第二十話 辺境伯子息と金狼姫
父親に命じられ、王都までやってきたグラシアノだったが、立太子の式典まではまだ半年ほど時間があった。なぜそんなに早くに来たかと言えば、グラシアノとしても知りたいことがあったからである。
それは、王都の騎士団の戦力だ。グラシアノも彼の父親同様に王国に興味はない。いや正確に言えば、この国の王位に旨味がないと言うべきか。
彼の父親であるドゥエニャス辺境伯が言うように、王国の財政はガタガタだ。あえてグラシアノが王位簒奪を狙わなくてもそう長くは持たないだろう。グラシアノにも野心はある。だがそれは、こんないまにも壊れそうな国を手に入れることではない。
もしこの国を手に入れるとするならば、ドゥエニャスの西方にある祖母の母国、ガステルム国を平定し、その武力をもって行うとすれば面白いだろう。グラシアノの母親はガステルム国の頭目――この国でいうところの国王の孫娘である。故にグラシアノは、資格だけでいうならば、この国の王も、西方の国の王にもなれるのだ。
とは言え、だ。実際にやる気はグラシアノにはない。国を乗っ取るよりもダンジョンに潜っている方が今は楽しいからだ。それでもせっかく大手を振って王都にやってきたのである。もし自分が挙兵するならば、どれだけの戦力が立ちはだかるのか。そんなことをシミュレーションするのはなかなかに心躍ることだった。
「思いのほかつまらんな」
数か月後、グラシアノはそう言って騎士団の訓練場を睥睨しながら呟いた。一緒に王都まで来たグラシアノの部下が苦笑いしている。
王都での滞在費削減と、騎士団の実力を図るためにグラシアノと部下たちが辺境からの希望兵として第二騎士団の扉をたたいてひと月余り。すでにグラシアノの実力は騎士団内で広く知れ渡っている。
同時にグラシアノから見て騎士団のレベルの低さもまたよく理解できた。
「傭兵団と一緒にしたらいけないでしょう」
傭兵団と言うのは王都や各貴族たちが抱えている騎士団や自衛団とはまた違う性質の戦闘集団だ。主にダンジョンアタックをメインとした少数団である。
大きなところになれば下部組織を含めて百人規模の団体のところもあるが、多くが四人から六人程度である。かつてダンジョンを制覇したという英傑レオンが率いていた傭兵団は彼を含めて六人で、実際に制覇した際には四人パーティだったという。
それに習っているわけではないだろうが、ダンジョンに潜る際には多くの傭兵団が四人から六人でチームを組む。それ以上の人数で挑む傭兵団がないわけではないが、人がいすぎても狭いダンジョン内ではまともに連携が取れないのだ。
グラシアノが率いている傭兵集団「黒の風」では武器のメンテナンスを担当する担当する部署、手に入れたダンジョンでの獲得品の売買を担当する部署、他の傭兵団やダンジョン統括庁との調整をする部署などの後方支援を含めて三十人ほどの規模だ。これはドゥエニャス領で登録されている傭兵団の中では多くも少なくもない。
かつてグラシアノも世話になった彼の両親が率いている傭兵団「踊る炎」は二十人程度である。これは一応団長である両親が領主でもあるためそちらの仕事をしなければいかない時があり、活動時間が短いというのも理由があった。
明らかに領主の仕事よりも傭兵団としての仕事の方が比重が高いような気がしていたが、ダンジョンにおけるスタンピードの抑制はドゥエニャス領主の立派な仕事の一つなので文句を言う者はいない。
傭兵になるものの多くが平民で、さらにそこに貴族の三男や四男といった家を継げない者たちが加わる。他にもドゥエニャス辺境伯領では女であっても剣を取るのは珍しくない。
英傑レオンがダンジョンを制覇するまで頻繁にダンジョンから魔物が溢れていたのだから、性別に関係なく剣を取らねば生き残れなかったのだろう。
さらにドゥエニャスより西方にある遊牧民国家ガステルムもまた女が剣を取ることが珍しくない戦闘民族の国である。そちらからの移民も多いドゥエニャスは、王都付近とは文化が大きく異なっていた。
傭兵団は功績を挙げればその分名が上がり、名誉が得られる。そのため平民や貴族とはいっても名ばかりの者たちには人気の職業だ。
「加えて先王のころは騎士や武器は旧時代の野蛮なものと忌避されていましたからね。
実力のある者の多くがドゥエニャスに行ってしまったとか」
部下が言う。その時残っていたのは、実力がなくドゥエニャスに行っても死ぬだけの者、実力はともかく王家に対する忠誠心があった者だけだったそうだ。現在の騎士団長は後者のようである。
ドゥエニャスの二人から見て、騎士団長の実力はそれなりにあるようだが、平和なこの国ではその腕を振るう機会がないのだろう。実戦的とはいいがたい。現在の王都の騎士団は第一、第二あわせて二百人ほどであるが、ドゥエニャスの傭兵団を二、三個ぶつければたやすく制圧できそうな程度のレベルでしかない。
「国の、というか王都の防衛の要だろうに」
「まぁ、今の国王はそのあたりをちゃんと理解しているのでしょう。
……聞いた話ですがね、先王がそこまで騎士というものを冷遇したのは英傑レオンとあなたのお父様のせいだとか」
「あ?」
何のことだ? というようにグラシアノは片眉を上げる。そんな彼に部下は肩を竦めた。
「英傑レオンが先代ハルフテル公爵になったのはご存じでしょう。あまり一般的にはイコールで結ばれていませんがね。ですが王族ならば知っていてもおかしくない。
それで当時はまだ王太子だった先王は英傑レオンに自分の直属の剣にならないかと勧誘したそうです」
「は、王族の傲慢極まりないな」
直属の剣とは専属の護衛のことだ。名誉はあるが、この平和な国では飼い殺しに等しい。英傑とまで呼ばれた、しかも公爵家当主にその申し出をするとは剛毅というよりもただの考えなしに思えた。
もちろん申し出は断られ、王であった父親にも諫められて引き下がったらしい。そもそも傭兵の戦い方は魔物を屠るためのものであり、対人である護衛には向いていないのだ。学園の騎士科卒業の新人がドゥエニャスで毎年てこずるのはこの部分である。
しかしその時に断られた恨みは彼の中でくすぶり続けたようだ。理不尽に思えるが、父の甥だという現国王の疑り深さを考えると、彼も何か、どうでもいいことを懸念していたのかもしれない。
さらに彼にとって衝撃的なことが起きる。自分が王位を継いだ後にまさかの弟が生まれたのだ。さらにその弟の剣の指南役になったのが英傑レオンである。父王にしてみれば何かと危うい立場にあり、自分たちも生い先が短いと知っていただけに、次男の後見人としてハルフテル公爵を考えていたのだろう。
英傑レオンが剣の指導役に決まった時には、すでに生まれていた現国王にはもう一つの公爵家であるルモワン公爵家が後見に決まっていたのだ。バランスを考えれば悪いことではないだろう。
だが先王はそう考えなかったらしい。弟が兄には持ち得なかった剣の才能を持っていたことも理由の一つだったのかもしれない。
結果として食への耽溺と騎士への冷遇へとつながったのだという。
「完全に逆恨みだな」
「全くで」
ハッと、鼻で笑うグラシアノに部下はおどけたように肩を竦めた。それから再び二人は訓練を続けている騎士たちへとむける。
「第一騎士団は話にならん。第二騎士団は多少ましだが……」
グラシアノは言いながら視線が吸い寄せられるように現在剣をあわせている一組へと視線をとどめた。
二人とも訓練用の皮鎧を身につけている。一人は黒髪の体格のいい男で、もう一人は金髪の細身の人物だ。体格差のある二人で、金髪の身体の厚みは、黒髪の半分以下しかない。
それでも、圧倒しているのは小柄な金髪の方だった。無駄のない剣先は迷いがない。まるで踊るように相手を翻弄し、ついには男の喉元に剣を突き立てた。
「まいった!」
黒髪がそう言って剣を下すと、金髪は短く息を吐き出して剣を引き、続いて「ありがとうございます」と言って頭を下げる。少年のように甲高い声だった。
一通りそれを見守った後、グラシアノはため息をついて視線を逸らす。
「行くぞ」
「わかりました」
歩き出すグラシアノに部下が頷く。その背中に、こちらをじっと見つめる視線があることを感じながら、グラシアノはそれを振り切るように歩く。
――面倒ごとはごめんだ。
内心でそう吐き捨て、グラシアノは彼女と関わる気は一切なかったのだ。




