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13 いざ、帝都冒険者ギルド

 早朝、未だ太陽が昇りきらない空を見上げ、私はシンと静まる白宮を背に昨日入ってきた門から今まさに出て行こうというところだった。

 皇族の皆様はまだ就寝しているであろうこの時間帯に、大門は開いていない。入城証を持つサディコを先頭に、ルルーシュを引き連れ小脇の小門へと近付くと、証書を見せて難なく城外へと出ることが出来た。


 陛下が調査すると言った通り、昨夜の就寝前にもう一度事実確認と、やはり私のスープにだけ毒物が混入していたことを知らせに筆頭バトラーであるマクレイン殿が部屋へとやってきた。

 犯人らしき者は既に捕らえられており、これから尋問ですと丁寧に経過を報告してくれたマクレイン殿に、最大限の感謝を伝えたのはサディコだった。

 サディコ曰く、淑女が夜着姿を男性に見せるものではない。と言うことらしいのだが、ならサディコは・・・と言葉ではなく表情で問うてみると「私は侍従であり護衛ですから」と、何故だか胸を張って言われた。

 まあ、今更サディコの前で淑女も何も無いのだが・・・・・・

 ちなみに毒の有無の確認は、既に混入していることが分かっていたので、丁度刑執行を控えていた罪人を使ったらしい。


 本来であれば、白宮にダンジェの者が誰一人居なくなることはあまり良いとは言えず、ルルーシュを置いてこようかとも思っていたのだが、ルルーシュ本人が一緒に行きたいと珍しく強請ってきたので連れて来た。

 ジュラルト皇太子殿下にもシュス様にも伝令蜂を渡してあるし、陛下も私の伝令蜂と魔力交換をしてあるので緊急時でも問題無く連絡は取れるだろうと、取り敢えずマクレイン殿にだけ行き場と目的を告げて白宮を出て来て今に至る。


 昨日の殿下と姫君たちのお茶会で、婚約者候補とは完全に飾り物で、殿下の本命は決まっていると見せられたのだから、おいそれと私にお声が掛かることもないだろう。

 今日のお茶会の招待状が手元に届いていないのはそういうことだ。

 帝都では領地へ帰らない限りは特に行動の制限は無く、なんとも気が楽な召喚だと口には出さないが胸中ではホッとしていた。

 正直、淑女の礼を取りながら一日中粛々しているのは性に合わない。可愛らしい姫君と楽しく語らい合うのは悪くは無いが、目の前から消えぬお茶と菓子には流石に胸焼けを起こしそうだし、無残に残される食事たちには悲しくなる。

 あれだけの残飯を毎日出してるとしたら、食べきれない分を民へと与えればどれだけの者がその腹を満たすことが出来るのか・・・・・・

 アルナールの当たり前が全ての当たり前ではないと分からないほど世間知らずだとは思わないが、どの町にも必ず貧困層がおり、それを含む民の三割が毎日満足に食事も摂れないのは貴族であれば誰もが知り得ることの出来る事実だ。

 だが、我がアルナールだけは魔物の脅威と戦うために領民を鍛え上げたため、食べ物を買う金が無いのなら狩れば良いというのが定石となっており、更に言えば狩った魔物は肉だけでなく素材を売れば金になるということもあって、貧困層というものが存在しなかった。

 それだけではない。アルナール特有の弱き者を守るという気質が、飢えに怯え苦しむ者を放って置くのを許さないのだろう。


 そんなアルナールと帝都の違いに、私は胸が熱くなるのを感じていた。それは、紛うことなき誇らしいと言う感情だ。


 朝からこれほど気分が良いのは、やっとまともに魔物を相手出来るからなのか、白宮から続く貴族街を颯爽と徒歩で抜ける私たちの姿に、各屋敷のメイドや庭師が呆気に取られて此方を凝視しているのを私は全く気にも留めていなかった。


 後からサディコに、私たちの歩く速度が速すぎて驚いていたんですよと教えて貰い、帝都では冒険者であっても歩く速度にも気を使わなくてはいけないのか・・・と新たな常識に小さなため息が漏れたのは秘密だ。


 静かな貴族街を通り抜け商店が立ち並ぶ城下に出ると、やっと街らしい喧騒が耳を楽しくさせる。

 朝食を求めてくる冒険者や職人のためなのだろう、下拵えをする良い匂いに、品出しに精を出す木箱のぶつかり合う音。小さめの幌馬車には仕入れたての商品を所狭しと乗せ、元気に整えられた石畳を走っている。

 服や雑貨を売る店はまだまだ灯りが点く兆しはないが、その店構えからさすが帝都と言える洗練された雰囲気が窺えた。


 賑やかな音を立てて目覚める街の情景をのんびりと眺めながら、それでも冒険者ギルドへ向かう足はそのスピードを緩めない。

 私としては歩いている意識しかないが、町娘の横を通り過ぎればその勢いで髪や衣服が靡く程度にはスピードが出ている。

 今も、若い可愛らしい娘が私たちの立てた風にスカートを巻き上げられて、慌てるようにそれを手で押さえていた。


「すまない、苦情があれば冒険者ギルドにエスカルダの名前で問い合わせてくれ」


「えっ、あ・・・いえ!」


 通り過ぎざま、その愛らしい娘に片手をあげて声を掛ければ、やはり頬を赤く染めて大丈夫だと手を振られた。


「エスカルダ様はまた若い娘に・・・・・・」


 ルルーシュが何か小声で呟いたが、後ろへ流れていく風に飲まれ私の耳にははっきりと届かなかった。


 冒険者ギルドは国によって形や外観が決められている。それは、ひと目見てすぐにギルドだと判るための配慮だ。

 そのため、カルディア帝国帝都の冒険者ギルドも、辺境の地アルナールの冒険者ギルドも、形や外観は全く同じだった。

 違うのは、その中身だろう。

 内装はその領地や町に合わせたものが多く、ギルドの受付に立つ職員も各地で違う。違うと言うのは、男性職員しかいなかったり、反対にギルドマスター以外は女性職員だけだったりと、何やらそこそこで拘りがあるらしい。


 ちなみに、アルナール領のダンジェにある冒険者ギルドの受付は、成人の儀を終えたばかりの若い者が五年の契約で立つ。

 そこに男女の垣根は存在しない。アルナールの成人の儀が終えたということは、男女関係なく一人で小型の魔物は狩れるようになったということだ。

 大人に守られることのない、正真正銘の成人。

 現在の最年少は十四歳で、この成人の儀が終えるまでは幾つになっても子供扱いとなる。晴れて一人で魔物を狩れるようになると、若者たちは半分が冒険者ギルドへ就職し、アルナールの屈強な冒険者相手に依頼や金銭のやり取りをして精神と知識を鍛えていく。


 と、旅立って幾日も経たぬというのに、再び懐かしむようにアルナールのことを思い出しては寂しさを胸に抱えるを繰り返し、サディコの声で帝都の冒険者ギルドに着いたことを気付かされた。

 なんの気負いもなくサディコが扉を開けば、早朝に張り出される真新しい依頼を目的に集まった冒険者たちが、幾つかのテーブルと椅子が置かれた休憩場所にある大きな掲示板に群がっていた。


「ん、少し遅かったか?」


「いえ、それだけ帝都の冒険者に活気があるのでしょう」


 サディコの言葉に頷いて、人だかりの出来た依頼ボードへと近付いて行く。

 すると、背後の私たちの気配に気づいたのか、一人が後ろを振り返りその動きを止めた。自分のパーティーメンバーの異変に気付いたのか、更にその横の男も振り返る。再び動きが止まる。


 どうしたのだろうと一瞬思いはするも、顔の通っていない帝都ではこんなもんだろうとすぐに意識を依頼ボードへ戻した。

 サディコもいつものことだと言う様に気に留めず、人垣を気にせず前へと進む。

 あれだけ群がっていた冒険者たちが、今では花道を作るように両脇へと寄り、私たちが依頼ボードの目の前まで辿り着いても尚その視線を離すことがない。

 居心地良いとは言えないが、気にするなと言われれば特に気にもならない。そんな視線の中、サディコが私に先頭を譲って依頼ボードを見易くしてくれた。


 貴族も商人も国民も多いこの帝都では、依頼の数もかなり豊富だ。その内容はアルナールとは違い、どのランクもかなり多岐に渡っている。

 ランク分けされたものを、低ランクも漏らさず全て確認する。

 今日一日で受けられる依頼はないか・・・面白そうで手応えのありそうな討伐依頼はないか・・・アルナールでは少ない護衛依頼も、かなりの量があり見ているだけで楽しい。


 そんな依頼ボードに、数枚少し色褪せた依頼用紙が貼り付けてあった。色褪せたそれは、誰も手に取らなかったことを表しており、と言うことは今この帝都にいる冒険者では難しいか、依頼料を貰ってもやりたいと思えない低級の依頼か、だ。

 色褪せて尚、絶対に目に付く中央付近に張り出されているのだから、前者なのだろう。

 もう一歩近付き、依頼内容に目を走らせる。


指定ランク:A〜

依頼内容:ホワイトビッグラビットの群れの討伐

達成報酬:一頭につき金貨二十枚

達成条件:ホワイトビッグラビットの群れの殲滅。後に殲滅確認に調査員を向かわせます

必要納品:ホワイトビックラビットの前歯(討伐数分)


 私の思考が一瞬止まる。


「サディコ・・・・・・」


「はい、なんでしょう?」


「ウサギ狩りの依頼が、どうしてAランクからなのだ?これは・・・」


 言い掛けたところでサディコの顔を見ると、小さく首を振られた。

 その動作に口を噤む。


 まあ、いい。ウサギ一羽に金貨二十枚と破格の報酬なのだ、取り敢えず受けてから考えよう。

 それにしたってウサギに金貨二十枚・・・アルナールじゃせいぜい肉と毛皮で金貨五枚にしかならない魔物だ。

 ビッグと付きながらその大きさは中型、成人した者の一番初めの中型討伐に選ばれる魔物だ。もちろん、討伐するときは一人で行う。

 そんなことを考えながら、色褪せた用紙に手を伸ばして勢い良く剥がした。


 剥がした瞬間、静まり返っていたギルド内からどよめきが起こった。

 私が依頼用紙の剥がし方を間違えたのかと訝しげにサディコを見たが、特にそんなこともないらしい。

 ならばと気にせず依頼用紙を持って来た道を戻ろうとすると、その行手を数名の冒険者に止められた。


「おい、見ねぇ顔だがどこのギルド所属だ?Aランク依頼に手出して涼しい顔してるところを見ると、どこか田舎のBランクかぁ?」


 因縁・・・と言うのだろうか?初めて向けられる不遜な態度に、珍しさのあまり目を見張ってしまった。


「怖くなって声も出てねぇじゃねぇか!」


 周りの幾数人の冒険者が同じように豪快に笑う。

 自分のランクよりひとつ上まで受けられるギルド制度に、私たちはどうやらBランクだと思われて、依頼達成が難しいのじゃないかと心配されているようだった。

 何故そう思ったかは、背後のサディコもルルーシュも特に殺気立ってもいなかったため、目の前の冒険者はきっと好意で言ってくれているのだなと解釈したのだ。

 先の不遜な態度も、きっと照れ隠しなのだろう。冒険者とは、得てして皆かなり照れ屋だ。


「忠告をありがとう。照れ隠しにも不遜な態度で心配してくれたようだが、それには及ばない」


 そう言って大柄の冒険者の横を通り過ぎようとすると、再び行手を阻まれる。


「そ、そうじゃねぇよ!」


 ではどういう事なのだと首を傾げて見せれば、目の前の男は顔を赤くして言葉を詰まらせた。


「・・・時間が惜しいので失礼する」


 二度目の通過は遮られることなく、すんなりと通ることが出来た。

 少し足を早め受付まで来ると、先のやり取りを見ていたのか、気弱そうな少年とも言える年のギルド職員が大丈夫かと聞いてきた。


「問題ないので、依頼を受け付けてください」


 少年職員は色褪せた依頼用紙を見て目を見開き、次いで交互に私とそれを見比べる。


「あ、あの・・・本当にこの依頼を受けてくださるんですか?」


「はい、なにか?」


「この依頼・・・ずっと誰も受けてくれなくて・・・この群れの場所は薬師にとっては良い薬草の生える場所なんです。ですが、ホワイトビッグラビットのせいで薬草も減って、減った薬草も群れのせいで採集に行けずで、貴重なポーションの材料が揃わず最近では軍へ卸すポーションも作れないって嘆いていたんです・・・」


 眉を八の字にして依頼用紙を見詰める少年職員に、私はニコリと笑ってみせた。


「では、明日からは採集に出られるでしょうから、薬師の皆さんにそう伝えておいてください」


 私の言葉に、少年職員は一瞬何を言われているのか分からないと言う顔をする。


「え?群れですけど・・・今日一日で終わるんですか?」


「え?何日もかけてやる条件ってありましたっけ?」


 私の見落としかと用紙を覗き込めば、少年職員がイヤイヤと首を振った。


「す、すみません!失礼なもの言いでした!!どうか、早急の解決を御願いしたいです」


 頭を下げる少年職員に「了解した」と力強く応えれば、不安そうだったその顔にやっと笑顔が戻った。


「では、改めて依頼の受付を致しますのでギルドカードをご提示ください」


 丁寧に言われた言葉に従い、自分のギルドカードと背後の二人のカードも出す。


「あ、そちらの女性もパーティーメンバーなんです・・・ね?」


 首を傾げてルルーシュを見る少年職員に、私も首を傾げる。


「はい」


「わ、わかりました。えっと、皆さんの所属とランクは・・・・・・ひっ!?」


 勢い良く息を吸い込んだ少年職員から、声にならない声が漏れる。

 何か不手際でもあっただろうかと背後の二人を見れば、二人揃ってニコニコと微笑まれた。


「ア、アルナール領の・・・Sランク」


 目の前の私にははっきりと聞こえた少年職員の声だが、周りには聞こえなかっただろう、それだけ小声でランクを呟かれる。


「う、後ろの二人はアルナールのAランクとBランク!?」


 周りに聞こえない声は、隣の同僚には聞こえていたのか、隣に座っていた男性職員も驚愕!と言う言葉を体現するかのような顔で凍りついたように動かなくなっていた。


「サディコ・・・」


「はい?」


「Sランクって、そんなに珍しいのか?」


「まあ、元々少ないランクですね。付け加えると、アルナールのギルドカードはどこの国や領地に行ってもワンランク上に確定されます。なので、私は通常ギルドのSランク、ルルーシュに関してもAランクと見做されます。エスカルダ様におかれましては・・・ちょっと何ランクになるか分かりませんね。そもそも、ランクはSまでですし」


「そ、そうか・・・」


 ここでも、私の常識が通用しないものがあるのか。

 私たちの会話は最小限の唇の動きと声だけだったため、目の前の少年職員にも聞こえていなかったらしい。

 ブツブツつ何かを呟きながら、未だに依頼用紙とカードを何度も何度も往復して見ているのだった。


 私たちは無事に受け付けて貰えるのだろうか・・・・・・


いつも読んでくださりありがとうございます!

コメント・ブクマ・評価・誤字脱字報告をしてくださる皆様、ありがとうございます!

今後とも、エスカルダの応援、宜しく御願いします!!

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