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第二十三話 ハルフテル公爵家の姉妹

上位貴族はほとんどが親戚です。

ただ現王家が選りすぐりのやべぇのが集まり、ハルフテル家が賢人が多かった感じ。

 さて、話は少し変わるが、メディニ王国において公爵家と言うのは広義では王族として扱われる。リオナがそうであったように、公爵家の娘が王家に嫁いだり、または王女が降嫁したり王子が婿入りしたりと、血の交流が盛んにおこなわれているというのもある。

 ゆえに先代の王弟が婿入りした現ドゥエニャス辺境伯家とハルフテル公爵家は、ものすごく遠いとはいえ、親戚関係にあるともいえる。

 つまり、何が言いたいのかと言うと、グラシアノがうっかり見てしまったマリアネラが浮かべている微笑みが、本当に、本当にガチギレした時のグラシアノの父の顔とそっくり同じだったのである。

 普段はどちらかと言えば血の気が多いのは西方の血が濃い母の方だ。それは間違いない。領民の誰に聞いたって同じ答えが返ってくるだろう。あっぴろげで感情豊かな母は、よく笑い、よく怒り、よく泣く。父はそんな母の隣で苦笑いを浮かべながらなだめていることが多い。

 この国を混乱させるだけだからと、王位継承権をさっさと放棄して王都から出て行ったことから見て争いごとが得意な性格ではないことは確かだろう。

 しかし、しかし、だ。考えても見てほしい。争いごとが苦手な人物が、ダンジョンに潜って積極的に魔物をザックザック倒していくだろうか? そんなわけがないだろう。そう、父親の方だって母に負けず劣らず好戦的なタイプだ。ただ自分より先に母がぶちぎれるから、結果的になだめる役になるだけなのである。

 一度だけ、グラシアノは己の父親が怒り狂っている場面を見たことがあった。確かあれは、ドゥエニャスの北にある同じく辺境伯だったか。その人物が母とグラシアノを侮辱したのだ。内容としては、半分はまぁ事実ではあったが、もう半分が事実無根の話であり、父にとっては許しがたい噂話だったらしい。

 本気でキレた父は噴火前のマグマのようで、母が珍しくおろおろとしてなだめようとしては失敗していた。ちなみにその辺境伯家はすでにない。ドゥエニャスに領地の三分の一を譲り渡した後に残った地を遠縁のものが治めているはずだ。

 父が何をしたかは知りたくない。ついでに中央から何も言われなかったのかと心配したが、こちらに来てから調べた限り、何も起きていないことになっていた。


「うん、あの人がガチギレすると被害が尋常じゃないから。先にアタシが切れることにしてるんだ」


 辺境伯家を一つ潰しただけでは気が収まらなかったらしい父の相手をいろんな意味で務めた母が、そう言って疲れた顔で遠い目をして言った。ちなみに父はやらかした結果、増えた領地の分仕事が増え、ダンジョンに行く時間が減ったと嘆いていたが、自業自得であると側近たちに断じられていた。

 なお母は父の剣の腕に昼も夜もぞっこんほれ込んで無理やり婿に取ったという話は、故郷では有名な話である。

 とにかく、西の戦闘部族の血を色濃く継ぐ母をして「怒らせるとやばい」と言わしめた父が怒り狂った時と同じ笑みを浮かべているマリアネラを見ながら、グラシアノは深いため息をつく。

 絶対ろくなことにならない。それだけは確信をもって思えた。


 そうこうしているうちに階下の茶番は進み、三度にわたるリオナの確認にすべて「是」と答えた王子にギャラリーからは失望の声が上がる。さらに言うならばマリアネラの微笑みは噴火前のマグマどころか青い炎だ。隣のハルフテル公爵が頭を抱えている。


「えぇ、えぇ、もちろんです!」


 リオナの歓喜に満ちた声が聞こえる。そちらに視線を向ければ、振り返ったリオナの青い瞳がひたりとグラシアノを見つめた。「逃げるなよ」と、その瞳は言っている。腹ペコの肉食獣が獲物を見つけた時のようだった。とは、隣に座っていた部下が後になってぼやいた言葉である。概ね、グラシアノもそれに同意したい。


 そう言えばあいつは、金狼姫とか言うけったいな二つ名がつけられていた。

 高位貴族の令嬢の名前を呼ぶことは平民や下位貴族には無礼になることからつけられた二つ名だったが、彼女にぴったりだな。と、グラシアノもまた、美しい走行フォームでこちらに向かって駆けてくるリオナを見下ろしながら思った。


 ベニータの手助けを得て、リオナの身体が宙に舞い上がる。くるりと美しい一回転を見せてリオナの身体はグラシアノの腕の中に落ちてきた。その瞳を見た瞬間、グラシアノしか映していない青い瞳を見た瞬間、グラシアノは彼女に捕らわれたことを理解する。

 そして逃げ出す気がない自分にも気が付いたのだ。


「もう王子の婚約者じゃないの!」

「そうだな」


 婚約破棄さればかりの令嬢だというのに、リオナの表情には憂い一つなく、喜びしかない。床に降りた彼女の身体を抱き上げ、膝の上に座らせる。貴族令嬢としては長身のリオナだが、人並み以上に体格のいいグラシアノからすれば小柄だった。


「これでもう、あなたに触れてもいいの!」

「触ってるな」


 触るどころか、身内以外の男性の腕に抱かれるなど、未婚の貴族令嬢としては完全アウトな行為である。彼女を宥めるようにうなずくグラシアノに、リオナはそれだけでは足りないとばかりに手を伸ばす。

 リオナの白いレースの手袋に包まれた手がグラシアノの頬に触れる。


「ねぇ、グラシアノ!」

「わかったから少し落ち着け」


 すがるような眼差しを向けるリオナをなだめる様にその頬を包むように手で支え、頭を撫でる。緊張のせいか、リオナの頬は冷たかった。ほっと息を吐いて瞼を伏せた彼女の身体を好奇の視線からかばうように胸に抱き寄せ、マントで隠すとグラシアノは階下を見下ろす。

 そこでは事態の収拾を図るために国王かルモワン公爵が命じたらしい騎士が王子と令嬢を無理やり連れだし、学園長が式典の終了と立食パーティの開始を宣言していた。

 ざわめきをかき消すように楽団がワルツを流し、給仕たちが食事の準備を始め、グラスを配る。ギャラリーにいた面々も騎士たちに促されるように階下に降りるために移動すれば、なんとなくの空気に流されるように、立食パーティは始まった。

 グラシアノと部下は、促しに来た騎士を視線一つで近寄るなとけん制すると、リオナを腕に抱いたまま、階下を眺める。ギャラリーにいたほとんどの招待客が下に降りたのだろう。それは有望な人材のスカウトや身内への祝辞と言うよりかは、先ほど目の前で起きたばかりの王家のスキャンダルに対する情報収集のためだ。

 リオナの友人たちらしい少女のところに招待客たちが突撃していかないのは、ひときわ体格のいい男――おそらくソリジャ国の王がいるからだろう。


「リオナ」


 そこに、穏やかな声がかかった。もぞり、と、グラシアノの腕の中でリオナが身じろぐ。恐る恐るマントの中から顔を出した彼女は「お姉さま」とか細くつぶやく。声をかけてきたのは、彼女の姉であるマリアネラだった。

 その後ろにはハルフテル公爵もいる。公爵に向かって黙礼するグラシアノに、彼は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。グラシアノを咎めるつもりはないらしい。


「リオナ、よく我慢しましたね」

「……ハイ……はい」


 うつむいたリオナはグラシアノの服を掴みながら震える声で姉の言葉にうなずいた。そんな妹に、マリアネラは微笑みながら言う。


「あとは私に任せて。大丈夫、悪いようにはしないわ」

「お姉さま」

「大丈夫」


 マリアネラはそう言うと、リオナの頭を優しくなでる。柔らかな手にリオナがほっと息を吐いた時だ。ふわりとマリアネラの身体から魔力が放たれ、リオナの身体がグラシアノの中で重みを増した。

 とっさに腹の前に手を差し込んで崩れ落ちたリオナの身体を抱き留めたグラシアノの耳に、規則正しい寝息が聞こえてくる。深く眠りについている妹を見下ろし、マリアネラは微笑みを深めた。


「普通なら、私程度の魔術はこの子に効かないんだけど、疲れていたのね」


 彼女はそう言ってリオナの目元を親指でなぞった後、かがめていた体を起こす。そうすれば、座っているグラシアノよりも、マリアネラの方がかろうじて頭の位置が上になる。


「ドゥエニャス辺境伯子息グラシアノ様におかれましては、当家次女のリオナの嫁入りを了解していただけるのでしょうね?」

「当たり前だ。せっかくあちらが手放してくれたのだ。逃がすつもりはない」


 グラシアノの言葉に、強気な光を宿していたマリアネラの瞳がわずかに安堵で緩む。が、すぐさま先ほど以上の鋭さが宿った。


「では、王家との婚約破棄がすみ次第、すぐにでも」

「あぁ、面倒だ。こいつを連れて行け。サカリアス、手続きはお前に一任する」

「かしこまりました」


 連れてきた部下の一人――南方出身の方だ――を指さすと、彼は頷いてマリアネラに向かって一礼する。


「ドゥエニャス家の補佐をしております。今回の王都滞在にあたり、大体の決裁権を委任されておりますので、グラシアノ様の婚姻に関しても問題なく手続きできます」

「わかりました。それでは彼をお借りします」


 マリアネラの言葉にうなずくと、グラシアノは再びリオナの身体を抱き上げて身の内に隠す。

 リオナがわざわざ三回も王子に確認を取ったのだ。冗談や勘違いなどという言い訳は通じない。あえて言うならば婚約破棄が口約束でしかない段階でグラシアノの元に飛び込んだことが問題視されるかもしれないが、突然の婚約破棄に心身虚弱状態であったためとでも突っぱねればいい。

 腕の中ですやすやと安らかな寝息を立てているリオナを考えれば、そう間違ってもいないだろう。マリアネラが言うように、いつもの彼女ならばあのような軽度の魔術は簡単にレジストしていたはずだ。

 彼女の胸にある魔術科の成績優秀者の印は伊達ではない。彼女が女でありながら体格差のあるグラシアノとも互角に打ち合えるのは、魔力によって身体能力を強化しているからだ。

 傭兵ともなれば誰もがやっていることで、そう難しい魔術ではないが、それだけに練度の違いが如実に出る。グラシアノから見て、リオナの魔術コントロールは一年、二年で身に着けたようなものではなかった。

 そして同時に、魔術操作が上手くなれば魔術耐性が上がるのが一般的である。

 グラシアノはもう一度リオナへと視線を落とす。三か月前、最後に手合わせをしたときよりも顔色が悪く、少しやせたように思える。


「ハルフテル公!」


 焦ったような男の声が聞こえる。

 マリアネラたちの向こうに、血相を変えた国王やルモワン公爵の姿が見えたが、あの程度の小物がマリアネラ相手に太刀打ちできるはずもない。

 グラシアノはこの国のトップとそれに近い者たちをそう断ずると、腕の中のぬくもりを堪能することに集中したのだった。



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