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本音


 ひゅっ、と息を呑んだ。その問いかけに。

 だって、なぜ。

 なぜ彼は、そんなすでに知っているはずの事実を、もう一度訊ねてくるのか。

 その意図するところに、嫌な予感がした。


「そう、よ。そうだけど、この婚約にアルバートは関係ないわ」

「ある。まさか、俺が気づいていないとでも?」


 動揺を悟られないよう、奥歯を噛みしめる。間違っても表情に出さないように。

 けれど、それを哀れむように、アズラクは優しい声音で言った。


「おまえは、今でもエリクが好きなんだろ?」

「!」


 頭を殴られたかと思った。それくらいの衝撃だった。

 いや、実際に頭を叩かれて、そのまま気絶できたらよかったのに。


「嫌だわ、アズラク。何を言い出すの? ふふ、面白い冗談ね」


 努めて微笑みを浮かべる。

 手にかいた汗は、ドレスを握りしめてやり過ごした。


「とぼけなくていい。隠さなくてもいい。とっくに気づいていた」

「……」

「おまえは最初から最後まで、ずっとエリクだけを想っていた」


 違うか? と真っ直ぐな瞳に絡めとられる。まるで逃げ場を塞がれている気分だ。

 でも、アズラクの言うとおりだった。


 ずっと、彼だけが好きだった。

 いつも彼のことを考えて、彼が幸せになることを願っていた。

 彼が幸せになるためなら、自分の心も犠牲にした。


 けれど、そんな素振り、表には出していなかったはずだ。

 誰もこの想いになんて、気づいていないと思っていた。

 いや、一人だけ気づいていたヤンデレ(オーガスト)がいたが、あれは異常だから気にもとめていない。


 それが、まさか友人に。リジーとエリクに近しい人間にバレていたなんて、夢にも思っていなかったのだ。

 アズラクは、困ったように眉根を寄せている。


「そんな怯えたような顔をするな。もちろん誰にも言わない。エリクにも言わない。ただ俺は、おまえの本音を知りたいだけだ」

「私の、本音……?」

「ああ。でないと、俺もどうおまえと接していいのか悩む。すでに国内ではラドニアの第一王女は俺にぞっこんだという噂が広まっている。その噂につけ込むようにでていいのか、それとも、友人としての距離を保ったほうがいいのか。知りたい」

「めっ、愛でる!?」


 到底ルークから出るはずのない言葉に、アイリーンはぎょっとした。

 友人兼同僚のルークという男は、口数が少なく感情に乏しく、そういった睦言を言わない男だと思っていたから。


「なんだ、意外そうな顔をして」

「それはそうでしょ? だってルークよ? あの愛想のなさがデフォルトのルークがよ? め、愛でるだなんて……」

「それのどこが意外だ?」

「あなたの女性関係はもっと淡白なものだと思ってたの!」


 失礼にもほどがある。仮にも王子に面と向かって言っていいことではない。


「あー、まあ、リジーからすれば、そうかもな」

「?」


 しかしアズラクは、アイリーンに怒るでもなく、当然と頷いた。

 どういうことかと、アイリーンは前世(かこ)の記憶を掘り起こす。


 無口で無表情。愛想のかけらもないというのは、何度思い出しても同じである。

 女性関係が派手な印象もない。

 むしろ女性に興味がある素振りすら、リジーの記憶の中にはなかった。


『ねぇルーク、あなたは結婚とかそういうの、考えてないの?』


 エリクとエミリーが庭で微笑み合っている。その様子を、リジーは鈍く痛む心とともに、遠くから見守っていた。

 見たくないなら見なければいいのに、でも視界にエリクがいないほうが耐えられなくて。

 結局、遠目から見守るスタイルがデフォルトと化していた。

 そしてそんなリジーの隣に、ルークはいつも一緒にいてくれて。

 会話なんてほとんどない。けれど不思議と、その空気がリジーは嫌いではなかった。


『ほら、だって私たちも、いつかは誰かと結婚しなきゃでしょ? ルークはそういう相手、いる?』

『……』


 特に深い意味はなかった。

 世間話程度だった。

 でもルークは、やっぱり口を閉ざして答えてくれない。代わりに、じっと顔を見つめられる。


『な、なに……?』

『…………いや』


 結局、このときの彼が発した言葉は、そのたった二文字だけだった――。

 


「ルークは一生独身貫く雰囲気だったじゃない」

「そんなことはない。あの頃だって色々考えてたさ。俺も男だからな。ただエリクにきつく言われてたから、おまえにはそういうところを見せてなかったってだけで」

「そうなの?」

「ああ。あいつの過保護具合には辟易してたよ。エミリー様ならわかるけど、なんでリジーにまで気を遣わなきゃいけないのか。娼館に通ってることも隠せってくどかったな」

「ちょっと!? それはそのまま隠してくれててよかったわよ!?」

「ちなみに安心しろ。エリクは誘っても来なかった」

「訊いてないわよそんなこと!」

「ははっ。やっぱり面白いな、おまえの反応は。それで? 本音はどうなんだ。今でもエリクが好きか? それとも、もう全然気持ちはない?」


 打って変わって真面目な顔をするアズラクに、アイリーンの表情も固くなる。

 前世と変わらない、静かな瞳だと思った。


 それは、何にも動じない岩のようであり、相手の真実を見透かそうとする鏡のようでもある。

 静かで、重くて、目を逸らすなと、逃げるなと訴えてくる、友の瞳。


 リジーは、この瞳に見つめられることが、実はほんの少しだけ苦手だった。


「……ごめんなさい、アズラク。私は、それでも、ここに来たの」


 明確な答えは言えない。

 いや、言葉にしたくなかった。


 だから遠回しな言い方をしたけれど、賢いアズラクにはそれで十分なはずだ。

 読みどおり、彼はその言葉だけで全てを悟ったように、がしがしと頭を掻いた。


「わかった。もういい。本当におまえは……いや、おまえたちは(・・・・・・)、自分の心をなんだと思ってるんだか。片や自分の本心に気づかない馬鹿と、片や自分の本心を偽る馬鹿だ。ある意味お似合いだな、まったく」


 言われている意味がわからなくて、アイリーンは戸惑いがちに瞳を揺らす。

 もしかして婚約を受け入れてもらえないのかと不安になったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。


「いいだろう、アイリーン・ミラー王女。あなたとの婚約を受け入れよう。そして受け入れるからには、俺はおまえを大切にする。本心に気づかない馬鹿が後から横槍を入れてきても、俺はおまえを手放さない。それでもいいな?」

「!」


 アズラクがアイリーンの手を取った。

 そこに恭しく口付けると、彼は上目遣いでそんなことを言う。

 初めて見る友の熱い眼差しに、アイリーンの胸が不覚にも高鳴った。


「言っておくが、俺はエリクのように優しくはない。奪うと決めたら、おまえの心ごと奪うぞ」





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