00話『プロローグ:お嬢様の表と裏』
高貴なお嬢様とイチャイチャするラブコメです!!!!
日本で三指に入る名門校――貴皇学院。
かつて総理大臣や有名企業の社長など、国の中核を担う人材を輩出してきたこの学院には、今も富豪の子女たちが数多く在籍している。
生徒たちの進路は殆ど政治家か経営者に二分されており、その授業内容は必然と高度なものになっていた。豪奢なお屋敷のような学び舎だが、そこに通う生徒たちは蝶よ花よと育てられるわけではない。貴皇学院では常に、一流の教師たちによる一流の授業が行われている。
しかし、そのような特殊な学院にも、スクールカーストというものは存在する。
現在、貴皇学院の頂点に君臨するのは一人の少女だった。
総資産は凡そ三百兆円。
この国に住む者ならば誰もが知っている財閥系――此花グループ。
その令嬢である、此花雛子だ。
「此花さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
琥珀色の髪をたなびかせた彼女は、清楚な笑みと共に挨拶を交わした。
「ああ、今日も素敵ね……此花さん」
「俺、あの人と同じクラスってだけで、この一年間幸せに過ごせそうだ……」
背筋を真っ直ぐ伸ばして、気品を醸し出しながら少女は学院を歩く。
廊下を歩くだけで注目を集めるほどだ。少女が教室に入ると、席に着くまでの間に、彼女に話しかけたい者たちの行列ができることもある。
「こ、此花さん! 今日の放課後、庭園でお茶会を開くつもりなのですが……よ、よろしければ一緒にどうですか?」
「素敵ですね。是非、参加させていただきます」
「此花さん。この前の授業でちょっと分からないことがあったんだけど……」
「私でよければ伺いますよ」
容姿端麗で文武両道で才色兼備。
非の打ち所がない彼女は、一部では完璧なお嬢様と呼ばれている。
人気者で、いつも色んな人に囲まれている彼女を――俺は遠くから見守っていた。
「よお、西成。お前また此花さんのこと見てたのか」
隣に座る男子生徒から声を掛けられる。
「……バレましたか」
「やめとけって。流石にあの人は、高嶺の花だぜ?」
高嶺の花ねぇ……。
学院で唯一の庶民である俺にとっては、この学院に通う女子生徒、全員が高嶺の花だ。
「っと。次は移動教室か。俺、トイレ寄りたいから先行くわ」
そう言って学友は、教室を出て行った。
授業の合間の休み時間。クラスメイトたちが廊下に出たあと、俺はゆっくりと彼女に近づく。
「此花さん、そろそろ移動しないと授業に間に合いませんよ」
教室には俺と彼女の二人しかいない。
完璧なお嬢様とまで呼ばれるその少女は――机に突っ伏したまま微動だにしなかった。
「此花さん?」
「……口調」
「……我儘言ってる場合じゃないですって。ほら、早く」
「口調」
少しだけ語気を強くされる。
俺は周囲に人影がないことを確認してから、その要望に応えることにした。
「……雛子。さっさと移動するぞ」
そう言うと、少女はふにゃりと顔を綻ばせる。
「えへー……」
完璧なお嬢様とは程遠い、だらけきった様子だった。
少女はゆっくりと上半身を起こし、両手を俺の方へ向ける。
「だっこしてー」
「……勘弁してくれ。そんなことして、人に見られたらどうするんだ」
「私は別にいいけどー……」
「俺が此花家に殺されるわ」
そう言うと、少女は唇を尖らせた。
「授業行きたくなーい」
「駄目だ」
「帰りたい。寝たい。ポテチ食べたーい」
「ポテチなら屋敷に帰ってから用意するから、いい加減、動いてくれ」
「ぬー……」
どうしても動かない少女に、俺は溜息を吐いた。
仕方ない。無理矢理、引っ張って教室から出そう。
そう思った直後――不意に、ガラリと教室の扉が開いた。
「あら、二人ともまだ残っていたんですか。次は移動教室ですよ?」
担任の女教師が、教室に残る俺と少女を見て言う。
「あ、いや、その――」
「――すみません。少し授業で分からないことがあったため、西成君と話し合っていました」
咄嗟に言い訳が出なかった俺の代わりに、いつの間にか立ち上がっていた少女が説明した。
その表情は、先程までの甘えきったものではない。
学院の生徒たちが良く知る、完璧なお嬢様のものだ。
「そうでしたか。休み時間も勉強に勤しむとは感心ですね」
先生が頷きながら言う。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で、少女の方を見た。
「どうかしましたか、西成君? そろそろ教室へ向かいましょう」
「………………………………そうですね」
相変わらず、人前に立っている時は完璧な演技をしてみせる。
釈然としない気持ちで頷き、彼女と共に教室を出た。
俺は天才でもなければ秀才でもないし、実家は金持ちどころか、その対極と言っても過言ではない。
平凡な庶民である俺が、どうしてこんな名門校に通うことになったのか。
その理由を語るには、一ヶ月前の事件について説明する必要がある。
全ては俺が――此花雛子のお世話係になったことで、始まった。
【書籍情報】
本作はHJ文庫様にて書籍化しています。
現在3巻まで発売中です。
書籍版はweb版と比べて大量に加筆しており、最高に美しいイラストもついていますので、是非そちらもお読みください!!
カバー見たら分かりますが、本当に綺麗なイラストを描いていただいています!