8 伝令蜂の価値
遅くなりました。続きです。
次回は、皇太子殿下のターンです・・・
華やかで穏やかだったお茶会が、ヴァネッサ姫が参加した途端何故だかピリピリとした雰囲気に変わってしまい、他の姫君たちがどこか萎縮してしまっている。
恐らく、まだ婚約者候補だとは言え、ヴァネッサ姫がその座につくことを彼女たちも理解しているのだろう。
シュス様だけは変わりなく私の手からお菓子を食べているが、その光景を目にしたヴァネッサ姫は見るからに不快そうな表情をしていた。
まあ、皇女様に対してもう文句を言うことなど出来ないだろうが・・・
シュス様がお菓子とお茶に一息ついたところで、私はこのお茶会の雰囲気を変えようとヴァネッサ姫に話を振ってみることにした。
当の彼女は殿下としか話をしていない・・・いや、この場に殿下しか居ないような振る舞いを取っているので、返事を返して貰えない可能性もある。
この自分以外の女性を牽制するあからさまなヴァネッサ姫の行動は、正直私には可愛らしい子猫の威嚇にしか感じなかった。
「ヴァネッサ姫はお時間を忘れるほど本がお好きなのですか?侍女の方が持っているその本は帝国暦学と魔力派生学ですね。その本の内容からして、かなり勤勉な姫君だとお見受けしますが・・・」
気位の高い女性には、しっかりと言葉を選んで話しかけないと後々面倒な事になる・・・とは、ファルコ兄様の言葉だ。
私はそれほど苦手とは思わないが、ウルラ兄様は一番苦手なタイプだと、いつも出来るだけそういった女性を避けていた。
「勤勉だなんて、当たり前のことですわ。いずれ皇太子妃、先を視れば皇后の位に就くのですから国のため、民のため、そして殿下のためにこの帝国のことと、殿下の御得意とされる魔法に関して学び支えようと思うことは、当然のことだと思いますわよ」
「素晴らしい・・・正に皇太子妃に相応しい心得ですね」
素直に褒めると、ヴェネッサ姫が昼間のお茶会には不相応なこれまた派手な扇子を口元に広げてコロコロと笑った。
「あら、ごめんあそばせ。わたくし少し言葉を間違えてしまいましたわ。皇太子妃ではなく、婚約者候補として・・・と言うべきでしたわね。本当にわたくしったら、つい・・・オホホホホ」
「ふんっ」
私の腕の中で顎をツンと突き出して小さく鼻を鳴らしたシュス様がとても可愛らしく、私もヴェネッサ姫に同じく、ついシュス様のなだらかで美しい額に軽くキスを落としてしまう。
チュッと小さく鳴ったリップ音が、やけに響いた気がする。
「なっ!?」
「ひぃっ!!」
「は・・・はわわ・・・にゃ、にゃんでキ、キシュ!?」
侍女たちから悲鳴の様な声が上がり、私は無意識に周辺の警戒を強くしたが、どうやら不審者などの類ではないと分かりホッとした。
そうか、私が皇女であるシュス様にキスをしてしまったので、皆が不敬だと慄いているのか・・・
だが、目の前で目元を潤ませ顔を赤くし、言葉を噛みながら私に訴える様は本当に可愛い。
皇女様でなければ、私の妹としてアルナールに連れ帰りたいくらいだ。
「あ、貴女!皇女様にキスをするなんて、何を考えていらっしゃるの!?」
ヴァネッサ様の声に、私はようやく意識を再び彼女に向けた。
「シュス様の振る舞いが、お可愛らしくて・・・つい。シュス様、不敬な振る舞い、申し訳ありませんでした。同性とはいえ、キスをされるなどお嫌でしたでしょう?どうぞ、シュス様の良いように処罰くださいませ」
再び向けた意識は、やはりすぐにシュス様へと戻してしまう。
この方が、とても可愛らしく美しいのがいけないのだ・・・・・・
「え、えすかるだサマ・・・処罰なんてとんでもありませんわ!嫌ではありませんでしたし、同性なので問題ありません!!で、ですが、次からは事前に言って頂けるとわたくしも心構えが出来ますわ・・・」
またキスをして良いというシュス様の御心の広さに、私は「かしこまりました、シュス様」と応え、彼女を抱きしめる腕にそっと力を込めた。
ふと顔を上げると、目の前の殿下が何とも言えない表情をしており、最愛の妹君に対する私の行いが殿下の御気分を害してしまったのかもしれない。
「ジェラルト皇太子殿下、妹君であられるシュスネーレ皇女様に無礼なことを致しました。御本人にはお許し頂けましたが、皇太子殿下の御気分を害したことにも謝罪致します」
「いや・・・まあ、シュス本人が良いと言っているのだから・・・良いのだろう。私は何も言うつもりはない」
「寛大なお言葉、感謝致します」
表情とは裏腹に、思っていたほどおかんむりではなかったのかと、私は内心安堵した。
そう言えば、領地にいらっしゃった陛下も私の額に良く親愛のキスをするが、その度に父上と兄様たちが微妙な顔をしていたっけ・・・と思い出し、きっと殿下の表情はその時の父上や兄様のような気持ちだったのだろう。
「皆様も、私の無礼な行為に驚かせてしまって申し訳ありません。シュス様のように可憐で儚げな美しい方に庇護欲を掻き立てられてつい、アルナールでの癖が出てしまいました。お詫びに、皆様に私の兄が開発したものをお贈りさせてください」
赤い顔で口元を隠す姫君たちの目尻はうっすらと濡れているようで、よほど驚かせてしまったのだと、少し反省した。
ここにいるのは全て、高貴な身のご令嬢なのだということを忘れかけていた私が一番悪い。
「サディコ、革袋を」
「はい、エスカルダ様」
ダンジェの城を出てくる時に兄様が持たせてくれたもののひとつ、多量の伝令蜂が入った革袋をサディコに持って来させると、興味津々な顔で私の手元を見ているシュス様に、小さく笑いが漏れてしまった。
私が笑ってしまったことは気付いていないようで安心したが、手元の革袋に何が入っているか気になるのか、私の顔と手元を交互に見ている。
「何が入っているか、気になりますか?」
「あ・・・はい、とても」
私の焦らすような仕草に、シュス様が上目遣いで見上げてきた。
・・・・・・正直、こう、なぜか胸にグッとくるものがある。
「ウルス兄様が発明した伝令蜂という魔道具です」
革袋の口を開けてシュス様に中身を見せると、可愛らしく輝いていたお顔が突如真顔になり、その小さなお口がヒュッと息を飲んだ。
「シュス様?どうなさいましたか?あ・・・伝令蜂は蜂の形をしていますが、それほど本物に似せることはしていませんので、安心してください。羽根は薄く透明で綺麗ですし、何よりお腹の部分を魔石にしていますので、胸元に留めておけばブローチのように見えますよ」
親指大の伝令蜂をひとつ取り出し、美しく芸術的な透き通る羽根と腹の部分に使われてる黄色と黒の渦柄の魔石を見せる。
音を伝えるための魔法付与で、黄色い魔石に黒い渦状の紋様が浮き出ることで蜂と名付けられたこの魔道具は、魔力を体内循環させることと身体強化で打撃のために手に魔力を纏わす事しか出来ない私にも使えるよう、ウルラ兄様が改良に改良を重ねて完成させたものだ。
巷では神の手を持つ魔道具師とも呼ばれているウルラ兄様の、代表作とも言える魔道具である。
「違いますわ・・・エーダ様。わたくしは伝令蜂の形に驚いているのではなく、この革袋の中の信じられない数の伝令蜂に驚愕しているのです」
「数・・・ですか?」
「・・・エスカルダ嬢、もしやその革袋の中身は全て伝令蜂なのか?」
眉間にシワを寄せた殿下が、溜息をつくようにお声をかけてきた。
「はい、そうですが・・・兄が帝都に行くわたくしに使えと、持たせてくれたものです。ひとつあれば事足りるものを五十ほど持たされたのは、きっと皆様に配れと言うことだと思います。ですから、私のお詫びも兼ねてどうか皆様受け取って頂ければ幸いで御座います」
「ご、五十!?」
私の言葉に、殿下の隣に座したヴァネッサ姫が令嬢らしからぬ声を出した。
私はなぜ皆が伝令蜂に驚いているのかが、理解出来ない。
今や全世界で使われていると兄様も言っていたし、それほど珍しいものでもないはずだ。いや、珍しいものでなく、当たり前に使われているものだからこそ、お詫びだと出したことに驚かれているのかもしれない。
「申し訳ありません・・・伝令蜂はもうすでに皆様お持ちですよね?いくつもあってもご迷惑になるだけでしたら無理に受け取って頂かなくても良いので・・・その代わり、また別のものをお贈りさせて頂きます」
言った途端、背後のサディコから再び溜息が聞こえた。
なんだ?私は何かおかしなことを言ってしまったのか!?
耳打ちを!してくれ!!頼むから!
「エ、エスカルダ様、もしかして伝令蜂の価値をご存知ありませんの!?」
驚きに少しのトゲが付いたヴァネッサ姫の声色が返ってくる。
伝令蜂の価値と聞いて、私は世界に流通しているものがどれだけの価値か分からず、小首を傾げた。
そもそも、ダンジェの城の倉庫には大量の伝令蜂が在庫として常備してあり、かつアルナールで主要な役職で働く者は皆自分の伝令蜂を胸元に留めているか、自分の顔の横に飛ばしているのだ。
「伝令蜂はそれひとつで帝都のお屋敷がひとつ買えるくらいの値段ですのよ!しかもその伝令蜂を発明したのが貴女のお兄様だなんて・・・ま、まさか!伝令蜂を専売するモンスノート商会は・・・」
「あ、モンスノート商会は私の二番目の兄が商会長を務めています。それより、伝令蜂がそれほど高価な値で取引されているとは思いもしませんでした。恥ずかしながらわたくしはアルナールから出たのが今回初めてでして・・・そのせいで世間の価値や評価の勉強不足があり皆様にご迷惑をお掛けしております」
何やらヴェネッサ姫の表情が固くなり、他の姫君たちの顔色も少し悪い。
自分では多量に渡された伝令蜂よりも、左の手首に嵌められたウルラ兄様特製の金の腕輪の価値の方が怖い。もっと言えば、今現在身に纏っている正装は糸一本一本に兄様二人の魔力が付与されている。
価値は想像もつかない。
想像したくもない。
価値を聞いてしまえば、この服を今後遠慮なく着ることが出来なくなりそうだ。
私は特に贅沢をしたいとも思わないし、何かが欲しいと言う欲求もほとんどない。そのせいで何かを与えたがる兄様たちを悲しませていることは知っているが、その分愛情を頂いている。
「ほら、シュス様・・・胸元に留めるととてもお綺麗ですよ」
「いただいてしまって・・・宜しいのですか?」
皇女様だと言うのにこのお方も欲が少ないようで、そんなところも好感が持て、余計に庇護欲が湧いてしまう。
シュス様の胸元に当てていた伝令蜂を白く小柄な掌に置いて差し上げると、大事そうにそっと両手で包みジッと見入っていた。
「シュス様、ほんの少しで良いので伝令蜂にご自身の魔力を送り込んでみてください」
「こう、ですか?」
シュス様の手元が綺麗なピンク色の光に包まれると、伝令蜂の腹である魔石が一瞬光った。
ピンク色の魔力とは・・・本当に全てにおいて可愛らしいお人だ・・・
「お上手です。これで、この伝令蜂はシュス様のものですよ」
「えっ!?」
驚いたように自分の手に包んだ伝令蜂と私の顔を再び交互に見比べるシュス様に、フッと笑ってしまった。
「伝令蜂で連絡を取りたい者がいる場合は、事前にその者の魔力もシュス様の伝令蜂に覚えさせておく必要があります。自分以外の者が魔力を流し込むときは、名前を名乗りながら流し込みます。宜しければ、シュス様の伝令蜂にわたくしの魔力を入れさせて頂いてもよろしいですか?」
シュス様の小さな手を私の手で包み、懇願するように問いかけると、シュス様はポッと頬を朱に染めて頷いた。
「見ていてください」そう言ってシュス様の手から伝令蜂を受け取り、私は身体強化の魔力を手に集中させる。
「エスカルダ・ダンジェ」
自分の名前を名乗りながら私の魔力をそっと伝令蜂に触れさせると、再びシュス様の伝令蜂が一瞬光った。
「これで伝令蜂に魔力を少し流してシュス様がわたくしの名前を呼べば、わたくしの持つ伝令蜂と繋がります。わたくしの伝令蜂にもシュス様の魔力を分けてくださいますか?」
「もちろんですわ!」
サディコに預けていた自分の伝令蜂を受け取ると、シュス様にも同じように名乗りながら魔力を注いで貰う。
私の伝令蜂も同じように一瞬光った。
「普段は胸元にブローチとして留めておき、使う時は御自身の魔力を少し注げば動き出して主人の肩辺りで飛び続けます。動きを止めたいときは捕まえて再び魔力を少し注いでください。主人の魔力が発動のオンオフのスイッチになると思って頂けば良いと思います」
「わかりましたわ」
「いつでも、ご連絡をお待ちしております」
瞳を潤ませて私を見上げるシュス様は、天使以外の何者にも見えなかった。
「さあ、皆様も今のシュス様の御手本で伝令蜂の使い方が分かりましたね?それではひとつずつ手に持って、御自身の魔力を注いでみてください」
サディコがこの場にいる皆に、ひとつずつ伝令蜂を配り回る。
私に対して強く出ていたあのヴァネッサ姫でさえ、その顔を好奇心に輝かせていた。
可愛いものだ。
なぜこんなに・・・と渡された時には思ったものだが、多量の伝令蜂を持たせてくれたファルコ兄様に感謝しなければいけないな・・・と、私は遠く離れたアルナールに想いを馳せた。
でも取り敢えず、伝令蜂の価値くらいは教えておいて欲しかった・・・と思う。
そして、サディコは頼むから溜息をつく前に私に耳打ちをしてくれ!
いつも「男前令嬢は「無自覚」「鈍感」「最強」コンボ」を読んでくださり、有難うございます!
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今後とも、エスカルダの応援、宜しく御願いします!!