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第二十二話 婚約破棄

「ねぇ、私、婚約破棄されたの!」

「あぁ、そうだな。今まさに、目の前でな」


 少女の声は、歓喜に弾んでいた。ただし内容は、全く笑えない。


 グラシアノが王都を訪れ、そのまま第二騎士団の入団試験を受けて半年。学園では卒業式が行われており、グラシアノは来賓として招かれていた。

 ドゥエニャス辺境伯の息子と言うよりも、ダンジョン攻略を生業とする傭兵団の中でもそれなりに知名度を誇る「黒い風」の団長としての招待だった。そのため、グラシアノが案内されたのは会場となったホールの左側ギャラリーである。

 ダンスホールにでもなるらしい会場の二階部分に位置するギャラリーには布張りの椅子と猫足の丸いテーブルが並べられ、三階部分に位置するバルコニーにも同じようにイスとテーブルが置かれている。

 今はまだ姿を見せていないが、王族たちがそのバルコニーの席に座る予定である。先に招待客が会場に入り、続いて卒業生。伯爵、侯爵家などの高位貴族はそのあと、公爵はさらにそのあと、王族は最後に来る予定だ。これは下位の者ほど奥に席が案内され、上位は入り口近くの王族のすぐそばに配されるためだ。もちろん場合によるが、今回の席次はそういう形になっている。

 卒業式の開催時間間近になって入場してきた四つの人影になんとなしにグラシアノは視線を向けた。そこには記憶にあるよりも年を取ったハルフテル公爵と、美しく成長した公爵令嬢のマリアネラがいる。


 ――相変わらず気に食わん面をしている。


 グラシアノはワイングラスを傾けながら内心でぼやく。マリアネラとは面識がある程度で交流があるというわけではないが、なぜか初対面から気に食わない相手だった。彼女にしてもそうだったのだろう。

 こちらに一瞬だけ向けられた眼差しの険しさときたら、妹であるリオナなど子猫のじゃれあいのように感じるほどだ。

 ちなみにマリアネラもリオナもどちらも美しい金髪の美しい女性だが、リオナは母親似、マリアネラは父親似であるらしい。実際、マリアネラの瞳の色は青ではなく隣に座るハルフテル公爵と同じ緑だった。

 そして少し距離が離れて向こう側に座っているのがもう一つの公爵家だろう。こちらは夫婦で参加しているようで、ストロベリーブロンドの女性とアッシュブロンドの男が見えた。王族も公爵家も金髪が多いのは、それだけ血が近いからだろう。彼の父親もサンディブロンドだ。もっとも、グラシアノは母方の方の血が強く出ており、燃えるような赤い髪だった。

 そんな二組から視線をそらし、グラシアノは階下へと視線を向ける。探すまでもなくリオナの姿はすぐに見つけられた。皆が同じ制服を着ているのに、彼女だけは浮き上がって見えるのは贔屓が過ぎるというものか。

 とは言え、彼女の周囲にいる三人もなかなか個性的なようだ。そのうち一人は西方出身らしい。そう言えばガステルム国からの留学生が辺境伯の後見で学園に入学していることを思いだした。おそらくは彼女がそうなのだろう。

 もう一人はメディニともガステルムとも違う顔立ちなので、また別の地方の出身のようだった。


「ソリジャ国王女のカルメラ姫ですね。リオナ様の親友だとか。もう一人の緑髪の少女はリオナ様の幼馴染みの伯爵令嬢です」


 部下がそう言って小さく説明をしてくれる。今回は傭兵団としての招待なので、騎士団に共に入団した部下だけではなく、事務関係をまとめている部下も一緒だった。貴族や諸外国事情はそちらの部下が詳しいらしい。

 サカリアスと言う名前の部下は、たしかドゥエニャスよりもさらに南方出身だったはずである。結構いいところの家の出身らしいのだが、幼馴染みの女性にプロポーズしたところ、はっきりきっぱり断られ、傷心のままに故郷を出奔。ドゥエニャスに流れ着いたという。決してドゥエニャス辺境伯は出奔する貴族子息の吹き溜まりではない。

 ともかく、階下にいる西方出身の少女はベニータと言うようだ。母親の親族の一人にそんな名前がいたことを思い出しながらグラシアノは頷く。


「卒業生の胸にバラがついているのはわかるが、紫の花があるものとないものがいるのはどうしてだ?」

「あれはデンドロビウムの花ですね。貴族科以外、三つの科での成績優秀者、上位十人ほどに贈られる花だそうです」


 式典の後に行われる立食パーティではグラシアノのように各業界から招かれた者たちによるスカウトも行われるため、成績優秀者はわかりやすく示してあるらしい。

 貴族科が対象になっていないのは、基本的に貴族科に通う生徒は家を継ぐ者や嫁入り、婿入り先が決まっているものが多いためだろう。それに男女でカリキュラムが違うということも理由の一つだった。

 もっともそれはあくまでも建前でしかなく、いろいろな忖度が必要な場合があることと、成績を可視化させると、馬鹿なことを考える高位貴族が出るからである。

 そんな部下の説明を右から左に聞き流しながらグラシアノがリオナを見れば、彼女の胸には黄色いバラと、デンドロビウムの花が咲き誇っていた。

 確か貴族科のバラの色は白だったはずで、黄色のバラは魔術科のしるしだ。


「公爵令嬢なのに、貴族科ではないのか?」

「ソリジャ国のカルメラ姫が魔術科を希望したので、接待役の彼女は魔術科に編入したそうです。確かその関係でベニータ様も魔術科に。まぁ、ベニータ様は貴族科じゃなくてよかったとおっしゃっていましたので、結果オーライですね」


 グラシアノの部下はそう言ってまとめた。そうこうしているうちに王族がバルコニーに出てきて卒業式が始まる。学園長の祝辞から始まり、国王、騎士団長、王宮魔術師長とお偉方の祝辞が続く。

 卒業生たちは真面目に聞いているが、グラシアノにとっては退屈でしかない時間だった。そしてようやく卒業証書の授与に入り、在校生代表と続く。最後は卒業生代表の言葉で締めくくり、退屈な式典は終了のはずだった。

 事件が起きたのは、そのあとすぐである。第一王子が自身の婚約者であった公爵令嬢、リオナ・ヴァロウ・ハルフテルとの婚約を破棄し、新たに同じく公爵令嬢であるミレイユ・マリア・ルモワンと婚約を結ぶと宣言したのだ。


 そもそも卒業式というものは、学園の卒業生たちの門出を祝うものであり、学園にとっては教育の成果を示す場である。要するに貴族科以外の生徒にとっては大事な就職活動の場でもあるのだ。

 間違っても王子が婚約破棄を発表する場ではない。というよりも、縁起が悪すぎて絶対にやめた方がいいことの一例だろう。

 舞台の反対側、入り口付近上空から何か重いものが落ちるような音共に焦った声が聞こえる。視線を向ければ王妃を支えている国王の姿。それより少し他では倒れた奥方を騎士に任せ、自分は顔を真っ赤にさせながら走り出すルモワン公爵の姿があった。そう言えば、先ほど第一王子が新たに婚約すると言っていたのはあの公爵の娘だったはずだ。


「あの小娘に金狼姫との婚約を蹴ってまで手に入れたい魅力があるんでしょうかね」

「知らん」


 尋ねる部下はグラシアノと一緒に騎士団に入った部下だ。その彼に、グラシアノは言葉少な気に返す。女の趣味など人それぞれだ。グラシアノも一晩を楽しむならばリオナよりもあちらの令嬢の方が楽しめるだろうなと思う。


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