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第一話 バセット王子

新連載。

 メディニ王国第一王子バセット。それが彼の名前であり、立場であった。国土はそれなりに広く、豊かであった。

 周辺諸国とも友好関係を続けており、それぞれの王族の子弟がこの国へと遊学に来ることもしばしばだ。現在は国の東にある豊かな水源をもつ国、ソリジャの姫君がこの国の学園の魔術科に留学している。

 唯一の懸念と言えば、西南に位置する辺境の地には魔物が発生すると言われるダンジョンがあり、数十年に一度スタンピードが起きるということだろうか。

 もちろん、王国としてはそれに備えて、かの地には武勇で知られた一族に統治を任せ、また、騎士団を定期的に訓練として派遣するなどして魔物との戦いに慣れさせるなどして対策をしている。


 そんな、どこにでもありそうな平和なメディニ王国。その第一王子がバセットだった。フルネームを、バセット・エディ・メディニ。セカンドネームのエディは初代国王のあだ名で、家族や親しいものはそちらの名前で呼ぶ。


 バセット王子はダークブロンドの髪と翡翠色の瞳をした端正な顔立ちの青年だ。年は今年で十六歳。王国にある学園の貴族科に通う学生でもある。

 学園とは、この国の貴族の子息女が最低一年以上通う必要がある学び舎だ。騎士科、魔術科、歴史科、そして貴族科の四つがあり、前三つが平民でも能力があれば――相当狭き門ではあるが――受け入れていることに対して、貴族科は貴族でなければ通うことはできない。

 正確に言えば、相応の寄付金を弾まねば入学できない。と言った方がいいだろう。そのため、金のない地方貴族をはじめ、男爵家や、金があったとしても次男、三男などは貴族科ではなく別の科に通うことも多々あった。

 逆に言えば、金のある商人などが貴族科に入学することも可能だ。貴族科はいってみれば若い貴族たちの社交場であり、実践訓練の場である、そこである程度のツテや縁を得ることも商人にとっては重要だろう。毎年、数人といったレベルではあるが、貴族以外の身分の者も入学している。


 そんな貴族科の校舎の一角、その中でもまたさらに上位貴族たちだけが立ち入ることを許されている――正確に言えば、下位貴族がおいそれと立ち入ることを避けている――サロンで、バセット王子はため息をついた。

 秀麗な顔立ちのバセット王子がため息をつくだけで、周囲には憂鬱の青紫の花が咲き誇る。そんな幻視すらしてしまいそうなほど、彼の憂い顔は様になっていた。

 少し離れた場所でばっちり目撃してしまった令嬢が挙動不審な様子でカップを上げたり下げたりしている。同席している令嬢が一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに彼女の視線の先へと自身も視線を向け、さもあらん、という様に苦笑いを浮かべると、そっと友人の手首に手を添え、無意味な行動を抑えた。


 そんな、やり取りなど一切視界に入った様子もなく、バセット王子は優雅な仕草でカップを持ち上げた。王族である彼のために提供された茶葉はもちろん最高級のもので、フルーツにも似たさわやかな香りが鼻孔をくすぐる。


「我らが主は憂い顔も麗しいが、さて、悩み事は何だろうか?」

「そうだね、サフウェン。私も気になるところだよ」


 バセット王子の席に同席しているのは、二人の青年だ。年はバセットと同じぐらいだろう。一人は短く刈り込んだ赤毛に琥珀色の瞳の青年で、がっちりとした体格をしている。もう一人は黒髪に青い瞳の眼鏡をかけた青年で、肩の下あたりまで伸びる髪を首のあたりで一本に結んでいる。

 赤毛の青年がサフウェン・ルシアン・フォッソ。黒髪の青年がジラリ・ジェラール・オークレア。どちらもバセット王子の側近候補で、赤毛のサフウェンは現第一騎士団長の息子、黒髪のジラリは宰相の息子だった。


 現国王であるバセット王子の父と、彼らの父親である第一騎士団長、宰相も学園の同期であり、友人であるというので、彼らも同じことを期待されているのだろう。

 別段、彼らもそのことに不満はなかった。こうして同じ貴族科で机を並べ、競い合いあう仲というのはなかなか他では得られないものだ。

 だが二人は、ここのところ憂鬱さを増しているバセット王子にいったい何があったのかと心配を募らせていた。


「いや、今年、私は卒業だろう」

「えぇ、そうですね」

「結局、三年か」

「まぁな」


 赤毛のサフウェンにバセット王子が苦笑いを浮かべた。学園には最低一年以上通うことが義務付けられている。それゆえ、貴族令嬢などはその一年だけ通うと卒業し、どこかへと嫁いでしまうのが一般的だった。

 逆に最長期間は定められていないため、家を継ぐ予定のない次男や、嫁入り先が決まっていない令嬢などがそのまま通い続けていることもある。

 過去の最長記録は七年。もっとも当時はスタンピードの時期であり、居残っていた令嬢は、かの地に遠征に出た婚約者の帰りを待ち続けていたという。

 そんな特殊な例を除けば、貴族令息は慣例として三年で卒業するのが一般的だ。これより長くても、短くても話題になる。


「私に期待されているのは父の治世を無難に引き継ぎ、次代に繋ぐことだ。目立つようなことはしたくない」


 バセット王子は自嘲にも似た表情でそう言う。メディニ王国は平和だ。だがそれでも波乱はあった。特に父王の代は、父と先王の弟との間で継承権争いというべきものが勃発し、国内は荒れた。

 結果としてバセット王子の父親が王位を継ぎ、破れた王弟は西南の辺境の地へと婿に出たのだ。

 その時の教訓があるためか、バセットには弟がいるが、幼いころから両親や周囲にはバセットが次の王であること、そして弟はその兄を支えることを特に言い聞かされて育てられている。

 とにかく、バセット王子が期待されているのは、ようやく落ち着いた国内情勢をこれ以上荒立てることなく、次代に繋ぐことだけだった。

 新しいことは何も期待されていないことにはバセット王子とて思うところはある。男として、そして権力者の家に生まれたからには、やり遂げて見せたい野望の一つや二つ、あってしかるべきだからだ。

 だが、王族としての立場で考えればようやく落ち着いた国内に、新しいことに挑戦できる体力はまだ戻っていなかった。

 だからバセット王子は自身の役割に不満はない。あるとすれば――。


「父から、学園卒業後、すぐにでも私を立太子させるという。同時に、婚約者とも正式に結婚を、と」

「立太子の式典と、王太子の結婚式を同時にですか」

「あぁ」


 二回も大規模な式典をしている余裕が国庫にはまだないのだ。それは継承争いばかりが原因ではないのだが、ここでの詳しい説明は省こう。ともかく、メディニ王国は平和ではあるが、国庫に余裕がない状態がここ十数年の間続いている。

 それこそ、立太子の儀すら危うい。だが、結婚式ともなれば、婚約者である公爵令嬢の実家から金が出る。そのため、王家としては何が何でも一緒に行いたいというところなのだ。


「情けない」

「まぁ、仕方ありませんよ」


 ため息をつくバセット王子に二人が苦笑いを浮かべる。


「しかしついに、か。婚約者殿との仲はどうなんだ?」


 赤毛のサフウェンのからかうような言葉に、バセット王子はため息をつく。

 王子の乳兄弟である彼は、非公式な場では気安い口調で話す。はじめはジラリが咎めていたが、サフウェンが公私の切り替えはできている事と、何より王子本人が許していることから、今では何も言わない。

 そんな乳兄弟に王子は意味ありげな視線をサフウェンへとむける。


「それは、私よりもサフウェンの方が詳しいんじゃないか?」

「あー」


 バセット王子の言葉にサフウェンは何とも言えない顔で天井へと視線を飛ばした。丈夫で高級なはずの布張りの椅子が彼の身上を代弁するかのようにギッと鈍い音を立てる。

 それを見て、黒髪のジラリもふぅと、細く息を吐いた。


「金狼姫は相変わらずか」

「まったくだよ」


 バセット王子はそう言って憂鬱に表情をひそめた。

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