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歪んだ想い


 二人はダンスホールへ進むと、音楽に合わせて踊り出す。


「それで? どういうことか説明してもらえるかしら、オーガスト(・・・・・)?」


 逃げることは許さないと、きつく睨む。


「ああ怖い。二人になった途端これですか」

「あなたが悪いのよ? お父様とお兄様からも散々言われたはずでしょ? なのに態度は改めない。その上ハンナにまで手を出そうとするなんて」

「ハンナ嬢は別ですよ。あなたも知っているでしょう? 彼女は復讐の良い材料なんです。言うなれば、前菜ってところでしょうか」


 反省の色もなく、オーガストがしれっと答える。

 アイリーンはわざと足を踏んだ。


「いっ!? ちょ、今のはわざとで?」

「当然よ」

「まったく、あなたは相変わらず〝エリク〟が好きですねぇ――って痛い!」


 もう一回踏んでやったら、オーガストが恨めしそうな目つきになった。

 実は、このオーガスト・スペンサーという男も、前世の記憶を持っている。そして彼の前世は、アイリーンの同僚だった。

 つまり、同じ主人に仕える騎士だったのだ。

 アイリーンがそれを知ったのは、たび重なる火遊びで国王に呼ばれたオーガストに、偶然鉢合わせしてしまったときである。


『リジー……あなたまさか、氷の魔女のリジーですか?』

『誰が氷の魔女よ!』


 このとき、思わず言い返してしまったのがよくなかった。

 おかげで彼の言葉を肯定したも同然だったし、厄介なことに巻き込まれる予感がひしひしとした。


 案の定、彼は問題児だった。


 領主の娘に恋をしていた前世の彼は、いち早く見つけたアルバートに、復讐する機会を狙っていたのだ。

 逆恨みもいいところである。

 幸いなのは、ユーインがエミリーの生まれ変わりだと、オーガストがまだ気づいていないことだろう。


 これはアルバートにも言えるが、エミリーが女に転生していると信じて疑っていない彼は、数多の女性を求めてはエミリーを捜しているようだ。

 彼にだけはユーインを隠さなければと、一人決意したアイリーンである。


「そんなこと、あなたに言われたくないわ。相変わらずエミリー様に固執している、あなたにはね」

「一途と言ってほしいですね。涙ぐましい男でしょう?」

「どこが。あなたのそれはかなり歪んでるわ。当時からエミリー様を閉じ込めたいとか、エミリー様の目に映った男は殺したいとか、完全にんでるじゃないの。だいたいね、本当に一途ならエミリー様にみさおを立てたらどうなのよ?」

「あなたのアルバートみたいに?」

「……そうね。私の(・・)アルバートみたいに」


 同じ前世の記憶を持つ間柄とはいえ、どうにもこの男を好きになれそうにないアイリーンだ。彼女の傷口を平気で抉ってくるあたり、なかなか良い性格をしている。


 そのときふと、オーガストが視線を横に外した。貼りつけた笑みは鳴りを潜め、鋭く目を細めている。

 その先には、心配そうにこちらを見守る、アルバートの姿が。


「憎たらしいですねぇ。こちらはこんなに必死なのに、彼はまだ僕に気づかない」


 オーガストがぽつりと零す。

 そう、アルバートは、オーガストの正体を知らない。


「あなたも、教えないんですね?」


 からかうように訊ねられる。アイリーンが教えない理由をわかっているくせに、わざとそう言ってくるところが嫌いだ。


「彼も過保護だとは思っていましたが、あなたも存外、過保護だ」

「そんなことないわ」

「でも、彼から僕を遠ざけようと必死じゃないですか。僕がハンナ嬢を狙っていると聞いて、普段は僕から距離を置いているはずのあなたが、構わず接触してくるくらいには、ね」


 ふ、と鼻で笑われる。

 ムッとするけれど、何も言い返せなかった。図星だったからだ。


 だって、今はオーガストの正体に気づかないアルバートも、どんな些細なきっかけで思い出すとも限らない。

 おそらくアルバートがオーガストを思い出せないのは、前世でオーガストとほとんど交流がなかったせいだろう。

 エミリーの専属騎士をしていたアルバートと違い、アイリーンとオーガストは領主――つまり専属を持たない屋敷の騎士だったから。

 でも彼らは、話したことが一度もないわけじゃなかった。


「安心してください。エミリー様を見つけるまでは、手出しはしません。エミリー様を彼より先に見つけて、彼の前で犯すことが目的ですからね。どうです、楽しそうでしょう? 想像するだけで興奮しますよね」

「そうね、清々しいくらい最低で安心したわ」


 呆れたように息を吐く。

 ここまで潔い最低男だと、安心して嫌いになれるというものだ。その点では、オーガストに感謝していると言っても過言ではない。

 中途半端に良い奴だと、ユーインを隠している罪悪感がわくかとも思ったが、これならそんな心配もいらないだろう。


「ですが、エミリー様が見つかるまで何もしないのもつまらなくなってきて……。暇つぶしにハンナ嬢でも、と思ったんですけれど、思いのほか周りのガードが固くて驚きました。侯爵の溺愛ぶりが恐ろしいですよ」

「でしょうね。あそこは父も兄もハンナを溺愛しているもの。というか、手出しはしないって決めてるなら、そこは守ってちょうだい」

「彼自身には、ですよ。僕の経験則からいくと、彼のような人間は自分よりも大切な人間を傷つけられたほうがイイ顔をしてくれますからねぇ、ふふ」

「あなた、本当に最低ね」


 嫌悪も露わに吐き捨てると、オーガストがにっこりと口角を上げた。まるで褒められたとでも思っているように。


「まあとにかく、それで妹にちょっかいをかけてみようと思ったんですが、ちょっと無理そうですね。彼女の貞操を守らんと、侍女と護衛が常にそばにいて二人きりになれないんですよ。もしかすると、あなたよりも強固に守られているんじゃないでしょうか」

「自業自得ね」

「なので、相手を変えようかと思うのですが、どう思います?」

「その前に復讐をやめなさい」

「それは無理です。あなたも言っていたでしょう? 僕は病んでるんですよ」


 だからといって、納得できるものでもないけれど。

 わざと大きなため息をついた。


「だったら、相手を言いなさい。今度は誰を狙うつもり? 邪魔してあげるから」

「そうですか。あなたです」

「…………は?」

「だから、あなたをね、狙ってみようかと」

「はあああ?」


 王女らしからぬ声が出た。

 しまった、と思う余裕すらなく。


「何を馬鹿なことを。私なんかに手を出したところで、アルバートに復讐なんてできないわよ? それともなに、復讐相手を私に変えるつもりかしら?」


 それなら大歓迎だ。逆に王族暗殺未遂とか、そんな罪状で捕まえてやればいい。

 しかしオーガストは首を横に振った。


「僕が憎いのはエリクです。最愛のエミリー様を奪った、あの男だけだ。まあ、ある意味では、そのエミリー様も憎いですが。でもあなたには、特に何も感じていません」

「そう……。残念だわ。本当に」


 本音が漏れる。残念だ。心からそう思う。せっかくオーガストを大義名分を使って拘束できると思ったのに。

 その思惑が伝わったのだろう。オーガストが吐息のような微笑をこぼした。


「僕からすれば、あなたもなかなか病んでいると思いますけどね。自分よりも彼ですか」

「一緒にしないでくれる? 幼馴染として心配しているのよ。私がいなくなった後、あなたに好き勝手やられたらたまったものじゃないもの」

「いなくなった後? そんな予定が?」

「仮定の話よ」


 そう、仮定の話だ。自分の今の身分を考えれば、他国に嫁がされることだってあり得るのだから。


「へぇ。じゃあ、急がないといけませんね」






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