6 美しい姫君たちは蝶か小鳥か
ギックリ腰をやりまして・・・遅くなりました。
ジェラルト殿下に許可を頂き、私はシルバーブルーの髪色をした可愛らしい姫君の横の椅子に腰を掛けた。
はにかむ様に会釈する姫君に、私も小さく頭を下げ「横の席に失礼致します、姫君」と礼を取った。
席に着くと、すぐにサディコが私のための茶を淹れ始め、汚れや毒物などの付着がないかカップの確認をしてから香り高い紅茶を注ぐ。
皇帝陛下の御膝下で毒物なんて・・・と思うが、貴族が食べ物を口にする際は、必ず従者が毒味をするのが習わしだ。
それは皇宮であっても例外では無い。
そもそも、私には大抵の毒物は効かないため、家はもちろん宿屋に泊まる時でも毒味などをしてもらうことはない。
皇族や貴族の前だからこそ、体面を保つために毒味が必要なのだ。
サディコのチェックが終わり、やっと私の前に紅茶が差し出される。
香りからしてかなり高級な茶葉を使用しているのだろう、香りがそのまま味になったようなそれは、口の中で花開くような甘く可愛らしい風味だった。
「あの、殿下・・・エスカルダ様に自己紹介をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
向かいに座る茶色い髪の可憐な姫君がおずおずと殿下に自分の名を名乗る許可を申し出ると、紅茶を啜っていた殿下も「ふむ・・・」と頷き、その言葉に許しの返事を返す。
「そうであったな、では一人ずつ名乗るが良い」
「で、ではわたくしから!皆様よろしいでしょうか?」
小鳥のように可愛らしい細い声で茶色の髪の姫君が皆に問いかけると、他の姫君たちはコクリと首を縦に振った。
「エスカルダ様、お初にお目に掛かります。ガナシュトーラ・フィルナドーレ伯爵が娘、クロエミエ・フィルナドーレと申します。お噂でしか知り得なかったダンジェ辺境伯様の御息女であられるエスカルダ様にお会いできて、光栄で御座いますわ」
健康的な肌に微かに朱に染まる頰が、大人びて見せようとしている少女の幼さを引き立たせ、なんとも可愛らしい。
殿下に釣り合うようにと頑張っているのが微笑ましく思え、その背を押してやりたくなる。
これは私の・・・いや、アルナールに生まれ育った者の悪い癖だ。
自分より弱いものを己の庇護下に置きたくなる衝動・・・正直言えば、ここにいる全ての姫君を私の庇護下に置いて守ってやりたいと考えてしまうくらい、彼女たちは弱々しい。
彼女たちは殿下の婚約者候補だ。私が手を出し守るべき姫君たちではないと分かってはいるが、長年の習性はそう簡単に治せるものではない。
「宜しく御願い致します、クロエミエ姫。陽の光で貴女の瞳が金色に見えるのは、その瞳に女神が宿っているからでしょうか?是非今度、その瞳を近くで覗かせてください」
「あ、え・・・あの、は、はい、もちろんで・・・御座います」
微かな朱が、色濃い朱に変わっていく。流行病がここまで来たのかと一瞬思ったが、これは彼女の感情に反応した生理的な現象ではないのだろうか?
そう思うと、街中の女性たちのあれも、流行病ではなく感情の揺さぶりから来るものだったのかもしれない。
一体何にそれほど気持ちを揺さぶられているのか気になるところではあるが、流行病以外にも人の頬を赤く染めることがあるのだと知れたことは、私にとって良い学びだった。
そう言えば、皇后様と皇妃様も頬を染めてらした気がするが・・・何か心揺さぶるものがあの場にあっただろうか?
私はもっと周りを注意深く見るべきだな・・・・・・
赤くなったクロエミエ姫に笑顔を向けると、私は自分の考えを実行するため、周囲に警戒網をそっと張った。
耳を、目を、五感全ての能力を驚異的に上げるのは身体強化のひとつであるため、今の私の目は地色の黒から赤い瞳に変わっているだろう。
身体強化や魔法を使う際は、みな基本的に目の色が魔力の影響で赤く染まるのだ。
「あ・・・エスカルダ様、瞳の色が・・・」
私が魔力を使っているのが瞳の色で分かったのだろう、クロエミエ姫が戸惑いがちに指摘をしてきた。
「ここにいる姫君たちを御守りするために、魔力を使うことをお許しください。もちろん、殿下のことも御守りいたします」
殿下の守りがついでのようになってしまったが、殿下は何も言わず首を縦に振ってくれた。
「まあ・・・エスカルダ様がわたくしたちを守ってくださるのですか?」
「ええ、私の手足の届く範囲でありましたら、全ての脅威から姫君たちを御守りするとお約束しましょう。もちろん、従事する騎士がいることは存じておりますが、女同士の方が都合の良いこともありますでしょう?」
姫君たちがキャアキャアとはしゃいだ声を出して喜んでいるのを見ると、どうやら私に守られることを悪く思ってはいないようだ。
弱き者を守ることがダンジェの役割でもあるので、私にとって彼女たちの反応は嬉しいものだった。
「あの、次はわたくしでも宜しくて?」
ピンクゴールドの髪が美しい姫君が、クロエミエ姫の横からそっと身を乗り出した。その姫君の言葉に、他の姫君たちが小さく頷く。
「エドガー・サイモン侯爵が娘、ミラエラ・サイモンで御座います。エスカルダ様に守って頂けるなんて、光栄ですわ。婚約者候補という関係では御座いますが、どうか仲良くしてくださませ」
優雅に微笑むミラエラ姫は、侯爵家の娘だけあって若くも堂々として美しい。
まさに、高位貴族の血筋といったところか。
「宜しく御願い致します、ミラエラ姫。私の方こそ、美しく悠然と座す美の女神を御守り出来ることを光栄に思います。貴女を御守りする騎士たちの嫉妬に負けぬよう、彼らが入れぬ場では私が貴女の盾になりましょう」
「は・・・い、御願い致しますわ」
騎士の礼に似た動作で胸に手を当てミラエラ姫に一礼すると、彼女もまた頬を赤く染めて扇子で顔を隠してしまった。
「わたくしはグルドゥラ・バイモス伯爵が娘、メラン・バイモスで御座います。まさか六人目の婚約者候補がエスカルダ様だなんて、思ってもみませんでしたわ!夢物語にしかお聞き出来なかったダンジェ辺境伯様の姫様にお会い出来ましたこと、心より嬉しく思います。どうぞ、わたくしのことも宜しく下さいませ」
私の左横から元気な声で自己紹介をしてくれたのは、黒髪を耳下あたりでバッサリと切りそろえたエキゾチックな美女、メラン姫君だ。
東方の血を思わせるのそ容姿は、幼く見える身体とは裏腹に凛と大人っぽく見える。
東方の者は身体の発達が遅いと聞いたことはあるが、メラン姫を見ているとその話は本当なのかもしれない。
「宜しく御願い致します、メラン姫。異邦の香りが私の胸の音を早めるのは、貴女が東方の神の使いのように美しいからでしょうか?メラン姫こそ、夢物語に出てくる姫君のようで、今この場でお言葉を交わせているのを夢見心地に思います」
「あ、あぁ・・・ええ、そうなんです。わたくしの母が東方の出身でして・・・あの、わたくし、東方の血が入っていることをこれほど嬉しく思ったのは、今日が初めてですわ!今までは、良く言われない方が多かったもので・・・」
一瞬悲しげに目を伏せたメラン姫だったが、私が「そんな悪意のある言葉からも守ってみせましょう」と言うと、それは嬉しそうに何度も頷いてくれた。
元気そうに見えて、いろいろと苦労をしていそうな姫君だ。まだ成人したてだろうに、彼女の受けてきた心無い言葉を想像するだけで反吐が出そうになる。
まあ、この皇宮で私が彼女のそばにいる時は、そのような下賤な言葉を投げかける者には容赦はしない。
女性や弱き者を守らぬ者は、その愚かな行いがいずれ自分自身に戻ってくることを知った方が良い。
「あの・・・わたくしもご挨拶宜しいでしょうか?」
隣に座っていたシルバーブルーの髪色が映える大人しそうな姫君が、私の方へ身体を向けて小さな声を掛けてきた。
良く聞いておかないと、聞き逃してしまいそうな小さな囀りだ。
だが、身体強化をかけている今の私には、彼女の声はハッキリと耳に届く。
「もちろんです、姫君」
「あ・・・リ、リカルド・リッケル男爵が娘、サラシナ・リッケルで御座います。あの、どうぞ宜しく御願い致します」
合わせていた視線を逸らし、俯き加減で名を名乗る姫君は気が弱そうに見えとても幼い。
だが、その陶器のように滑らかで白い肌にピンク色のチークが良く似合っており、生きる人形のような可憐さだ。
「宜しく御願い致します、サラシナ姫。白磁の肌に可憐な桃色が映えて、まるで精霊姫のような方ですね。生きてこの目で精霊の姫君にお会い出来るとは、思ってもみませんでした。どうか、そのお顔を隠さず、私によく見せてください」
サッとレースの扇子で顔を隠そうとする彼女の手を優しく掴み、俯く顔を覗き込んでみると、白磁の肌はピンク色を通り越して真っ赤になっていた。
これは・・・流石に変わりすぎでは無いか?彼女の体調は大丈夫なのか?
心配になり後方に控えるサディコを窺い見ると、彼は呆れた目を私に向けるだけで軽く首を横に振った。
・・・・全くどういった合図なのか、皆目見当もつかない。
私が何かやらかしたに違いないが、私は姫君を褒め称えただけに過ぎず、特に彼女が不快になるようなことは・・・
はっ!神ではなく精霊に例えたのが間違いだったか!?
他の姫君たちは女神と称えていたのに対して、儚げな彼女だけは精霊と称してしまった。
「サラシナ姫、精霊姫に例えられたことをご不快に思われましたか?あまりにも貴女が儚げで人間離れした美しさだったもので・・・ご不快でしたら謝罪致します」
彼女の手を離し自分の胸に手を当てて謝罪の意を表すと、彼女は途端に慌てた声を出してそれを制した。
「と、とんでも御座いませんわ!その、う、嬉しくて!それに・・・エスカルダ様が素敵過ぎて私の思考が・・・追い付かないので御座います!!」
儚げな小さな声で囀っていた彼女とは思えないほどの大きな声は、庭園に響いて周りの音をシンとさせた。
「ふ、ふふふ・・・ジェラルド皇太子殿下の婚約者候補の姫君たちは、本当にお可愛らしい。その声は朝の始まりを告げる小鳥のようで、殿下の周りに侍る姿は色とりどりの蝶のようだ。殿下は幸せ者で御座いますね」
皇太子殿下に幸せ者など、不敬にあたるか・・・とも考えたが、言葉的には間違っていない。サディコの溜息も聞こえない。なら、不敬だと咎められたら謝罪しようと、私は気にせず殿下の様子を伺った。
「・・・そうだな」
殿下は何やら微妙な顔をなさっていたが、私の言葉を咎めることもなく、ただ静かに頷くだけだった。
こんなに可愛らしく美しい姫君に囲まれて、何が不満なのだろうか?そう首を傾げそうになったが、殿下の横に不自然に空いた席があることに気付き、そういえばもう一人婚約者候補の姫君がいたはずだと、私は周囲に視線を走らせた。
見当たらないと言うことは、今日はこの茶会の席には出席しないのかもしれない。
皇太子殿下の主催するお茶会なのだから、何もなく欠席とは考えられない。きっと、体調不良などでやむを得ない事情があるのだろう。
すぐに最後の一人を探すことを諦めた私は、香りの良い紅茶を口に運びながら、殿下の蝶たちと楽しく話を続けていた。
驚いたことに、六人いる婚約者候補の姫君は、私を除き皆成人したての十六歳だった。今年十八になった私が一番歳上である。
これで、殿下は私を婚約者候補から外すであろうことが明確になった。
若く美しい姫君がいる中で、一番歳が上の私をお選びになることはまず無いだろう。辺境伯の娘だと言う体裁的なものと、陛下が会いたいと言ってくださったついでに私はこの場に呼ばれたに違いない。
ならば、アルナールに帰るのもそれほど時間は掛からないかもしれない。
一人ウンウンと心の中で頷いて納得していると、後方のサディコから小さく溜息が聞こえた。
ちょっと待ってくれ・・・今、私は一体何を失敗したと言うのだ?
サディコをチラッと見ると、苦笑気味の顔と目が合い反射的に私はその視線を逸らしてしまった。
何か、後でお小言を言われそうな・・・そんな気がする。
その後も姫君たちと楽しく会話に花を咲かせているのは私だけで、殿下は全く会話に加わろうとしていない。
時たま、殿下の物言いたげな視線と目が合うが、私が口を開く前に姫君たちに気を逸らされてしまい、結局殿下の言いたいことは何も聞けず終いだった。
お茶会も中盤に差し掛かってきたところで、身体強化をかけていた私の警戒網に三人の気配が引っ掛かった。
まだ離れているが、少しすると目に見えるところまでその姿が現れる。
どうやら、姫君が一人とその方に従事する者が二人、こちらに向かって来ているようだ。
その三人に殿下も気付いてそちらへ視線を向けると、前を歩く姫君がこちらへ手を振りながら可愛らしい声を上げて駆け出してきた。
「お兄様ー!今日、エスカルダ様がいらしているとお聞きしましたのー!!わたくしもひと目お会いしたく・・・きゃあっ!」
駆け出してきた姫君は、ドレスの裾を踏んで前に転びそうになる。
当たり前だ。裾を少し持ち上げていたとは言え、引きずるようにして駆けていたのだから、踏んで転倒するのは目に見えていた。
後方から同じように姫君を追いかけて走って来ていた従僕と侍女が、顔を真っ青にして慌てふためくのをスローモーションのように目の端に留める。
「シュス!!」
殿下の声を後方に置き去り、私は身体強化で一瞬にして姫君の元まで走り、彼女が転ぶ前にそのお身体をこの腕に受け止めた。
何やら一陣の風が吹いたように感じたが、その風をも通りこして姫君の元まで掛けてしまったので、気にする暇など無かった。
後になり、もしかしたら殿下が姫君を助けるために放った風魔法だったのかもしれないと思ったが、何も言わなかった殿下に私も倣うことにしたのだ。
「ま、まあぁぁ!す、凄いですわ!わたくしが転ぶ前に一瞬で駆けつけてくださったなんて!!もしかして・・・貴女様がリオンおじ様の御息女、エスカルダ様ですか?」
たっぷりとしたウェーブのかかった銀の髪に、宝石のようなエメラルドの瞳には既視感がある。
そのお顔はマルリタ皇后陛下に生写しだ。
となると、このお方は殿下の妹君であられるシュスネーレ皇女様だろうと、察しがついた。
「いかにも、わたくしがリオン・ダンジェ辺境伯が娘、エスカルダ・ダンジェで御座います。シュスネーレ皇女様の御身を御守り出来たこと、大変光栄に御座います」
「わたくし!ずっとエスカルダ様にお会いしたかったのです!!お父様やお母様ばかりズルイと、先ほど文句を言って来たところでしたの!そうしたら、お父様がお兄様のお茶会に参加しても良いって言ってくださって・・・・・・」
勢い込んで私の腕の中で興奮したように話し出す皇女様を優しく抱え直し、横抱きにして歩き出すと、彼女はその口を噤んで白い肌をポッと赤く染め上げた。
「皇女様?もう、可愛らしいお声を聞かせてくださらないのですか?」
耳に響く可愛らしい声が止んでしまったことを残念に思い、不躾にも皇女様に問うてみると、両手を頬に当てて「あ、はわ・・・わわ」と子ウサギのように震えだしてしまった。
「皇女様、お身体の調子でも優れませんか?」
その様子に私は心配になったが、後から付いて来た侍女が「心配御座いません。皇女様は少し、興奮が限界を迎えているだけですので」と、意味の分からないことを言って私を安心?させてくれた。
まあ、とにかく心配は無いらしい。
羽のように軽い皇女様を、私はゆっくりとした足取りで殿下の元に届けるのだった。
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宜しければ、今後もエスカルダの応援を御願い致します!