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第二十四話 独立

 度重なる王家の不祥事とハルフテル公爵家に対する契約破棄をはじめとする誠意のない対応に、ハルフテル公爵家がメディニ王国からの独立と、公国の建国を宣言したのは、第一王子とリオナの婚約が破棄された五年後のことだった。

 もちろんメディニ王国としてもハルフテル公爵家の独立など認められるわけがなかったが、友好国であったソリジャ国、ハルフテル公爵家と独立を宣言したドゥエニャスと取り引きの多いガステルム国、さらに南方のトルレス国、北西のイエルロ、ソリジャ国よりもさらに北部のウレタをはじめとするそのほかの周辺国もハルフテル公国を承認。

 独立が諸外国に認められたこと、しばらくの関税などは今までと同じであることを条件に、メディニ王国も公国の独立を認めた。認めるしかなかったのである。

 この独立に関係する騒動によりメディニ国王は一気に老け込み、数年後には病を得るとそのまま儚くなってしまった。そのあとに王位を継いだのは当初の予定通り、立太子していたバセットである。

 ただし、彼の傍らに立つ王妃は公爵令嬢であるミレイユではなかった。彼女は国王が病に倒れるのとほぼ同時期に、同じ病にかかりそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。そのあとに後妻として王家に入ったのは元騎士団長の末娘である女性だった。

 すでにバセットとの間には男女の子供が生まれている。ミレイユはあの卒業式の宣言もありそのままバセットと婚約したものの、リオナと違って王妃となるべき教育をうけてはおらず、急ピッチで詰め込まれた事や、あまりにも差があった自身とリオナの結婚式の様子などで心を病んでいたというが、あくまで噂でしかない。

 むしろ醜聞まみれのミレイユは、彼女が王太子妃であったという事実を抹消するかのように王族名簿から名前が削られた。彼女の遺体も歴代の王族が眠る墓地ではなく、実家である公爵家の墓地に埋葬されたという。


「公国側に配慮した。というよりも純粋に邪魔になったのでしょうね」


 ハルフテル公国初代女王であるマリアネラはそう言ってため息をついた。女性に爵位継承権がなかったメディニ王国からの独立後、大きく変わったのは女性に爵位継承権を認めることだった。

 それに加えて女性の社会進出が大きく飛躍している。これについてはハルフテル公国が先進的というよりも、メディニ王国が認めていなかっただけだ。ソリジャやガステルム、トルレスなどでは女性の貴族当主は珍しくない。

 そんなわけで公国として新たに出発したハルフテルであるが、これと言って大きく変わらない。

 一緒に独立した領は税を納める場所が王国から公国に変わったり、国から貴族たちに払われる歳費金などの出所が変わったりなどしたものの、財政難が続く王国では滞りがちだった歳費金支払いが澱みなくなったことや、納めた税の分だけ公共事業に反映されるなど王国にいた頃に比べれば格段に暮らしやすくなったと言える。

 国が小規模になったことで風通しがよくなったこともあり、新しい事業に挑戦する領も増えてきたようで、まずまずの滑り出しとみていいだろう。

 ハルフテル家にとっても完全にお荷物状態だった中央を切り捨てたおかげで一気に黒字額が増えた。あれやこれやと理由をつけては金を集っていた親戚もどきがいなくなったのだから当然と言えば当然だろう。

 

 なお、今まで貸し付けていた部分は無金利だったのだが、リオナとの婚約破棄、というよりも撤廃の理由が王子側の不貞行為であることから、ハルフテル公爵家に対して王家からの慰謝料が当然発生した。――婚約も契約であるため、契約破棄の違約金ともいえる。

 リオナが王太子妃、そして王妃になるにあたって、ハルフテル公爵家では結構な額が投資されている。それらはすべて、リオナが国母となり、ハルフテル公爵家が王家と姻戚、外戚関係になるという前提の下で成り立っていた投資である。

 その前提条件が一方的に破棄されたのだから、違約金どころかそれまでにかかった費用を返せと言われても文句は言えないだろう。とは言え、王家には逆さに振ってもその資金は出ない。そもそも何のためにリオナとの婚約を行ったのかという話だ。

 ゆえにマリアネラは半分開き直る男たちを前に、貸付金に対しての利息を設けたのだ。もちろん、今までの課していた期間もすべて計算しなおして利息を払うようにさせた手腕は見事としか言えない。いや、実際交渉したのはハルフテル公爵なのだが、確実に原案を作ったのはマリアネラだろう。


 もちろんその場に宰相がいればその真意にすぐさま気が付いただろうが、あくまでもその場は両家の婚約破棄に関する話し合いの席だったため、宰相は同席していなかった。そして国王は即座に支払わないで済むことに喜んでサインした。してしまった。

 こうした目の前の利益に深く考えずに飛びついてしまう所は、国王とバセット王子と実によく似ている。そのくせ、どうでもいいような大局に関係ないような細かいところはいつまでたってもぐちぐちと疑り深いのだから救いようがないとは誰の言葉だったか。

 それでもあの親子を知る誰もが深くうなずくのだからその評価は間違っていないのだろう。


 どれほどハルフテル公爵家からの支援を受けていたのか、そしてこの先その支援が一切あてにできないということがどういうことなのか、王家が思い知ったのはそのすぐ後だ。

 その時の王が崩御し、バセットが王位を継いだ後は彼の奮闘ぶりで何とか国としての体面を保ってはいるが、あくまでもぎりぎりでしかない。王国の民の多くが先の見えない閉塞感に、未来への不安を抱いていた。


 南のハルフテル公爵家の独立に伴い、北部の方でも独立の機運が盛り上がっているらしい。ただ、北部はルモワン公爵家が治めている土地だ。王太子妃であったミレイユは亡くなったが、その少し前に生まれている彼女の妹に、バセット王の弟が婿入りしているため、依然として両者の繋がりは太い。

 そのため、そうやすやすと独立ということにはならないだろうというのが、マリアネラたちの見立てである。それでも、メディニ王国を取り巻く環境が厳しいのは確かだ。


 だが果たしてそれを自分にとって都合のいいことしか見えることができないバセットが見ることができるのか。今となってはハルフテル公国初代女王マリアネラには、関係のない話である。


「そもそも、公国からのあたりがきついのは、自分がリオナと婚約破棄したからだと思っているあたり、無理ですわね」


 そう言ってプライベートルームにて、ため息をつくのはマリアネラだった。紅茶にイチゴのタルト、スコーンにサンドイッチ。一般的なティータイムの準備がされたテーブルを囲むのは、彼女のほか、ニア、ベニータ、カルメラ姫、それからマリアネラの一人目の娘である少女の五人である。

 マリアネラにはさらにほかに二人娘がいるのだが、現在は引退した彼女の両親が面倒を見ていた。今年十六歳になる一の姫は両親譲りの金髪に、父親譲りの赤い瞳をした美少女である。


「むしろそれ以前と言うか……国の運営にそんな私的なことを持ち出すわけないのじゃ」


 すでに父親の補佐官として国政に関わり、現在はハルフテル公国の駐在大使を務めているカルメラ姫があきれたようにため息をついた。


「あ、でも最近は結構まともな話を持ってくるようになってますよ?」


 女が爵位を継げるようになったため、伯爵位を継ぎ、現在バリバリと外交職員として王宮で働いているニアがここのところ明らかに傾向が変わったメディニ王国との取り引きや契約内容を思い出しながら呟く。

 彼女の言葉に「おや」という顔をしたそれぞれに、ニアは笑みを深めた。


「公国との外交権を宰相が取り上げた……と言うか、バセット王を絡まないようにさせたみたいなんです」

「それは、よかった。あの男は自分が公国との取り引きで矢面に立つことで誠意を見せるとか言っているが、実際はまともな策もなくたかっているだけだったからね」


 ハンッと、鼻で笑うのはガステルム国の大使であるベニータだった。

 あの男はあちらの要望が通らなければ原因はすべて「自分が現女王の妹と婚約を破棄した」ため、「まだ怒りが収まっていない」ことにあると思っているらしい。それ以前の問題だということはおそらくバセット王以外の外交官たちはすでに知っているのだろうが、バセット王だけが理解していない。

 毎回毎回、メディニ王国サイドが持ち込んでくる、外交交渉というにはあまりにもお粗末な一方的な要求に青筋を立てているこちらの外務大臣の血圧が心配なぐらいである。

 バセット王の言い分としては、自分は今まで誠意を見せているのに、それでも怒りを収めない公国が狭量だとでもいう態度なのだ。もちろん、いまさらそんな戯言を信じる外交官など、どこの国にもおらず、かの国は国際社会で恥をかき続けているのだが、そのことに国王だけが理解していない。


 北西のイエルロからの大使に、「終わったことをいつまでも交渉材料にして利益を得る女狐って聞いてたけど……変なのに目を付けられちゃって大変だね」と、心底同情したように言われた時は、「えぇそうでしょうとも!」と、イエルロ担当の外交官が全力で同意してしまったほどである。

 あとでその話を聞いたカルメラ姫はイエルロ大使の正直さが逆に心配になった。イエルロ大使はまだ若いのでうっかり言ってしまったのか、それともうっかり言ってしまうほどバセット王の態度がアレだったのか。後者だろうな。と、カルメラ姫はうんざりとした考えを紅茶で流し込んだ。

 ちなみにうっかり同意してしまった外交官は三日間の謹慎(休暇)になった。本音と建て前は必要である。


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