第十一話 辺境伯子息
人員管理がガバガバな騎士団はやばいと思う。
そんな王子に、サフウェンは戸惑う。だがそんな側近たちの戸惑いをよそに、王子は歩き出す。彼女がいた窓の外から離れ、自分たちに立ち止まって礼をする家臣たちの間を通り抜け、執務室へと入る。
すでにその机の上には書類が溜まっていた。椅子に座った王子に、サフウェンとジラリもそれぞれソファに座る。そんな側近たちを見ながら、そういえば。というように王子が呟いた。それなりに人の多い宮殿ではあるが、今日は特に人が多く、加えて言えば警護のものが多かった気がしたのだ。
「それにしても、随分と警備が厳重だな」
「あぁ、実は……」
サフウェンは目をしばたたかせた後、父親から聞いている話をする。
王子の立太子と公爵令嬢との結婚式が近いこともあり、ここのところ王宮には人の出入りが多い。加えて学園の卒業式に出席するために、各地の貴族たちも集まってきていた。
人が増えれば不心得者が混ざる可能性も高い。それを警戒してのこともあるだろう。しかし、王子には奇妙な違和感があった。
そこでサフウェンが聞いた話であるが、たしかに式典に向けて警備を増やしていることもあるが、それよりも看過できない存在が、すでに王宮に入り込んでいることが判明したからだった。
「騎士団の怠慢だ」
「そう言うなよジラリ。まさか親父たちだって、辺境伯の息子がわざわざ第二騎士団に入団しているとか思わないだろう?」
眉間にしわを寄せるジラリに、サフウェンはそう言って肩を落とす。判明した時の上層部の驚きと、それからの騒動はいまだに納まっていないのだ。
「辺境伯、と言うと」
王国にはいくつかの辺境伯が存在するが、王都にいる貴族たちの話題に上り、ここまで警戒される家は一つしかない。王子の問いに、サフウェンは真剣な表情で頷いた。
「ドゥエニャス辺境伯、だな」
「大叔父上、の?」
「あぁ、辺境伯のところに婿入りした先王弟殿下の息子が、今王都に来ているそうだ。表向きは、立太子と結婚式を祝うため。だが、実際に王都に来ているのは半年以上前からだそうだ」
「そんな前から……。なぜ知らされていなかったんだ」
「誰も知らなかったんだよ」
「は?」
そんなわけあるか。という表情を浮かべる王子に、サフウェンも苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、否定の言葉は出なかった。
「辺境からの希望兵として第二騎士団に入団して、半年の間にめきめきと頭角を現して、部隊長に昇格しちまったそうだ」
「は?」
今度の王子の声は信じられない。という気持ちが表れていた。そして第二騎士団の部隊長に昇進する際に、念のために出身地を確認したところ、本人も隠すことなく出生を伝えたという。
さらに言うならば、それを受理した第二騎士団長は宮廷政治に疎い人物だったらしく、ドゥエニャス辺境伯家の人間がどういう意味を持つかを理解しないままに人事を騎士団本体に提出。
受けた担当者がひっくり返って慌てて騎士団長のもとに駆け込んだというわけだ。
「杜撰すぎる」
「第二騎士団は平民や傭兵、冒険者崩れもいるから、そのあたりは緩いんだよなぁ」
眉を顰めるジラリにサフウェンも苦笑いを浮かべるしかない。
その話を聞いたサフウェンは騎士の政治力の必要性を実感して真顔になったのだが、それをおくびにも出さなかった。ジラリが意味ありげな視線を向けてきたのが気になるところだが、サフウェンとて自身の不足を知った以上はそれを補う努力を惜しむ性質ではない。
だいぶ遅きに失した感があるが、それでもやらないよりはやった方がいい。せめて、リオナに対して胸を張って「オレが殿下を守ります」と言い切れる男になりたかった。
「それで、えぇと、先代の弟殿下の息子ってことは、殿下からすると……」
「私の……祖父の兄弟の息子……従伯父ということになる、かな」
「ややこしいなぁ」
「大叔父がもともと父上と年周りが同じぐらいに先代と年が離れていたからね」
現国王に兄弟はいないため、現在いる王族はバセット王子とその弟、それから件の辺境伯だけである。
公爵家の人々も王家の血を引いているため、広義の意味では王族に入るのだが、それにしても二十人はいない。血族の少なさも、王国の懸念材料の一つだった。
跡継ぎになる男子もそうだが、他国との同盟を強めるための嫁ぐ女子もいないのだ。ハルフテル公爵が王家に嫁ぐ娘につかの間の自由を与えてやりたかったのは、下世話な話、嫁いだその日から彼女にはひたすら励んでもらう必要があるからだ。
「先代王は、浪費家だったが、女遊びだけはしなかったからなぁ」
「サフウェン」
やれやれ。と、ため息をついたサフウェンを咎めるようにジラリが目を細める。もし先王に隠し子がいたとすれば、本当に王位継承争いが勃発していただろう。
ジラリの冷たい視線に顔をひきつらせたサフウェンは話題を変えるように別の話を口にした。
「そうそう、それからルモワン公爵のところの令嬢が戻ってきているらしい」
「ミレイユ嬢、でしたか。たしか王国の学園に入らず、隣国に留学しているお嬢さんでしたね」
ジラリの頭には同世代の貴族令嬢、子息の情報がすべてインプットされているらしい。よどみない説明に、サフウェンは頷いた。
「あぁ。リオナ嬢とはまた違ったタイプの闊達なお嬢さんらしいな」
そんな側近たちの会話を聞きながら、王子は書類に手を伸ばした。どうせどこの貴族令嬢も大した違いなどあるはずもない。
あのリオナでさえも、他の令嬢たちと同じようなつまらない存在になってしまったのだ。王子は内心でそうあざ笑うと、意識を書類へと集中させたのだった。