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シスコン


 クッキーを作り終えた後は、侯爵家自慢の庭園でお茶会をした。

 全体的には縦長の形をしている庭に、小さな噴水が中心となり、四つのゾーンをつくっている。

 右奥の角には紫色のデルフィニウム、その対角線の左手前には同じく紫色のクレマチスが咲いている。

 残りの左奥と右手前には、立派な白薔薇が咲いていた。


 二色で統一された庭は、自然では見られない美しさがある。

 色とりどりの庭園も見応えはあるが、こういう一風変わった庭園も目を楽しませてくれる。違和感なく受け入れられるのは、おそらく庭師の腕がいいからだろう。


 パラソルのついた白い丸テーブルを、オルドリッジ侯爵夫人、ハンナ、アルバート、そしてアイリーンが囲った。

 アイリーンの後ろにはユーインが控え、少し離れた場所に侍女たちが控えている。


 ユーインをそばに呼んだのは、ひとえにアイリーンの采配だ。

 少しでもアルバートの望みを叶えてあげたくて、そんなお節介を焼くことはいつものことだった。


 柔らかい風が髪を撫でる。

 紅茶を飲んでひと息入れたとき、ハンナが「そういえば」と口を開いた。


「もうすぐアンセルムお兄様の生誕パーティーがあるでしょ? アイリーン様は、もうプレゼントは決めた?」


 アンセルムというのは、このラドニア王国の王太子の名前だ。

 つまりアイリーンの実兄であり、アルバートの友人でもある。二人は年が近い。そしてハンナにとっては、血の繋がりはないものの、もう一人の兄のような存在なのだ。


 その王太子の誕生日を祝うパーティーが、二週間後に迫っていた。

 おかげで城は奇襲に遭ったようにばたついている。


「ええ。私は毎年刺繍入りのハンカチとか、タイとか、手作りのものを渡しているから、今年も似たようなものよ。お兄様も、既製品は他の方々から嫌というほどもらうから、妹からは手作りのものがいいんですって。でもそんなことを訊くなんて、もしかしてハンナはまだ悩んでるのかしら?」

「実はそうなの。あーもうどうしようっ。あと二週間しかないのに……」

「大丈夫だよハンナ。アンセルムのことだ、ハンナからの贈り物なら何でも喜んでくれるよ」


 アルバートが当然といった風にフォローする。

 確かにあの兄ならそうだろうと、アイリーンも頷いた。


 アルバートとアンセルムが友人なのは、決して年齢や身分が近しいという理由だけではない。

 彼らは二人とも、妹馬鹿(シスコン)だった。そこで意気投合し、友人という関係に収まったらしい。ちなみに、アンセルムにいたっては弟もいるので、弟馬鹿(ブラコン)でもあるのだが。


「でもちっとも笑ってくれないじゃない。昨年も一昨年もその前の年も! 喜んでくれてるのはなんとなくわかるんだけど、表情がちっとも変わらないからつまらないわ」

「まあ、お兄様の無表情は、今に始まったことじゃないし……」


 思わず苦笑する。

 この国の王太子の仏頂面は、国民も知るところである。ほとんど表情が変わらないため、周囲からはかなり恐れられているのだとか。


 が、アイリーンたち身内や友人からすれば、噂ほど怖い人ではないと断言できる。だって弟妹たちと喧嘩をすれば、先に白旗をあげるのはいつもアンセルムだからだ。


「そういうわけで私、今年は逆に、アンセルムお兄様の嫌がるものをプレゼントしてみようと思うの。笑わせられないなら、せめてあの無表情を歪めさせてみたいわ」

「それはまた……」


 なんと突飛な発想だろう。いや、捻くれた発想とも言うべきか。

 侯爵夫人はもともと知っていたのか、呆れた表情で額を押さえていた。きっと何度か注意したのに、ハンナが聞く耳を持たなかったに違いない。

 これにはさすがのアルバートも、困ったように眉尻を下げていた。


「ハンナ、さすがにそれはやめておいたほうがいいと思うよ?」

「お兄様は黙ってて。何を渡しても仏頂面なんて、渡す側としてはやっぱり傷つくのよ? たとえ喜んでもらえてるとわかっててもね」

「だったらせめて、いつも以上に喜びそうなものにするのは? 嫌がるものを渡すのは、さすがの俺も賛成できないかな。アンセルムがかわいそうだ」

「そうですよハンナ。恐れ多くも、あなたは王太子殿下に気安い態度を許されているわ。でもね、だからといってやっていいことと悪いことがあるの。そもそもそんな悪趣味なこと、侯爵令嬢としてふさわしくありません。もっと自覚をお持ちなさい」


 アルバートに加勢するように、夫人が厳しく釘をさす。

 ただ、アイリーンは思った。

 ハンナという少女に、その言い方は逆効果だと。

 思ったとおり。


「お母様もお兄様もつまらないのね。だからモテないのよ」

「「なっ」」


 娘または妹の聞き捨てならない言葉に、母と兄が揃って絶句する。アイリーンは優雅に扇を広げた。

 誰からも溺愛されて育った少女は、よく〝自分がつまらないかそうでないか〟で物事を判断する癖がある。


「だってそうでしょ? 特にお兄様なんて、次期侯爵で頭も良くて、王太子殿下の覚えもめでたい有望株。お顔だって整っているし、事実、私のお友達はみんなお兄様をかっこいいって言うわ」


 確かにハンナの言うとおり、アルバートは地位も財産もあって顔も良い。性格だって悪くない。どころか、優しいし、一途だし、人望も厚い。


 けれど、これまたハンナの言うとおり、彼はモテないのだ。

 いや、モテてはいるのだが、縁談が舞い込んでこないのである。


 理由はただ一つ。


 オルドリッジ侯爵子息(アルバート)は、王女付きの騎士(ユーイン)に夢中だともっぱらの噂だからだ。


「そんな将来有望株のくせに縁談が来ないのは、かなり問題だと思うのよ。あんな噂があるにしても、それでも一件も来ないなんておかしいじゃない。本当に素敵な男性なら『それでもいいの!』とか言ってくれる女性の一人や二人はいるはずよ! それもないってことは、つまりお兄様にそこまでの魅力がないってこと!」

「ぐっ」

「それに優柔不断! あの噂のとおりなら、逆にその愛を貫けばいいのよ。なのに、そんな素振りもない」

「うぐっ」

「だからお兄様はモテないのよ!」


 ハンナが決めゼリフのように言い切った。その顔はなぜか満足げだ。

 もちろん、愛する妹からそんなことを言われたアルバートは、すでに屍と化しているけれど。


 アイリーンは口元に広げていた扇を、自分の目線の高さにまで持っていった。

 その手がかすかに震えていることに気づいたユーインは、しかし顔色一つ変えず直立している。


「やっぱり今の時代、男性は優しいだけじゃだめよね。多少強引でも男らしくて、一緒にいて楽しい人のほうがモテる時代よ。その点、リード子爵は素敵な人よ。優しいだけじゃなくて、お話はユーモアに溢れていて、いつも私を楽しませてくれるの。ああ、次会える日が待ち遠しいわ……」


 うっとりと乙女の顔になったハンナに、けれどアルバートは気づかない。そんな気力がないからだ。

 愛する妹から食らった精神攻撃はかなり痛い。

 笑顔を貼りつけてはいるものの、口端から血を流しているように見えるのはアイリーンだけだろうか。

 夫人の息子を見る目も、心なしか同情に満ちているように思う。

 さすがに彼がかわいそうになってきたアイリーンは、ここでようやく助け舟を出すことにした。


「でもハンナ、アルバートだってモテないわけではないのよ?」





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