第四話 淑女たちの茶会
ヒロインサイド。
人に応じてみせる顔も変わる。
「また負けたぁぁぁ」
ごいん! と、鈍い音を立てて金髪の少女がテーブルに頭を落とした。そんな様子を、周囲の少女たちが、「おやまぁ」というように目を見開き、続いて微笑ましく笑う。
場所は王国にある学園内、魔術科校舎の一室だ。室内は様々な色合いの青を基調とした調度品や柔らかな布に囲まれており、さながら水の中にいるかのようだった。
「まぁまぁリオナ、そう嘆かないで」
「ニア」
マフィンでもお食べなさい。と、小さな焼き菓子を差し出す緑の瞳に緑髪の少女に、リオナはのろのろと顔を上げると、マフィンを受け取りもひもひと食べ始めた。
「それにしても、リオナが勝てないとは、随分と強い相手じゃ」
独特の訛りがあるのは、青い瞳に青にも見える銀髪の少女だった。顔立ちはリオナ達とはやや異なっているが、それでも人目を引く女性だ。先ほどのニアが可愛いタイプの美少女ならば、こちらは美女と言ったタイプだろうか。
ニアはメディニ王国の伯爵令嬢、美女の名前はカルメラと言い、メディニ王国北東にある友好国の王族だ。
そして彼女たちのテーブルにはもう一人、赤い髪に褐色の肌の少女が同席していた。こちらもやはりニアやリオナとは異なる顔立ちで、南西にあるドゥエニャス辺境伯家所縁のものとして学園に入学してきている少女だ。名前をベニータと言う。
彼女たち三人がリオナの学園での友人たちであり、同時にリオナがこの国でカルメラとベニータを持て成すホスト役でもある。そしていま彼女たちがいる部屋は、学園がカルメラ姫のために用意した談話室である。そのため基本的にこの部屋を使うのはここにいる彼女たち四人だけだ。
部屋には四人のほか、給仕役のお仕着せを着た女性が部屋の隅に待機している。
何故デビュタント前の未成年であるリオナが接待役をしているのかと言えば、彼女が公爵令嬢であり、第一王子の婚約者であるからだ。
他国の王族はもとより、ベニータの後見はスタンピードを起こすダンジョンを抑えている南西の辺境伯家であり、先王の王弟が婿入りした家でもある。
つまり、王家にとってはないがしろにできない相手であり、同時にあまり関わり合いになりたくない家でもある。そのため、王太子妃予定であり、同じ年ごろのリオナに白羽の矢が立ったというわけだ。
幸いにして、ベニータも自身の立場は理解しており、またリオナの立場も慮れる程度には聡明な女性だった。また彼女本人の性格も、武を尊ぶ南西出身らしい気風の良さがあり、堅苦しいことが苦手なリオナにはありがたかった。
ゆえに、出会いから現在に至るまで二人の仲は友好関係を維持している。カルメラも同様だ。王族としての無自覚な傲慢さはあれど、根が素直で可愛らしい女性だった。
それに、リオナの乳兄弟のニアが加わった三人が、リオナが学園に通っている間に主に一緒にいる面々である。ゆえに、リオナも公爵令嬢としては気が抜けた姿をさらしていても、彼女たちは気にしない。
「うん、多分一番強い。騎士団長より強いんじゃないかな?」
「そんなにかえ!」
リオナがマフィンを飲み込んだ後にそう言うと、ニアとカルメラが思わず目を見開く。へぇと、ベニータは目を細めた。
リオナの剣の腕はこの場にいる彼女たちはそれなりに知っている。並の男なら歯も経たず、まともに打ち合いができるのは騎士団でも一握りだ。彼女に勝てる相手となるとさらに数が減る。当代の騎士団長にして「どうして女なんだ、いや女でも」とまで言わしめた実力者。それがリオナだ。
どうやらニアが言うには彼女の母方の血筋が関係しているらしい。だからこそ、彼女が手放しでほめる男の実力が想像もつかず、カルメラとベニータは驚いたのだ。
「へぇ。それはすごいね。けど、どこの人なのかな?」
「肌の色とかから考えると、西方出身じゃないかな」
それだけの実力の持ち主ならば、どこかの家のお抱えだったりするかもしれない。と言うニアに、ベニータを見ながらリオナが言う。その言葉にベニータは「あぁ」と頷いた。彼女の後見人を務めているドゥエニャス辺境伯領には彼女の出身地でもある西方からの移民も多い。
西方の人々はベニータもそうだが、男女ともに背が高く、体格がいいものが多い。加えてドゥエニャスにはダンジョンがある。かの地は、女性だって剣を取ることが珍しくはない。彼女達もベニータの六つに割れた腹筋を触らせてもらったことがあり、リオナは心底うらやましがった。
ドゥエニャス辺境伯家の面々にも西方の血が強く出ているという。つまり、王位継承争いに負け、〝都落ち〟した先代王弟の妻となった女性も同じだ。
「そりゃまぁ、うちはダンジョンがあるからねぇ。弱いと死んじまうから」
辺境伯である領主本人も、またその奥方である女性も、剣を持って自ら先頭に立って戦う人物だとベニータがいう。
「あの殿下の大叔父にあたる人物がそんな方だって言われると、ちょっと信じられないけど」
「あぁ、まぁ……ひょろっとしてるしねぇ」
ニアの小さな呟きに、ベニータは肩をすくめる。リオナが剣を手にしていることが関係しているのかいないのかは不明だが、バセット王子は剣術に関しては最低限のことしか修めていない。
平和が続いているこの国で王族が自ら剣を抜かなければならない事態は本当に最悪な状況だけだ。戦争ならば負けが決定しているし、暗殺者の類なら護衛が、そしてリオナが必ず傍に控えているはずである。だからこそ、誰もそのことを指摘しない。
そもそも、先王も、現王も剣はからっきしだというのもあるだろう。王子の大叔父にあたる人物が武に優れているのは、彼が先々王が隠居してから生まれた子供であり、王位継承に絡むことはないだろうという判断のもと、自由気ままに育ったというのもある。
実際は、きちんと次代を指名することなく急逝した先王のせいで王位継承争いが勃発してしまったわけだ。ただ、それについては、先の王弟の学友であったリオナの父の話によれば、あくまでも盛り上がったのはお互いの後援者たちばかりだったそうだ。
「ハルフテル公爵家は中立を保ったんだよね」
「担ぐ神輿にやる気がなければ意味がないし、その神輿を担いでいた連中だって、元殿下のためというよりも、うちの金目当てだったそうだからね」
ニアの言葉にリオナはため息をつきながら肯定を返した。当時、王弟の後見人筆頭と目されていたのが、リオナの実家であるハルフテル公爵家だったのだ。
だが別にハルフテル公爵家がそれを明言したことは一度もない。ただリオナの両親と王弟が学園で同期であり、リオナの父と王弟が友人同士だったというだけだ。
それを言うならば彼らの後輩にあたる現国王は現在の騎士団長、宰相、それとこの国のもう一つの公爵家の当主が同期で友人同士だったし、今だって第一王子の学友として騎士団長の息子と宰相の息子が、そしてハルフテル公爵家次女のリオナが婚約者として学園に通っているわけだから、珍しい話ではないのだ。
たったそれだけで、王位継承争いで盛り上がった貴族たちが間抜けだったと、リオナの両親から当時の話を聞かされたリオナとニアは思ったものである。
のじゃ姫はツルペタです。いやだかなんだと言われても困るが。