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第六話 侯爵令嬢サラ・ティーリ・フォッソ

 話は少し前に戻る。

 第一王子の側近であり、現騎士団長の長男であるサフウェン・ルシアン・フォッソは、久々に王都にあるフォッソ家のタウンハウスに顔を出していた。彼だけではなく、彼の婚約者である伯爵令嬢も一緒だ。

 それと言うのも、父親から娘を説得してほしいと泣き付かれたからである。現在の騎士団長であるフォッソ侯爵には子供が四人おり、長男のサフウェンのほか、二つ、四つと離れて次男、三男が続き、最後の末っ子が今年十二歳になる妹のサラだった。

 そもそも代々騎士を輩出しているフォッソ家はどちらかと言えば男ばかりが生まれる家で、父親である侯爵も男ばかり五人兄弟で、さらに従弟も甥もみんな男ばかりだ。

 そんな中、絶対にかわいい女の子が欲しいと熱烈に希望していたサフウェンの母の熱意がどこかに通じたのか、十二年前に生まれたのがサラである。珍しい女児の誕生に一族は盛り上がりまくり、彼女は溺愛されて育った。

 そのため我が儘放題に育っており、その我が儘に直接振り回されるようになったサフウェンたち三兄弟はその頃になって初めて事あるごとに娘や孫を甘やかすなと言う母や祖母の苦言を理解したのだ。だが時はすでに遅く、どうにもできないままにサフウェンは弟たちに後は押し付け、もとい、任せて逃げるように学園に入学した。

 だが、二年前のある日からぴたりと……と言うわけでもなかったが、徐々に我が儘は鳴りを潜め始めているらしい。サフウェンが知っているその頃の妹のわがままは、どこかで見たらしいバセット王子の婚約者になりたいだったはずだ。さすがにそのわがままに娘や孫に甘い親族たちも難色を示しており、彼女は初めて自分の要望が通らないという事態に癇癪を起こして大暴れをしていた。……らしい。

 しかしそれもしばらくしてぴたりと収まり、同時に彼女のわがままが少しずつなくなってきていたはずだ。だがここにきてどうやら彼女はとんでもない我が儘を言い始めたらしい。それを何とかして止めてほしい。それが父親からの依頼だった。

 しかし、妹とは年が離れているうえ性別も違う。サフウェンも妹を甘やかしてきた一人で、さらに言うならば逃げ出した口である。説得してくれと言われ出来る気がしなかった彼は、婚約者である伯爵令嬢に頼んで一緒に来てもらったのだ。

 二人は以前から面識があるので、そう困ったことにはならないだろう。などとのんきに思っていたサフウェンだが、一族総出で甘やかされてきた「お姫さま」を伯爵令嬢が自身が婚家に入った後にどうやって躾しなおすか、はたまたどうやって嫁に出すかを冷静に考えて頭を抱えていたことなど知る由もないだろう。

 妹の方も自分を決して甘やかさない相手であると本能的に察していたのか、彼女たちの初対面は表面上はともかく、決して友好的なものではなかった。

 そもそも、と、サフウェンの婚約者であるエリッカ・ペグ・リドゲート伯爵令嬢は思う。

 貴族の家に生まれた娘など、家のために有力者に嫁ぐためにだけ存在しているようなものだ。今までその手が使えなかったフォッソ家に待望の女児が生まれたというのに、ただただあまやかし、腐らせていく婚家にそしてそんな男たちに、エリッカやフォッソ家に嫁いだ女たちが白い目で見ていたことを彼らが気が付くことはきっとないのだろう。

 応接室で対峙した三人。まずは久々に顔を合わせたことを喜ぶ兄妹と、ぎこちなくもお互いに微笑みあうエリッカとサラ。メイドが淹れてくれた紅茶を前に一息をついた後、口火を切ったのはサラだった。


「わたくし、騎士になりたいんですの」


 彼女はそう言ってまっすぐに兄を見た。彼の婚約者の伯爵令嬢は「あら」と内心で目を見開きながら、表情を隠すように扇で口元を覆う。

 そう言う彼女の今日の服装はシンプルなものだった。ズボンこそはいていなかったが、装飾は少なく色味も渋い。彼女なりに真剣なのだろう。二年前に会ったときはフリルがこれでもかとあしらわれた幼児用ドレスで、まるでフリルのお化けだった。エリッカだって同じような服を着ていた記憶があるが、六歳ぐらいまでの話だ。

 その頃から親戚筋との茶会などに出席することも増え、年上のお姉さん達の装いに大人っぽさへの憧れを抱くようになり、徐々にシンプルなものに変わるものである。だがフォッソ家の場合は親族は男ばかりだ。それぞれの妻などが開く茶会に参加することはあるだろうが、年齢差がありすぎて少女が憧れる範疇には入らず、親族の男どもは可愛い可愛いと持ち上げるばかり。

 母親である侯爵夫人も娘の服装の方向転換を促したのだろうが、周囲の男どもが褒めるせいで本人がシンプルな服装を拒否していたのだろう。それを見た侯爵やおそらくは隣に座る婚約者やその兄弟も「サラが着たい服を着せてあげればいいじゃないか」とでも言ったのだろう。

 彼女がはじめてサラを見たときに「妹さんはとても可愛らしく微笑ましいですわね」と言った言葉を額面通りに受け取った婚約者である。ほぼ間違いないだろう。実際、彼女の想像は大きく外れてはおらず、夫人や先代侯爵夫人が頭を抱えていた。

 だが今の彼女の服装は、とある人物を知るエリッカにとっては非常に好感が持てた。ゆえに、伯爵令嬢は少しだけ、婚約者の妹に対する評価を上げたのだ。もっとも、彼女の価値観から言えば、女が騎士になるなど到底考えられないことである。

 妹が言った言葉が上手く処理できないようで、唖然として固まっている婚約者をちらりと見たあと、エリッカはため息をついた。


「騎士、ということは、学園の騎士科に通いたいという事でしょうか」

「はい」


 学園には彼女の兄や伯爵令嬢が通っている貴族科の他に、騎士科、魔術科、歴史科がある。騎士になるとすると、騎士科に通うのが一般的だ。

 とは言え、彼女も騎士科に女子が通っているかまでは把握していない。そもそも、入学できたとしても王国の騎士団は第一も第二も女性を募集していなかったはずだ。

 そんな二人の会話にサフウェンの頭はようやく再起動を始めた。そしてなぜ妹がそんなことを言い出したのかを考え、とある考えに行きつく。


「金狼姫か」


 サフウェンが苦々しく呟いた。彼女が好き勝手に振る舞うから、妹のように勘違いしたものが出るのだ。

 彼女の行動は、大人たちの好意の上で成り立っているに過ぎない。そう思ってサフウェンが妹を諫めるための言葉を口にしようとした時だ。


「わかっていますわ! わたくしにはあの方のように短期間で淑女としての礼儀作法を身に着け、貴族たちの調整をしながら公務をこなし、そのうえで剣の腕を鍛えるなどと言うことができるわけがないと! だからこそ、せめて、せめてあの方を守るために剣を極めたいんです! ……姉君や殿下をその命に代えても守ると誓っているあの方を守るために」


 そう言ってこぶしを握り締めてうつむいた妹にサフウェンは今聞いたばかりの話をどう咀嚼していいかわからなかった。それくらい衝撃であったし、彼が知らない話ばかりだったのだ。

 呆然としている彼とは対照的に、エリッカは納得したようだった。それどころか「やはり」と言うようにうなずいてさえいる。


「確かに、あの方のようにふるまえ、と言うのは難しいですわね。剣でなかったとしても、あれほどの熱意を持って取り組むことができるかどうか……あの方の王国に対する献身には、頭が下がるばかりですわ」


 まさか兄の婚約者が自分の言葉に肯定ともとれる、いやそうでなくても否定の言葉を口にしなかったことに、サラは驚いたように顔を上げた。彼女にとっての兄の婚約者は、初対面の時に、微笑んでいるのに侮蔑したような眼差しを隠してもいなかった時の印象そのままだった。それ以降、お互いにあえて会いたいと思わなかったのだから仕方がない。

 だが今の彼女は、サラに向かって微笑んで頷く。間違いなく、彼女もあの人を知っているのだ。そのことにサラはすがるように兄を見る。王子の、あの人の婚約者の側近である兄ならば、あの人の努力を、決意を知っているはずだ。彼女はそう思っていた。


「でも、そんなあの方を守る人がいないんです。あの方だって、守られるべき尊き方ですよ?!」

「……待ってくれ」


 叫ぶ妹に、サフウェンは彼らしくもなくか細い声を上げた。額を押さえている兄と婚約者を、二人の少女が怪訝そうに見る。


「確認させてほしいんだが、サラの言うあの方と言うのは、金狼姫……リオナ・ヴァロウ・ハルフテルに間違いないか?」

「はい」


 サラははっきりと頷いた。サフウェンはズキズキと痛み始めた頭を押さえながらさらに確認するべく婚約者へと視線を向ける。


「リオナ嬢が貴族の調整をしているというのは」

「あの方は貴族科に通っておられませんから、週に一度に数人の学園の令嬢を招いての茶会を開いていますわ。そこでのリオナ様の令嬢としての立ち振る舞いには、いつでも背筋が伸びる思いですわ」


 そこには何の含みもない称賛だけがあった。

 サフウェンはさらに頭が痛くなってきた。粗雑で乱暴者だと思っていた彼女が、伯爵令嬢である婚約者も認める礼儀作法を身に着けていることもさることながら、問題はもう一つの事実だ。


「貴族科に通っていない?」

「……まさか、ご存じなかったのですか?」

「お兄様?」


 嘘でしょう。という少女たちの眼差しがサフウェンに突き刺さった。

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