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第二十八話 メディニ王国の外交事情

「次の議題ですが、王都の北東に大規模な盗賊団が出没したという情報がありました」

「北西は二年前に作物に疫病が蔓延していたか」

「あぁ、陛下が三年間税率を下げる特別措置を出されたが」

「持たなかった領の貴族の子弟たちが徒党を組んだようだ。金も誇りもないが、それでも無辜の民を襲うだけの武器はあった。ということだろう。近隣の領からも討伐の嘆願が来ております」


 メディニ国王、バセット王を中心に、家臣たちがそれぞれ役職ごとに報告書や嘆願書を手に発言していく。その多くが暗い話題で、明るいものはない。

 特に問題になっているのは、バセットが即位する前に発生した冷害と、さらにそこから発生した疫病の爪痕からの復興である。現地の貴族たちからは悲鳴が上がっているが、王宮にはそれに対処できるだけの余裕がない。

 だが対処しなければさらに納税は期待できず、翌年はさらに厳しくなる。完全に負のスパイラルに突入していた。


 そんな家臣たちの報告に、バセット王は拳を握り締めた。彼の中にあるのは強い憤りだ。

 確かに冷害の被害はすさまじいものであった。だが今までに発生したことがなかったわけではない。にもかかわらず、ここまで被害が出たのは貴族の怠慢だろう。

 いや、現地の貴族たちが頑張っているのは確かだ。報告書からもギリギリの瀬戸際であることはわかる。だからこそバセットはあの貴族の怠慢が許せなかった。


「ハルフテル公爵家がきちんと支援をしてくれればこんなことには!」


 憤りを口にするバセット王に、家臣たちは「またか」というような顔をした。数人がちらりと宰相に視線を向けるが、彼は眼鏡の蔓を持ち上げると無言で首を振る。


「陛下。ハルフテル公爵家はもう存在いたしません。今はハルフテル公国です。

そもそも公国は我が国に手を差し伸べようとしてくれました。それを台無しにしたのは陛下ですよ」

「っ!」

「ジラリ!」


 宰相のジラリ・ジェラール・オークレアの静かな言葉にバセット王が目を見開く。思わず護衛として彼の背中に控えていた近衛騎士のサフウェン・ルシアン・フォッソが声を荒らげるが、ジラリは肩をすくめる。


「事実でしょう」

「しかし、当初あちらが提示してきた量ではとてもではないが我が国の民は」


 バセット王がそう呟く。そんな彼に、ジラリは表情を変えることはない。


「当たり前です。あくまでも公国が申し出てくれた支援は疫病の被害にあった地域へのもの。なぜ我が国全体の支援などという話になったのです?」

「だが王家に対しては」

「あちらとて今では王家です」


 名称としてはいまだ公国ではあるが、国力ではこんな落ち目のメディニ王国とは比べ物にならないほど豊かで、諸外国からの信頼も厚い。

 元宗主国だなどと言える立場ではないのだ。その事を、バセット王だけが理解していない。


「とにかく、当時の陛下が当初の十倍以上の支援を要求したため、ハルフテルからの支援は望めません」


 まだ王太子であった頃の彼のやらかした結果が、今になってまで響いてきているのだ。

 バセット王の非常識な要求にハルフテル公国は当然怒りをあらわにした。もちろん、表立ってのことではないが、当然のことだろうと政治にかかわるものなら誰でも理解できる。冷害のあった近隣地域であるソリジャ国サイドは、ハルフテル公国の支援のおかげで疫病は抑えられていて、すでにその時の影響はほとんど残っていなかった。

 それどころか、国境など無意味な疫病があちらにまで拡大することになれば、ますますメディニ王国は国際的な非難は免れないだろう。


 そうならないための対策を関係者は寝る間も惜しみ、命を削りながらも対処しているというのに、そのトップであり原因ともなった男だけは、筋違いの憤りを抱えている。


 メディニ王国では王太子の暴言の後、外務大臣と職員たちが床に頭を擦り付けるようにして支援を嘆願した結果、民には罪がないだろうと最低限の本当に必要最低限の支援を約束してくれたのだ。しかも、見返り……と言うよりも王の失態に対しての謝罪としていくつかハルフテルに有利な取り引きが締結されてしまった。


 わかっていないのは、いつまでも公国を公爵家として扱い、自分たち王族に尽くすのが当然だと思っているバセット王だけだ。いや、もちろん彼も頭ではわかっているのだろう。だが肝心なところで納得できていないため、それが態度に出てしまうのだ。

 本人に悪気がないため何度も同じことを繰り返す。今やメディニ王国の外交は王のしりぬぐい外交だの、土下座外交だの、諸外国の嘲笑の的だった。何人もの優秀な外交官が体や心を病んでやめて行ったかわからない。


「陛下は、内政にはとても優秀なんだがな」

「ハルフテル公国が絡むことだけは、どうしてあぁも……」


 年上の家臣たちから見てもバセット王はこの危機的状況にある王国のかじ取りをうまくやっている方だとわかる。天候不良は不幸なことだが、こればかりは天の采配だ。

 野盗などの物騒な話題もあるが、それだって何とか対処している。バセット王は十分優秀な王だろう。ただ一点。ハルフテル公国に関することだけは。どうにもならないのである。


「宰相殿が陛下をハルフテルとの外交から締め出されたが、遅きに失したとしか言えん」


 バセット王は、王太子であった頃から諸外国との外交を担っていた。見目も悪くなく、話術も巧みだった彼は、外交官として一定の成果を上げていた。

 王太子になって二年後には、自身の愚行により袂を分かったハルフテル元侯爵家との関係改善のためということで、ハルフテル公国との外交も行うことになったのだ。

 しかしバセットが外交官として着任するや否や、公国側の態度は硬直化した。もちろん初めはうまくいくわけもないと思っていた。初代女王はバセット王が婚約破棄したリオナ・ヴァロウ・ハルフテルの姉であり、もちろん懸念はあった。


 そもそもハルフテル公爵家が独立することになったきっかけが、その婚約破棄にあるのは明白だったからである。婚約破棄すぐではなく五年後だったのは、おそらくはその間に諸外国との間で根回し、調整を続けていたのだろう。

 独立宣言後の各国から承認がスムーズすぎるあたり、ほぼ間違いない。国王などは寝耳に水だとばかりに騒いでいたが、当時の宰相などは諦めとともにすぐに受け入れていた。

 ゆえに、バセット相手に態度が硬直化することに対しては大半が当然のことと受け止めつつも、国同士のやり取りに感情的なものを持ち込むなどと、やはりトップが女ではだめなのだと。嘲笑すら含んでいた。

 だが半年たっても成果は上がらず。それどころかそれまで継続路線であった関税の値上げ、メディニ国からの輸入品目の減少など、明らかにバセットが外交官につくよりも状況が悪化していた。

 これはおかしい。と、さすがに外務大臣がどういう事かと調査を命じると、青ざめたバセット王子以外の外交官が口を開いた。


「ですから、王太子の態度では相手が怒るのは当然です」


 外交官たちは何度も大臣に訴えたが、相手が王太子と言うことと、今までの外交でも優秀だったうえ、いろいろ因縁がある公国相手だったために対処が遅れたのだ。


「それは……今までの外交では他の外交官が揃えた資料や提携内容をもとに王太子がするのは最後の調印や会談だけでしたから」

「ハルフテル公国相手ではなぜかこちらが揃えた資料に偽りがあると言って満足に話も聞かず、我を通してばかりで」

「毎回毎回、金狼姫様がどうしているかを尋ねるだけでも相手の心証が悪くなる一方だというのに。あの方はもう他家の奥方なんですよ!」


 一般的に、地位が高い女性の名前を、下位の者が呼ぶことは失礼にあたる。これはメディニ王国だけではなく、周辺国でもだいたい共通する一般常識だ。

 リオナは公爵家令嬢で王子の婚約者であったため、王女のいないメディニ王国においては、王妃に次ぐ高い地位にあった女性だ。彼女の「金狼姫」の二つ名は、そんな直接名前が呼べない騎士の面々の中から生まれたもので、それが王宮や学園にも広がったものだった。

 今の彼女がドゥエニャスのダンジョンで名を上げる傭兵の一人であるということもあるだろうが、彼女のことを金狼姫の(あざな)で呼ぶものは今でもメディニ王国にも多い。

 それに加えて貴族では既婚者の女性の名前を赤の他人の男が軽々しく呼ぶだけでも無礼とされる。それはたとえ呼ばれた方が男爵夫人で、呼んだ側が王族の男であっても、眉を顰められるのは王族になるのだ。

 それが、長い間培われてきた秩序であり、マナーである。にもかかわらず、当時のバセット王太子は、リオナの名前を気軽に呼んでいたのだ。それだけでも顰蹙者であるというのに、王太子は一方的に婚約破棄をした相手である。

 正気を疑われても文句は言えないだろう。

 王太子の公国に対する問題行動はそれだけではない。疫病被害の救援物資に関しての対応など、まずいと言うほかないことをいろいろとしでかしていたのだ。


「そもそあの態度は我が国の貴族に対してでもありえません」


 そう言って吐き捨てたのは、侯爵家の嫡男だった。長く外交官として働いており、その経歴を見込んで難しい調整が懸念される公国の外交官を任されていた男だ。男にしてみれば、自分が苦労してきた公国との関係を台無しにされた怒りが収まり切れなかったのだろう。

 最後にそう吐き捨てると、王宮に辞表をたたきつけそのまま行方を晦ませてしまった。父である侯爵も「無責任なことをした息子は廃嫡した」というだけだ。その侯爵家は次男が後を継いだのだが、それ以降中央からは距離を置くことになる。

 またさらに、出奔したはずの男をハルフテル公国の王宮で見たという目撃情報もあるが、真相は定かではない。ただ王国が優秀な外交官を失ったことは事実であり、またそれがその男だけではないことが問題だった。


 結局、バセットが王太子時代に行ったハルフテル公国との外交はすべて失敗に終わり、父親の跡を継いで宰相に就任したジラリ・ジェラール・オークレアが、即位したことを理由に、これからは外交ではなく内政に尽力してほしいという建前から、王から外交権を取り上げたのだ。


 バセット王は優秀な男だ。見えている問題、対処するべき問題に対しては実に明確に対処法を示すことができる。

 だが見えていない問題に対してはどうだろうか。王が見えていない問題を可視化するのが家臣の役割である。ゆえにたとえ彼が今見ていなくても、家臣たちの働きがあれば問題はないかもしれない。


 では、彼が見ようともしない問題は――?

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