さがない自分は、彼女を守る存在になろう。幸いにしてリオナには女にしては体力や腕力があった。祖父譲りの剣の腕があった。

 いずれ男に勝てなくなったとしても、誰よりも姉の傍によることができるのは、妹であり女である自分だ。護衛の盾より、襲撃者の剣より、一番近くにいる自分の剣が先に相手に届けばいい。それだけだと思った。


 だからこそ無邪気に「姉さんを守るんです!」と言っていたし、婚約者であり自分よりも弱い王子も同じように守るつもりであった。幼い自分にとっては姉も、王子も、他に代えがたい大切な存在だったのだ。

 実際にそう言ってしまった時には父親には懇々と怒られた記憶がある。しかしながらリオナから見て王太子は弱い人間だった。覇気がない。と、言い換えてもいい。

 物分かりがいいふりをして、何もかも諦めたふりをして、どうせ誰も理解してはくれないと、結局自分から動こうとしない人間。リオナから見て、王太子はそう言った存在だった。


 婚約者としてのリオナが気に食わないというのならば、王家の威信でもかけて従えと命じればいいし、それこそ情人でも愛人でも探せばいい。しかしそれもしない。公爵家に対する後ろめたさもあるのだろうが、結局のところ小心者なのだ。


 もちろん、リオナにも彼の立場は理解できる。生まれた時から決まっている婚約者は自分でも貴族令嬢らしからぬ跳ね返りであるし、慢性的な資金不足による閉塞感とただ無難に事を収めることだけを期待された将来。輝かしい将来を夢見ろ、という方が難しいのかもしれない。

 だが、そんなことはリオナとて同じだ。生まれた時から決められていた婚約者も、それが自分の理想とは異なる存在であることも、同じだ。

 そのことについて、共感してほしいとも、理解してほしいとも、リオナは思わない。そんな気持ちはとうの昔に消えて久しい。彼のことは大切に思っている。昔からそれは変わらない。だが、それは彼個人と言うよりも、国のためであり、第一王子である彼のためだ。彼個人への思慕など、リオナの中には残っていなかった。そうさせたのは王子本人だ。

 せめて、理解してほしいと思うなら、そう願うなら、本当にそうならば、せめて自分から行動を起こせ。それをせずに、ただ諦めたふりをしているだけの男になど、リオナには王太子でなければ何の価値も見いだせなかった。


 バセット王子は常から自分は次代に王位を繋ぐだけの中継ぎでしかないなどと言っているが、別に陛下も宰相も、騎士団長も、もう一つの公爵家の当主である人物も、王子に対して何事も無難にこなせとも、新しいことを始めてはいけないなどとは言っていない。

 もちろん現実問題として、財政難の王国では新しいことをしようとすることは難しいだろう。だが、しかしだ。そのためのハルフテル公爵家との婚姻である。

 王家には金がなくても、王妃であるリオナの名前で行う事業にハルフテル公爵家が金を出すことは別におかしいことではないだろう。それとも妻の実家の、女の力を借りるのがプライドが許さないのか。

 いいや違うだろう。と、リオナは断じる。バセット王子との付き合いもいい加減長い彼女には、彼が見ないふりをしている彼の本性を理解していた。


 結局のところ、バセット・エディ・メディニという男は、あらゆる理由を探し出して、楽な方へと逃げるような男なのだ。

 もちろん王国の首脳陣もそんな王太子の性質を理解しているのだろう。

 補佐に現騎士団長の長男と、宰相の長男をつけたのも、父親たちが学友だったという以上に、王太子の補佐に必要だと考えたのだろう。バセット王子は確かに愛されている。たとえそれが、本人が望んでいないものだったとしても、誰かに妥協と我慢を強いるものであったとしても、そこには確かに愛があるのだ。


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