恋の模範解答は
ーーーこれは恋か、恋じゃないのか。
そんなことを連日考えている。好きか嫌いかで問われると確かに好きだし、一緒にいて楽しいし、居心地はいいけれど、相手の一挙一動に胸が高鳴ったり、ときめいたりするわけではない。
恋ってこんなもんだっけ。もっと盲目でどうしようもなくて、熱く身を焦がれるような、そんなものじゃなかったっけ。
れっきとした恋人がいるのにそんなことを思うのは恋人に申し訳ないけれど、どうしてか告白を受けないという選択肢はなかったのだからやっぱりこれは恋なのかもしれない。
お付き合いを初めて一ヶ月。もう、と言うべきかまだ、と言うべきか。これでも人生で初めてできた恋人にたいそう浮かれているなぁと思う。
デートが終わって、家に着く頃に恋人から次はいつ会う?とラインが来た。嬉しい、と思った。次が当たり前にあることが嬉しい。
会いたいと思ってくれていることに安心する。何着ようかな、とかどこ行くのかな、とかそんなことばかり考えていたことに気づいて少し気恥しい。
思ったより好きなのかもしれない、いやでも恋ではないんじゃないかな、とちょっと自分に言い訳をしてみたりした。
今日は朝から上着が要らないくらいで、見頃までもう一歩だった桜が見事に咲いてなんともお花見日和だった。
会いたいな、と思った。一緒にお花見がしたいな、と。元々会う予定はなかったけれど時間があれば、とお誘いのラインを送った。
割と直ぐに了承の返事がきて安堵する。会いたいと言う度に迷惑じゃないか、嫌じゃないか、無理させていないか不安になるのだ。次会う予定なら立てれるのに。
突然の会いたいを言うのはまだ苦手なままで、一番会いたい時に会いたいと言えなくてどうしようもなく自分が嫌になったりしている。でも今回は頑張ったんじゃないかな、なんて思った。
たわいのない話をしながら手を繋いで桜並木の下を歩く。こうやって手を伸ばせば触れられる距離がなんとも心地よかった。名前を呼ばれる声も、二人きりの時の少し甘えた声も、今だけは全部私のものだ。
いつだって別れ際が一番寂しい。二番目は夜だ。夜は感傷的になってしまうから、つい恋に浸ってしまう。
どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう、なんてありきたりなラブソングに溺れてみたりする。そわそわとラインが返ってくるのを待って、何回もトーク画面を開いては閉じるけれど、いつ見ても未読のまま。諦めて寝ようと思って目をつぶった直後に返事が来たりする。
まだ起きてる?ちょっとだけ電話していい?
もうほぼ寝てました本日の営業は終了致しました、なんて言えない。まだ起きてるよ、そう返す。なんだかんだいって多少睡眠時間を削ろうと少しだけだろうと、話したいのは同じなんだと思ったら嬉しいのだ。
間延びした声で名前を呼ばれる。なに、と聞くけどなんでもないと言うのに何回も名前を呼ばれる。くだらないけれど、こういうのは恋人っぽくていいなぁと思った。
何回か泊まりに行ってそろそろ慣れたかな、という頃、アルバイト終わりにラインがきていた。今日は飲み会だったはず、と思いながら見るとハイテンションなラインと、その後時間が空いて酔って死にかけたライン。
大丈夫?生きてる?と返すと、泊まりに来て、会いたい、と甘えた返事が返ってきた。泊まりに来てと強請られることはあまりなくて珍しい。可愛いな、と思った。純粋に嬉しい。私チョロい女かも、と思いながら、いいよ、と返す。だって行きたいと思ったのだから。
待ち合わせ場所についたらベロベロに酔った恋人がいた。いつもよりハイテンションでとても甘えたで、なんというか、酔っぱらいだなぁという感じ。全然しっかりしていないけれどかわいい。
家まで一緒に帰りながら飲み会の話を聞く。誰それが潰れてた、だとか酔った先輩に悪絡みされただとか。
私の知らない恋人がそこにいたんだなと思うとちょっと妬いてしまう。もっと自分はドライだと思っていたけれど思ったより心は狭かったみたいだ。
家に着いてベッドにダイブした恋人にお風呂には入ろうと催促する。寝ちゃう前にお風呂行こう、そう声をかけているのに動かない。
仕方ないから私も一緒にベッドに寝転ぶ。スーツ脱がなきゃ、とかメイク落とさなきゃ、だとか考えながらぼーっと恋人の頭を撫でた。
擦り寄ってくっついてこようとする恋人が甘えてばっかりでごめんね、と言う。ううん、いいよ、と返す。いつだって優しくて大事にしてくれて、好かれているなぁと思う。一緒にいたいと思える相手で良かったけれど、もっと、といろんなことを望んでしまいそうで欲張りな自分が少し辛かった。
翌日名残惜しく思いながら恋人の家を出た。とは言ってもぎりぎりまで家にいたのだけれど。流石に遅刻するわけにはいかなかった。
たまにふわりと自分から恋人の匂いがする気がする。これだけど、これじゃないような、ちょっと違うけど全く違う訳でもない残り香。ついさっき、今朝まで一緒にいたのにもう会いたくなる。
燃えるような恋ではないけれど、これは確かに恋で。たまにちょっと天然で、甘えたでかわいくて、そんな恋人が愛しいと思う。これは穏やかに恋だった。