第十二話 初めての反抗
ヒロインちゃん登場
バセット王子がもう一人の公爵令嬢に挨拶を受けたのは、そんな会話をした数日後のことだった。
もう一人の公爵家であるルモワン家の令嬢。母親譲りらしいストロベリー・ブロンドの長い髪を持つ、翡翠色の瞳の少女だった。顔立ちは美人というよりも可愛らしいタイプだ。
「ミレイユ・マリア・ルモワンと申します」
そう言って王子の前に現れた令嬢は、リオナとはまた違った存在だった。にこにこと笑みを浮かべ、きゃらきゃらと楽し気に鈴のような声を立てる。
いつも無表情で王子に興味を持たない瞳をしていたリオナと違い、彼女はいつだって彼の話を聞きたがり、彼の傍にいたがる。相手に求められている居心地によさに、王子が溺れるまでの時間は短く、王子の傍にはいつも彼女の姿が見えるようになるのに、そう長い時間はかからなかった。
「殿下、マリッジブルーですか?」
「まぁたしかに、リオナ嬢は細身だけどさぁ」
ジラリとサフウェンがそう言って冗談めかしてバセット王子をたしなめるが、その瞳はしっかりと王子の行いを咎めていた。
剣を持ち、鍛え上げられたリオナの肢体は引き締まっているが、女性らしさには乏しい。それに比べればミレイユ嬢の身体は小柄で女性らしい曲線に富んでいると言える。
すでに卒業と、それと同時にリオナとの正式な結婚が近づいていく中、親族でもない女性を傍に置くバセット王子をサフウェンやジラリが嗜めるのも当然だろう。
だが王子はそんな側近たちに「どうせリオナは気にしない」と言って笑うだけだ。むしろ自分に女性的魅力が乏しいのを自覚して、わきまえているのだろうとすら言い放つ。
実際、王子がミレイユと一緒に、まるで恋人同士のように体を寄せ合っている場面を目撃しても、リオナは眉一つ動かすことはない。そんな自分に全く興味がないことがよくわかるリオナの反応を見るたびに、王子はなぜ自分が彼女と結婚しなければならないのかと思うようになった。
結婚相手が高位貴族である必要があるというならば、同じ公爵家であるミレイユではいいのではないか。
生まれる前から何もかもが決められていた王子にとって、それは初めての反抗であったのかもしれない。
「お慕いしておりますわ、殿下」
ミレイユがバセット王子をうるんだ瞳で見つめる。そこには王子を求める熱があった。
色事に免疫のあるものが見れば、そこに恋情以外の欲を見て取れたかもしれない。
だが、幼いころから婚約者であるリオナを唯一とし、またほかの令嬢たちも公爵令嬢である彼女に遠慮して王子に対して一歩引いた態度をとってきたため、今までほとんど女性と親密な関係になかったバセット王子には免疫がなかった。
リオナとの間がこじれてしまった王子にとっては、ミレイユとの関係は何もかもが初めてのことだったのである。初めてであるがゆえに、夢中になった彼ばかりを責めることはできないかもしれない。
そもそも、物事の多くは初めてというものはたいてい失敗するものだ。
そして失敗から何を学び、何を次に繋げるかが、その人物が、物事が、成功するかの分岐点でもある。
――ただし、次、が、あればの話だ。