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第二十一話 試合・死合い・死愛

「ハッ!」


 短い声と共に剣が振り下ろされる。剣を下から跳ね上げるようにしてそれを迎え撃つ。数合の打ち合いのあとお互いが離れた。

 幅の広い分厚い大剣を使うグラシアノと対峙しているのは細身の片手剣を持つ金髪の人物だった。赤い瞳と青い瞳が一瞬だけ交差し、再び打ち合う。

 興奮のせいか、瞳孔が開いたグラシアノの口から哄笑が漏れる。王都に来てからこれほどまでの愉しめる相手はいない。下手をすれば魔物と戦うよりも愉しいと感じる相手かもしれない。

 打ち合うだけで、相手の次の手を読みあうだけで、これほどまでに愉しい相手は他にいなかった。魔物を倒すより、娼婦を抱くよりも、ずっと、ずっと、目の前の相手と剣を合わせることが楽しい。

 相手にとってもそうだろう。そんなことは剣を合わせればわかる。

 自分だけをとらえている青い瞳が、短く息を吐き出す色づいた唇が、上気した頬が、自分と剣を合わせるのが楽しいと語っていた。

 まだまだ二人の間の実力差は激しく、拮抗しているとはいいがたい。だが、それでも初めて剣を合わせてから、そして昨日よりも今日、相手はめきめきと腕を上げている。まるでその様子は水を得た魚のようだった。

 相手もまた、くすぶっていたに違いない。清らかすぎる水に魚が棲めないように、美しく整えられた世界では、真に実力を発揮できない。そんな人物だったのだろう。


「はぁぁぁ!!」


 気合いを入れるように相手が叫び、剣を握る手に力が込められたのがわかった。どれほど楽しい時間も、終わりが来る。

 相手の渾身の一撃をグラシアノは危なげなくいなすと、返す刃でその体を吹き飛ばした。


「ガッ」


 滑るように地面を転がった相手はそのまま崩れ落ちた。追撃を入れることなくその場にたたずんでいるグラシアノに「そこまで」と言う部下の声がかかり、周囲から歓声が上がった。

 ようやく、グラシアノの耳や目に、今まで剣を交えていた相手以外が認識される。相手にとってもそうだろう。自力で起き上がった相手の顔には負けた悔しさもさることながら、この時間が終わってしまったことへの名残惜しさが見て取れる。


「踏み込みがあまい。でかい一撃を狙っているのが見え見えすぎだ」

「……御指導ありがとうございます」


 言葉少なく相手がダメだったところを指摘すればむっつりとした顔ながらも礼を言う。負けず嫌いで、それでいて強くなることに素直なほどに貪欲。きっと強くなるだろう。

 それだけに、相手の立場や取り巻く環境が惜しかった。

 グラシアノが手を貸すことなくその場を立ち去る。これもいつものことだ。初めのうちはそんなグラシアノへと咎めるような視線を向けてきていたほかの騎士たちも、相手と自分の立場を知ると同時に納得したようだ。


「また強くなりましたね」

「全くだ。末恐ろしい」


 立会人を務めていた部下がそう言ってグラシアノに声をかける。彼から見ても、相手の成長速度は異常なのだろう。


「さすが英傑レオンの孫娘、ですかね」

「本人の努力もあるだろう。だからこそ……」


 惜しいな。と、言う呟きは音にしなかった。しなくても部下には伝わるだろうし、彼も同じように思っている一人だからだ。

 今までグラシアノが剣を交えていた相手。金の髪に青い瞳を持つ細身の麗人。名前をリオナ・ヴァロウ・ハルフテル。かの英傑レオンの孫娘であり、現ハルフテル公爵令嬢。そして、メディニ王国第一王子の婚約者である。


 もちろんグラシアノは彼女のことは知っていた。直接顔を見合わせるよりも前から、どこぞの貴族令嬢が騎士団の訓練に参加していることは有名な話だったからだ。

 いったいどこの箱入り娘の気まぐれかと思っていたが、あの英傑レオンの孫娘だと聞いて興味が出た。が、同時にこの国の第一王子の婚約者、未来の王妃だということも理解し、グラシアノは自身の出身が露見した後のわずらわしさを思い、関わることを避けていた。

 だが、あっという間に第二騎士団の中でその存在感を示し、剣の腕で一目置かれるようになったグラシアノを彼女の方が放って置かなかったのである。

 そしてグラシアノもまた、彼女の目を見張る剣の才能と、そして何かに飢えているかのような剣筋に目が離せなくなり、今となっては彼女が訓練場に姿を見せるときには毎回剣を合わせるようになっていた。

 学園に通う学生であり、王子の婚約者である彼女がしなければいけないことは多い。それらを彼女は超圧縮してこなしながら訓練場に通っているのである。グラシアノは噂でしかその激務を知らないが、そこまでして剣を握りたいのかと、半分呆れて思ったほどだ。

 だが彼女の姉の話、王子の本性、王家の本当にのっぴきならない財政状態などの話を部下が仕入れてくるたびに、グラシアノの眉間のしわが増えた。


「十代の小娘の肩に乗せていい話ではないだろう」

「彼女がまたそれをこなせるだけの才能とキャパシティを持っていますからねぇ。

 王家の方もハルフテル家からの人質だと思っているから、彼女自身の精神面や肉体面をあまり考慮していないようで」


 それどころか正式な結婚までの自由を認めてやっているだけでもありがたいと思え。とでも思っているのかもしれない。少なくとも、時々見る第一王子がそう言った考えなのは透けて見えた。

 彼女の実家であるハルフテル公爵家に寄生する気満々のくせに、と、グラシアノは鼻で笑う。

 それを知ってしまったからだろうか。関わるまいと思っていた彼女と剣を合わせるようになった。もちろん彼女と剣を合わせるのが楽しいということが第一だ。つまらない相手と付き合うほどグラシアノは物好きではない。

 短い間だが彼女の腕がどこまで伸びるのか、見てみたいという気持ちがあった。本当に、初めは純粋に、それだけだった。

 グラシアノは自分の手を見下ろす。先ほどまで合わせていたリオナの剣の衝撃がいまだに残っているようだ。


 最初は興味。次に、どんどん強くなる彼女の先を見てみたいと思い。純粋に、彼女との手合わせが愉しかった。それだけだったはずなのだ。しかしいつの間にか、そんな彼女との手合わせに不純な気持ちが混じるようになっていた。はた目には変わらぬ少々激しい訓練に見えているだろう。だが違う。

 リオナが自分を見る目に、そして彼女の瞳に映る自分の目に、それだけではない色が混ざるようになっていた。背後の部下も気が付いているだろう。彼女との試合の後はそっと人払いをして一人にしてくれたり、オフの日にさりげなく用意される娼婦が金髪だったり、瞳が青かったりするのだ、知られていないわけがない。

 彼女との手合わせは楽しい。二人にとっては手合わせはダンスであり、恋の駆け引きであり、さらに言うならば目合ひであったのかもしれない。

 目を閉じれば彼女の白い肢体が浮かび上がり、うるんだ青い瞳が自分を見上げ、細い腕が伸ばされる。その手を取ろうとしてグラシアノは首を振る。


「思春期のガキか、俺は」


 思わず呟いた言葉に、部下が笑う声が聞こえる。十は年の離れた小娘に、こんなにも夢中になって振り回されているなどと、両親が知ったら指をさして大笑いをするだろう。そういう愉快犯なところがある。

 まぁそのあと相手が王子の婚約者と知れば父親は悲鳴を上げて頭を抱えそうだが、知ったことではない。


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