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結婚代行

作者: 村崎羯諦

「では、これより南晴彦、彩芽の神前式を始めたいと思います。なお南晴彦本人は、仕事の都合上参加が難しかったため、本日はこちらの男性が、南晴彦の代理として結婚式に参加しております」


 結婚式会場の司会がそう挨拶をすると、祭壇の前に立つ新郎代理が列席者へと頭を下げる。


「では、皆様、入り口へご注目ください」


 オルゴール調の音楽とともに教会の扉が開き、ウェディングドレスを着た女性とタキシードを着た初老の男性が姿を現した。


「新婦南彩芽、およびそのお父様である高橋雄三もまた仕事の都合上参加できなかったため、新婦代理とお父様親代理両名の入場となります。皆様、惜しみない拍手をお願いいたします」


 二人がヴァージンロードを歩き出す。席に座っている数人は彼女に手を振り、中にはハンカチで目を押さえている者もいた。一歩ずつ新郎代理の方へと二人は近づき、そして、父親代理から新郎代理へ新婦代理の手が受け渡される。式場専属のカメラマンがここぞとばかりにシャッターを押し始める。


「では、誓いの言葉の代理を……」


 司会者が祭壇の前に立つ男性に声をかける。子供の看病で来られなくなった神父の代理として祭壇に立っている男性はこほんと咳払いをし、不慣れな手付きで分厚い聖書をめくりはじめる。


「新郎代理、新郎南晴彦がここにはいない新婦南彩芽を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」


 新郎代理が力強く頷く。


「新婦代理、新婦南彩芽がここにはいない新郎南晴彦を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓いま……」

「その結婚、ちょっと待った!!」


 新婦代理が誓いの言葉をつぶやこうとしたその時、大きな音とともに教会の扉が開かれた。列席者も新郎代理、新婦代理も、みなが扉の方へと顔を向ける。そこにいたのは、息を切らした一人の好男性だった。


「彩芽……お金のためだけに好きでもない男と結婚するなんて間違ってる……。そんなの絶対に幸せにはなれない! だから、こんな結婚式から今すぐに逃げよう……。だけど……」


 男が演説調でそう話しながら、ゆっくりと二人のもとへと近づいていく。


「本人は仕事の都合でどうしても来られなかったので、私がその代理として連れ出しに来ました」


 こんな映画みたいなことが起きるなんて! 友人代理や親類代理としていた列席者は突然の出来事に色めきだつ。略奪男代理が新婦代理の前にやってきて、ゆっくりと手を差し伸ばした。


「俺と一緒に行こう、彩芽」

「そんなこと言われても……こういうことはクライアントと相談しないと……」


 同じ派遣会社の先輩である新郎代理がこほんと咳払いをして注意する。自分の役割を思い出した新婦代理は、ハッと息を飲み、再び新婦代理としての役割へとスイッチを切り替える。そして、周りの人間の様子を伺いながら、どちらが正解であるかを必死に考え、おずおずと略奪男代理の手を取った。そして、そのまま二人は新郎代理や列席者を置き去りに、式場から飛び出していった。


 ホテルの階段を下り、外へと出て、タイミングよく路肩に停まっていたタクシーを捕まえる。略奪男代理はウェディングドレスを着たままの新婦代理とともに車に乗り込み、運転手に行き先を大声で伝える。男に急かされるようにして、運転手が車を発信させる。ガクンと大きく車体が縦に揺れ、交通量の多い道路を右へ左へギザギザに進んでいく。


「おい、危ないじゃないか。もっと上手に運転してくれ!」

「そう言われましてもですね……」


 運転手はバックミラー越しに申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「私は病気で休みの運転手の代理なんです。なので、タクシーなんて運転したことありませんし、ましてや運転免許証すら持っていないんですよ。むしろ、こうやって前に進んでるだけでも褒めてもらいたいくらいです」

「前っ! 前っっ!!」


 新婦代理が大声で叫ぶ。タクシーは赤信号を無視して交差点へと突っ込んでいく。横から猛スピードで走行してきた車に接触し、タクシーがベーゴマのように回転し始める。他の車とぶつかり、歩行者を撥ね、そのまま角に立地するコンビニへと真正面から突っ込んた。クラクションと悲鳴の嵐の中、横転したタクシーの中で略奪男と新婦代理は気を失った。二人の目が覚めた時、目の前に立っていたのは紺色の制服を着た警察官代理だった。


 道路交通法違反やら不貞行為やら何やらで略奪男代理は裁判にかけられることになった。弁護士代理と検事代理に続いて、裁判官代理が法定に入る。


「えー、本来出廷するはずの裁判官は、もっと重要な他の事件に取り組まなければならないので、代理としてこの私が裁判官の代理を務めさせていただきます。正直、法律とか全然わからないんですが、何となく気に食わないので死刑!」


 カンカンと木槌が叩かれ、判決が確定する。左右に立っていた警備員代理が略奪男代理の肩を掴もうとしたが、略奪男代理は大声でわめきながら彼らを退け、そのまま飛び出すように法廷から逃げ出した。裁判所の外へ出て、略奪男は駆けるように走りながらも助けを求めて必死に周囲を見渡した。しかし、誰も彼もが誰かの代理で、略奪男代理を助けてあげられるだけの余裕や責任を持っていなかった。誰でもいい、自分を助けてくれる人は居ないのか。略奪男代理の口から悲痛なうめき声が漏れる。


 息も絶え絶えになり、体力の限界も近づいたその時だった。略奪男代理は高架線下にダンボールを敷いて横たわっている一人のホームレスを発見した。誰かの代理ではない本物の人間。略奪男代理は襲いかかるように彼の身体に飛びつく。そして、困惑した表情を浮かべるホームレスに向かって、略奪男代理は血相を変えた表情で訴える。


「すいません、急な話で悪いのですが……死刑の代理をお願いできませんか!?」

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