4 いざ帝都へ
朝早くから登城するためにアルナールの正装に身を包む。
この正装の衣装は、私のために兄様二人が色から形まで全てを考案していちから作らせたものだ。
ダンジェの娘として恥ずかしくない姿を兄様たちが私のために考えてくれた・・・それだけでこの衣装を身に纏うことが誇り高く、自信が漲る。
布は上等なシルクで、真っ白な生地に紅い絹糸で繊細な刺繍が施されている。
さすが、アルナールの職人だ。
シルクも絹糸も魔物の素材で出来ており、その素材全てにウルラ兄様が付与した守りの魔法は相当なものだろう。
正直、どれほどの価値があるかは考えたくもない・・・と思う。価値が知れれば、どこぞの貴族に譲ってくれと言われることは考えなくとも分かるというもの。
いや、そもそもどこぞの貴族などではなく皇室に献上すべきものなのかもしれない。
しかし、兄様たちが私のために作ってくださった大事な衣装をおいそれと譲ることなど出来ないため、私はその価値を自ら知ることを拒んだ。
この衣装はダンジェの者のためのものと言っても過言ではない作りになっている。
首まで詰めた白い上着は騎士の服に作りは似ているが、どこか淑女のような清廉さも兼ね備え、下は動きやすいパンツスタイルで、揃えたブーツは黒地に紅い刺繍の華麗なものだ。
ルルーシュが最後に私の肩に付けたマントは長く、裾には魔物の柔らかい毛皮で作られた房が垂れ下がり美しい。
面白い事に、このマントは腰の部分にも装着することが出来、その際後ろから姿を見ればドレスを纏う淑女の姿になるのだ。
さすが私の兄様たち・・・なんという妙案だろうか。
動きやすく戦いやすい・・・そのうえ正式な場でも見劣りしないドレスのような装いにもなる。
まあ、正面から見ればパンツスタイルであることは隠せないのだが、それでも私のために作られたこの衣装は本当に良く考えてある。
この衣装を見てから、私の他の服もほとんどこの形をとっている。いざという時マントがスカートになるようにというのが、とても気に入ったのだ。
ダンジェの色と言われる緋色の髪は白い紐でひと纏めに結んで貰い、やっと全ての用意が整った私はルルーシュを伴って宿の部屋を出てサディコの待つ階下の食堂へ向かった。
階段を降りてすぐの受付にはすでにこの宿の夫人が明るい笑顔で朝の接客をしていたが、降りてきた私を一目見るなり、その顔を真っ赤に染めた。
どこか体調が優れないのだろうか?
いや、この様子は・・・・・・
夫人の体調が一瞬心配になったが、彼女の様子はアルナールの娘たちにも良く見られるのを思い出した。
確かファルコ兄様がこのような症状を、女性の流行病で長引く者もいればすぐに治る者もいる。感染するものではないし心配は無い・・・と仰っていた。
この病はどこででも流行するのだな・・・と一人納得し、私が罹患しないことを幸いと思いながら、流行病で顔を赤くして私を見る夫人に気遣うように軽く会釈をした。
すると、途端に夫人の顔色が一層赤くなってしまい、私は「ああ、夫人の顔色が真っ赤に・・・流行病に罹っているというのに、仕事などして大丈夫なのか?」と思っていたことが口から出てしまう。
「エスカルダ様・・・未だにファルコ様の仰っていた事を信じていらっしゃるなんて・・・」
背後から聞こえたルルーシュの言葉に私はどういう事か問うてみようと思ったが、一階に降りた私を視界に捉えたサディコがすぐに食堂から出迎えにやって来て、そのチャンスを逃してしまった。
まあ、ルルーシュにはいつでも聞けるから今は良しとしよう。
私の目の前まで来ると片膝をついて臣下の礼を取ったサディコは、昨日までの従者の装いとは違い、ダンジェの騎士服を身に纏っていた。
彼もまた、白宮に出向くために護衛としての正装をしている。
こうなると、いつものお仕着せにローブを纏っただけのルルーシュが気になり、彼女にお仕着せ以外のドレスを用意するかと聞いてみたが「メイドが主人の供でドレスを着るなど、滅相もありません!」と、逆に叱られてしまった。
メイドはお仕着せが正装であり戦闘服なのだとルルーシュが言うのだが、戦闘服と言うにはあまりに防御力が薄過ぎるため、私はウルラ兄様にルルーシュ用の戦闘用お仕着せを頼むことを決めた。
今現在ダンジェの城で保管している素材で足りなければ、私の大事なルルーシュのためならば戦闘用お仕着せに必要な魔物の素材も自ら喜んで集めよう。
ウルラ兄様お手製の戦闘用お仕着せ・・・まだ頼んでもいないが出来上がりが楽しみでならない。
どれだけ防御力があるのか一度試させて貰いたいが・・・きっとファルコ兄様にダメだと言われてしまうな。
そんなルルーシュの防具を想像して意識を飛ばしていると、目の前で膝をついたサディコが仰々しく私のマントの裾に口づけを落とし、周りの目を気にすることもなく口上を述べる。
「エスカルダ様・・・本日の姫様は誰よりも美しく勇ましい、まさにダンジェの血そのもので御座います。エスカルダ様に仕えられることは私の生涯の宝に御座いますれば、今後もこの忠心が姫様から離れることは御座いません」
臣下として最上級の忠誠を誓うサディコに嬉しくもあり、誇らしくもあるが、ここで私がサディコの忠心を真っ当に受け取ってはいけないのは分かる。
サディコは将来ファルコ兄様の側近として仕えることが決まっているのだ。
ここでは私からサディコに対し、ファルコ兄様に忠心を戻すようそれとなく促すのが作法だ。
「サディコ、そなたの見事な忠心、この心に刻んでおこう。私の責務が終わりアルナールへ帰るその時まで、どうか変わりなく私の騎士でいてくれることを望んでいる。だが、そなたはファルコ兄様の側近となることが決まっている身。真の尽きぬ忠誠は次期アルナール領主のファルコ・ダンジェへ・・・」
「私は本当は姫様にお仕えしたいんですがね・・・」
「え?」
「・・・御意に御座います」
是の言葉を聞く前に、サディコが何か早口で言ったのだが気を抜いていた私には聞き取れず、つい聞き返してしまった。
だが、何食わぬ顔で姿勢を正したサディコを見て、大したことではなかったのだろうと、私は気にする事なく朝食のための席に誘導された。
宿屋の食堂の前で仰々しいやり取りをしてしまったせいで、どうやら他の宿泊客を驚かせてしまったらしい。
しかも、何故かこの食堂にいる女性は流行病を患っているらしく、夫人と同じように顔を赤くしている。
今の時期の流行なのだろうか・・・
男性客の呆けたような顔でこちらを凝視してくる視線をどこか居心地悪く感じながらも、私はそれに知らない振りをして運ばれてくる食事に口をつけた。
「・・・お嬢様の魅力に皆が魂を抜かれてしまっていますね」
ルルーシュが何やら呟いていたが、私は特にその言葉に気を取られる事なく、朝から量のある朝食と必死に格闘するのだった。
朝食が済むと、私たちは帝都に向けて再び旅立った。
エヴィルホースの足ならばこの街から帝都までは、ほんの二時間程で辿り着く予定だ。
二時間で着いたところで関所でどれだけ時間を食うかは分からないが、午前中には白宮に着く予定で動いていく。
しばらく走ると帝都の関所が見えてきて、検問を受ける馬車や馬、人の列が長く続いているのが確認出来る。
馬二頭引きの豪奢な馬車は貴族のものだろう。長く連なる列の横を我が物顔で通過し、貴族証明書を見せるだけで帝都の門を潜って行った。
私たちもその貴族用の門へと向かう。
恐らく、私たちが騎乗しているエヴィルホースに皆が怯えているのだろう。平民の列の横を驚かせずゆっくりと進んでいる筈なのに、馬車や単騎の馬、そして立ち並ぶ人々が蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく。
「ヒッ!ま、魔物だ!しかもエヴィルホースだぁ!!」
「キャァァァッッ!!」
「いや、まて!人が乗ってる!!誰かがエヴィルホースを手懐けて騎乗してるぞ!」
そこかしこから聞こえるインテルとフィケレへの畏怖の声。だが、その二頭に騎乗している私たちを認めると、次第に喧騒がヒソヒソしたものに変わっていく。
「あの紋章・・・」
「ダ、ダンジェ家だ!アルナール辺境伯様の紋章だ!!」
「魔物の湧く領地を治めていると聞いていたが・・・本当だったんだな」
「エヴィルホースまで手懐けるなんて、あの方達はどんな強さなんだ・・・」
「それにしたって、なんて清廉で美しい方なんだろうねぇ」
「あれがダンジェの姫君かぁ・・・」
身体強化をかけなくとも、平民の声が私の耳にも届く。
ルルーシュとサディコの耳にも同じように届いているのだろう。二人とも堂々と胸を張って関所を目指しているが、私だけが平民の者たちを驚かしてしまったことに申し訳なく思っているようだった。
「そ、そこの騎馬!止まれー!!」
外の喧騒を聞いて関所に詰める兵士が数人、私たちの方へと走ってくる。
その手は剣の柄に添えられ、立ち止まった姿勢はいつでも斬り付けられる構えだ。
確かに、魔物が帝都に近付けばこの反応が正しいだろう。それでなくともこの地の者たちは、ハイケリウス一頭で滅んでしまうほどの脆弱さなのだから。
だがその兵士の態度は、サディコの神経を逆撫するものだったらしい。
横を並走していたサディコから不穏な威圧が兵士たちに向かって放たれるのを、私は黙って見ていた。
何故なら何も言うなと、事前にサディコに言われているからだ。
「貴様、帝都関所の兵士だからといって、何の確認も無く剣の柄に手を掛け、中段の構えを取るとは・・・無礼にもほどがあるぞ」
「ひっ!あ、で、ですが・・・魔物を帝都に近付けることは・・・」
一番先頭に立たされていた兵士が、サディコの威圧に怯えながら口を開く。
この兵士が言っていることは最もだ。そもそも、魔物に乗って帝都に来る者自体いないのだろう。
サディコの治らぬ威圧に、私が一声掛けようかと口を開きかけたところで、齢六十になろうかという兵士が、走ってこちらへやってきた。
「お前ら、待てっ!その方の紋章をしっかりと確認しろ!!」
「あ・・・ぇあ!?アルナール辺境伯様!??」
歳を召した兵士は恐らくこの隊でも上に属する者なのか、私たちを止めた兵士たちが一斉にその者に向かって頭を下げた。
ここでようやく、サディコは威圧を治めていつもの和かな笑みを顔に貼り付けた。
「我が隊の兵士たちが、大変申し訳ありませんでした。私は隊長のルマンで御座います。宜しければ貴族証明書と御名乗りを御願い出来ますでしょうか」
隊長のルマンが膝をついて私たちに向かうと、他の兵士もそれに倣って同じように膝をつく。
私としては、膝をつかれるとエヴィルホースの影になってしまって見にくいので、出来れば立っていて欲しかったが、サディコが満足そうに頷いたので、何も言わないでおいた。
「アルナール辺境伯リオン・ダンジェ様の御息女、エスカルダ・ダンジェ様に御座います。貴族証明書と皇帝陛下からの召喚状もこちらに」
「ご、御息女!?」
私は十六歳の成人の儀でも、帝都の社交界デビューであるデビュタントの舞踏会には参加しなかった。
兄様たちと父上が反対し、私もそれほどアルナールの外に興味が無かったために、陛下の許しを得て不参加としたのだ。
そのため、ダンジェ家の娘は幻と帝都で囁かれているという事実を、遠く離れたアルナールに居た私も知っていた。
・・・・・・ルマンの反応を見ると、本当に幻と思われていたんだな
「大変失礼致しました!問題無く帝都へ御入場頂けます。ですがその、エヴィルホースは・・・」
やはり、帝都内をエヴィルホースで移動するのは難しいだろうか。
「この二頭は完全にダンジェの支配下にあり、よく手懐けられている。我々の命無しに人を襲う事もなく言うことも聞くため問題はない。もし帝都に魔物を入れた事で皇帝陛下から責があるのであれば、私が全て負いましょう」
サディコが人の良さそうな笑みでルマンを説得にかかると、幾分悩んでいたルマンは意を決したように胸に手を当てて頭を垂れた。
「畏まりました。では、エヴィルホースでの通過を認可致します。どうか、街中では十分にお気を付け下さいませ」
「肝に銘じよう」
思いの外時間を取られず済んだ検問に、私は人知れず小さく溜息を吐いた。
門を潜れば賑わう街が目前に広がる。
エヴィルホースの背からだと大分見下ろす形になるが、予想していた通り小さく悲鳴を上げて遠ざかって行く者や、インテルとフィケレの首に付いたダンジェの紋章に声を潜めて何かを言い合う者たちが良く見えた。
小さな子供は泣き出す者と、興味深げに目を輝かせてこちらを伺う者とに分かれ、後者は良いハンターになりそうだと、少し嬉しくなる。
数多の好奇の目に晒されながら白宮に向けて進んでいくと、帝都の冒険者ギルドを見つけ、私の中の闘争本能がウズウズと疼きだす。
それを察知されたのか、サディコに「エスカルダ様、駄目ですよ」と窘められてしまい、私は自由になる時間で絶対に帝都の冒険者ギルドに来てみようと、心に決めた。
貴族街に入れば途端に人通りは少なくなり、時折すれ違う馬車に驚かれ、それでも無事に白宮の吊橋門へと辿り着いた。
真白な皇宮を見上げ、私は今日一番の大きな溜息と共に、胸の中でひとり喝を入れるのだった。
さて、ここからが始まりだ・・・
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引き続き、男前令嬢のエスカルダの応援、宜しく御願い致します。