14 Cランク冒険者
遅くなりました
高難易度の依頼書をなんの躊躇いもなくギルドの受付に持って行ったのを見て、俺も他の奴ら同様に、田舎出身の冒険者が田舎で上げたランクで帝都の依頼に挑む無謀なパーティー・・・と考えていた。
見たことのない三人パーティーは、どう見ても身分が高そうではある。
特に、真ん中を歩く背の高い紅い髪の女が。
そしてその感覚が正しいかのように、前後の男と小さめの女は従者のような動きだ。
貴族階級の奴らが家を継げないからと、金で装備を整えて冒険者になることはそれほど珍しくもないが、多くもない。
それが女ともなれば、珍しさという点では俺も初めてお目に掛かる。
田舎出の冒険者も帝都の冒険者もランクが上がる条件は変わらないが、田舎の方が些か基準が甘いのは暗黙の了解となっている。
そうでもしなきゃ、田舎の高ランク依頼を誰も受けられないってことになるからな。
だからこそ、貴族出の冒険者は田舎でランク上げをしているのが多いと聞いた。
このパーティーもそうなのだろう。受付をしたギルド職員の様子が明らかにおかしいのは、やはり貴族階級だったからなのではないか・・・
受理された直後に再び絡んで行ったCランクの冒険者に気を取られ、ギルド職員の言葉は俺の方まで届くことはなかったが、田舎でランク上げしたお貴族様と考えていた俺には特に気にはならなかった。
「だから!本当にお前ら三人でその依頼を達成出来るのかって言ってんだよ!!」
唾を飛ばして声を張り上げる冒険者に、紅髪の女冒険者が不思議そうに首を傾げた。
「受付で受理されたのだから、達成できるとギルド職員は判断したのではないか?」
女冒険者の正論に絡んだ奴は言葉を飲んでいたが、奴らが言いたいことはそこだけじゃないと、俺は分かっていた。
「そうだとしてもだ!お前らの装備は格差がありすぎんだろうが!!貴族階級の冒険者か知らんが、侍女を一緒に連れて行くのはおかしいだろう!しかも、装備がお仕着せなんて、その女を死なす気か!!」
そう、一番の懸念はこの三人パーティーの装備だ。
唯一の男と、紅髪の女の装備は良いものだと見た目でも分かる。何の素材かまでは正直言って俺にも分からないが、金に物言わせて集めたのだろう。
なのに、小さい女の装備は装備とは言えない、侍女が着るお仕着せのままだった。
パーティーが組めているということは、この侍女も冒険者登録をしているのは理解出来ている。ギルドカードを出しているのも見ていた。
ランクは分からなかったが・・・・・・
それでも、絡んだCランク冒険者が言う通り、さすがに紙装備の女を依頼に連れて行くのは危険過ぎる。
周囲で遠巻きに見ていた他の冒険者たちもウンウンと頷いていたし、受付のギルド職員が侍女を見てパーティーメンバーだったのかと驚きに目を見開いていたのを見ても、Cランク冒険者の言うことは間違っていない。
だが、紅髪の女はやっと合点がいったという表情でひとつ頷き、問題無いと妖艶に笑って見せた。
「ルルの装備を心配してくれていたのだな。そう言うことなら、問題無い」
「何が問題無ぇってんだ!?」
「このルルのお仕着せ装備は、彼女本人の希望なのだ。確かに見た目はお仕着せそのものだが、ベースはデビルパンサーの皮を使っている。黒く艶めいたデビルパンサーの皮は魔法防御に特化しているし、皮の裏面には私の兄が物理防御を上げる付与を掛けた裏地が縫い合わされているから、ちょっとやそっとの攻撃には優に耐えられるだろう。足を負傷しては大変だから、ブーツは雪竜の皮で仕立てて頑丈さと軽さ、そして素早さを上げているので問題ないとは思うぞ」
デビルパンサーに、雪竜?
俺ですら実物を見たのはデビルパンサーくらいで、それも二度程だ。雪竜なんて名前と絵姿はギルドの図鑑で見たことはあるが、実物にお目に掛かったことはない。
見たことのあるデビルパンサーも、Aランクパーティーが二組、総出でボロボロになってやっと討伐していた。俺はその討伐に勉強のために見学として付いて行ったのだが、まさか自分の命まで危うくなるとは思っていなかったので、大分高くついた勉強だったのを覚えている。
「え・・・は?ブラッ・・・なんだって?雪竜?」
Cランク冒険者も、まさかの災害級素材に狼狽えて言葉がしっかりと出ていなかった。
「確かに・・・私とサディコの装備に比べればそれほど珍しい素材でもないし、高くもないから心許ないと言えば心許ないのだが・・・お仕着せにしようと思うと、どうしても素材に制限があってな・・・だが、ルルの希望は聞いてやりたいし・・・」
「エスカルダ様、私はこのお仕着せで充分で御座います。何よりエスカルダ様が直々に狩ってくださった素材ですもの、これに勝るものは御座いません」
侍女の言葉に、ギルドに居た奴ら全員がエスカルダと呼ばれた紅髪の女冒険者を見た。
信じられない・・・と言う顔が一様に広がる。
いや、俺も全く信じられない。しかも、このルルと言う侍女の装備よりサディコと呼ばれた男とエスカルダと言う女冒険者の装備の方が素材が貴重で高いって・・・・・・
ちょっと良く分からない。
デビルパンサーは戦災級で、雪竜は災害級に分類された魔物だったはずだが、それ以上の素材というと、なんの魔物なんだ?
そもそも災害級は皇帝や国王が討伐隊の騎士団を編成し、高ランク冒険者を何組も雇って討伐しにいく魔物だ。その災害級の雪竜の皮をブーツに使う?
・・・いやいやいや、雪竜の討伐が本当だとしたら、その素材は皇族や王族に献上されるべきものだし、そもそもブーツになど使わない。
装備に使ってもマントやインナーだろう。いや、装備にも使わないか・・・希少素材として城の宝物庫に眠る運命かもしれない。
皆がみな、俺と同じように意味が分からないと頭を振っていた。
「まあ、ルルが良いと言うので心配は無用だ。それに、ルルには傷ひとつ付けないよう、私が守るとここで誓おう」
「エスカルダ様・・・・・・」
侍女は頬を染めてうっとりとエスカルダと言う女冒険者に見惚れながら、その胸に擦り寄るようにピタリとくっついた。
「さあ、もう良いだろう。早く依頼を達成しなければ、薬師が困ってしまうからな。サディコ行くぞ」
「はい」
「待ってくれ!」
侍女の肩を抱いて男前に出発しようとする女冒険者に、俺は反射的に声を掛けていた。
声を掛けるつもりは毛ほども無かったのに、何故だか身体と声は俺の考えを無視して勝手に動く。
「・・・まだ何か?」
サディコと言う男の冒険者の方が、不愉快という表情を隠そうともせずに声にも険を乗せて聞き返してくる。
その迫力に飲まれそうになるが、グッと堪えて俺の口が勝手に言葉を発した。
「その討伐以来、俺も付いて行って良いか?今後のためにも、勉強させてくれ!」
頼む!と頭が勝手に下がる。
俺は一体何を言っているんだ!と頭で思ってはいるが、身体がこのパーティーに付いて行きたいと正直に動いていた。
きっと断られるだろう・・・そう思っていたが、返ってきた答えは「構わない」と言う女冒険者のあっさりとした言葉だった。
彼女の言葉には、サディコと言う男も何も言わないらしい。
良いと言われた俺は、自分でも信じられないくら気持ちが高揚して喜んでいた。
「よ、宜しく御願いします!」
もう一度頭を下げると、クスリと笑う声が小さく聞こえた。
「ちょ、ちょっと待て!だったら俺も行くぞ!!」
さっきまで放心状態で佇んでいたCランクが、彼女と俺の話の間に割り込んでくる。
「なんでだよ、あんたらは彼女のこと侮ってただけだろ」
「ち、違うぞ!心配して声をかけたんだ!!」
さっきとは言っていることが正反対だ。
「付いて来たい者は付いて来れば良いし、私は構わないがそろそろ出発して良いだろうか?」
俺とCランクが睨み合っていると、彼女が急かすように扉の方を指差した。
「はい!俺はソロCランクのデンターです!勉強させて貰います!!」
こういう時はしっかりと低姿勢で・・・と、師匠から学んだ俺は、自分のランクと名前を言う。それを真似して、同じCランクが声を張り上げた。
「俺はソロCランクのバンタムだ。心配して付いて行く分には問題無ぇだろ」
コイツ、絶対この性格のせいでパーティー組めないんだな・・・・・・自分も人のことは言えないが。
「そうか、丁寧な自己紹介に礼を言う。私はエスカルダ、ソロSランクだ。こちらのサディコはAランク、ルルはBランクだ」
エスカルダ様の言葉に、ギルド内は一瞬のうちに沈黙し、そしてすぐさま騒然とした。
Sランク・・・他の二人も俺より上・・・そりゃあ、高難度依頼も受けられるわけだよ・・・いくら田舎でランク上げしたからと言って、Sランクにはなれない。
そもそも、Sランクがこの時代に数人しかいないのに、そのうちの一人が今目の前にいるのだ。奇跡としか言いようがないだろう。
騒然としながらも、俺も付いて行きたいと手を挙げる奴らが続出する中、困ったような表情をしたエスカルダ様は「今回は急いでいるのでこの二人のみだ」と、バッサリと希望の挙手を切り捨てた。
心配で付いて行くと言っていたバンタムは、掌を返すように「俺が選ばれたんだ!お前らは自分たちの依頼に行きやがれ!!」と叫んでエスカルダ様から離れようとしなかった。
やっとのことでギルドの外へ出ると、エスカルダ様が振り返って今回の討伐の要点を伝えると言った。
どんな作戦なのだろうと隠しきれないワクワク感が顔に出てしまう。横のバンタムも同じようなものだ。
「今回のウサギ狩りだが・・・」
一頭で人災級、集まれば戦災級とも言われるホワイトビッグラビットをウサギ狩りと称したエスカルダ様に、俺はSランクの余裕を見て期待に胸が高鳴った。
「今年の冬に良いコートやマントが出来るだろうから、土産に毛皮を持ち帰る。なので出来るだけ無傷で殲滅する」
「「はい」」
・・・・・・は?
簡単に返事をするサディコさんとルルさんに、俺もバンタムも目が点だ。
戦災級になっているであろうホワイトビッグラビットの群れの討伐を、無傷で行うって言うのはどういうことなんだ・・・?
毛皮が欲しいと言うことは理解出来るが・・・・・・
「デンターとバンタムは、怪我をしないように見学すること。あと、少し急ぐからしっかり付いて来るように」
「私たちは使わないが、お前たちは身体強化を掛けたほうが良いだろう」
エスカルダ様の言葉の後に続いたサディコさんの言葉に、俺たちは何度目かの疑問に首を傾げた。
それでも「分かりました」と返事を返して頷いておく。
「では、ウサギ狩りに出発!ルル、疲れたらすぐに言うんだぞ」
エスカルダ様に促され、ルルさんがコクリと首を縦に振った。
「もし見失ったら、この場所まで来い」
サディコさんが依頼書を俺に渡して来た。
見失う・・・とは?幾度となく疑問が浮かぶが、とにかく頷く。とりあえず、どうにかなるだろう。俺もバンタムも、曲がりなりにもCランクなのだから。
背を向けたエスカルダ様に、置いて行かれないように気合を入れ直す。彼女が一歩目的地へ踏み出した・・・と思った瞬間、その背は既に十メートル程前にあった。
もちろん、サディコさんとルルさんの背も・・・・・・
ちょっと・・・頭が追いつかない。
「お、おい、あの人たち歩いてたよな?」
「ああ・・・なのに、追い付けない」
俺たちはと言うと、サディコさんの言葉を思い出して身体強化をかけて全力で走って追いかけている。
なのに、やっぱり追い付けない。
既にあの三人の背中は豆粒ほどの大きさだ。もう数秒もすれば見失うだろうことは明白で・・・
「Sランクって、化け物なのか・・・?」
バンタムの言葉に、俺は同意の返事しか出来なかった。
いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます!
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今後とも、エスカルダの応援宜しく御願い致します!