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サークル参加者は、午前七時には会場入りできるらしく、すでに僕たちよりも先にここへ来てある程度の設営の準備はしていたという。
サークル参加者専用の入場口から会場へ入ることができる。
会場へ入ると、まだお客さんが一人もいないというのに熱気が伝わってきた。
各々のサークル参加者たちが忙しなく設営の準備をしているからだ。これからくる戦争に誰もが覚悟を秘めている。
「では女性たちにはここサークルスペースでの設営を手伝ってもらうでござる」
「? では自分たちは?」
「不動先生と伏見殿には拙者と一緒に荷物引渡し場所へ向かってもらうでござるよ」
そこには印刷所から直接印刷した同人誌などが届いているとのこと。
もこ姉さんが繭原さんたちに、設営の仕方をざっくり教えたあと、僕たちを連れて荷物引渡し場所へ向かった。
「お、おお……結構多いなこりゃ」
段ボールに入って届くようだが、確かにもこ姉さんが依頼した荷物の数はかなり多かった。
「……よっと」
「うわ、さすがだな不々動、段ボール三つって重くねえのかよ」
「これくらいなら大丈夫です」
「いえいえ不動先生、それで約五十キロくらいあるんでござるが……」
そんなにあったのか。ならあと一つくらい重ねられるが危険ということで、あとでまた取りにくることになった。
そうしてすべての荷物を運び終わったあとは、設営の手伝いへと移っていく。
気が付くと開場三十分前になっていた。
とんでもなく広い会場も、多くのサークル参加者たちで埋め尽くされている。
するともこ姉さんが、隣のサークルの人に自身の同人誌を交換し合っていた。
「な、何をされているのですかあれは?」
繭原さんの問いに答えようと思った矢先、
「ああやって本日はともに頑張りましょうと互いの健闘を祈る一種の儀式みたいなものね。まあ簡単にいえば挨拶よ」
「ほぇ~、そうなんですかぁ」
多華町先輩の説明に僕もまた感心した。
さすがは先輩だ。恐らく事前情報をネットか何かで調べてきたのだろう。
何事も完璧にこなす彼女らしい。
あとはお客さんが来場するのを待つだけだ。
そう思っていたのだが、突如もこ姉さんが僕たちを集めた。
「さぁて、これから売り子であるお主たちにはと~っても重要な任務を与えるでござるよ」
何のことか分からず僕たちは首を傾げる。
しかし伏見くんだけは小さな声で「あーやっぱりきたかぁ」と察しがついているかのように溜め息を漏らしていた。
そしてもこ姉さんが一つの段ボールからあるものを取り出して広げて見せる。
「お主たちにはコレらに着替えてもらうでござるよー!」
……服?
ただそれは明らかに現代人が着るような衣服ではなかった。
それはまるで異世界ファンタジーで活躍するような異質な衣装である。
「これは伏見殿、これは紗依殿、これは繭原殿、それで最後にこっちは不動先生でござる!」
そこでようやくピンときた。
もこ姉さんが、伏見くんたちの体格や写真を要求したのは、衣装を用意するためだ、と。
なるほど。あの時伏見くんはその意図に気づいたから『行きたくなくなった』と漏らしたのである。
簡単に言うとコスプレをしてくれというのだ。確かにこれは慣れていなければ恥ずかしい。
「ほらほら、それぞれ更衣室に行って着替えてくるといいでござるよ!」
「あ、あのもこ姉さん、これは本当に着替えなければ?」
「当然でござる! それが売り子としての義務でござるよ!」
眩しい笑みを向けてくるもこ姉さんにそれ以上反論できなかった。
仕方なく全員が衣装を受け取った直後、伏見くんが何かに気づく。
「……あ、この衣装ってまさか『ザ・テイルズ』シリーズに出てくるキャラのやつ?」
「おおー、ご存じでござるか!」
僕は伏見くんが広げた衣装を見ると、確かに見たことのあるような造形をしていた。
「うっ……しかもオレ、永遠のショタっ子――ニータの格好じゃねえか」
さすがはゲーマーでもある伏見くんだ。一目見て何のキャラクターなのかすぐに出てくるのはやり込んでいる証拠だろう。
僕たちはそれぞれ更衣室に向かい着替えることにした。
早くしなければ開始時刻が迫って来るので急いで着込む。
驚いたのは身体のフィット感だ。特に僕のなんかはきっと大変だっただろうに、違和感なくいや、むしろ心地好ささえ感じる着心地である。
しかもカツラまでご丁寧に用意されていた。
着替え終えると、ちょうど伏見くんも同じように着替え終わったのか直面することになった。
「「……あ」」
お互いに自分の姿を見せ合いギョッとする。
伏見くんの格好は、銀髪の髪に白い生足が眩しい短パン姿だ。
「お、お似合いですね伏見くん」
「うっせ、ショタっ子キャラが似合ってるって言われて嬉しかねえよ! つーかお前もそれ悲劇のラスボス――ダオシュじゃねえか。どんだけそっくりなんだよ!」
「そ、そうでしょうか?」
煌びやかなウェーブがかった金髪が腰まで伸びており、闇を纏っているかのような黒装束と赤マントを装着している。
「ダオシュも確かバカでかい体格だったし、目つきも鋭かったもんな。思えばハマり役なのかもな」
それは伏見くんもです、とは気を悪くされるので言わない。
それにしてもダオシュ……ですか。
伏見くんの言ったように悲劇に見舞われたラスボスである。
本人は悲劇だと思っていないが、プレイしたほとんどの者は彼の生き様に涙をしただろう。
彼はかつて一国の騎士団長だった。幼馴染の王女と婚約していたが、ある日彼は小さな村娘に一目惚れをしてしまう。
その村娘と生きることを選んだ彼は国から出て村娘と生きていくことを決意するのだが、それを良しとしない国の上層部の企みで愛する女性を殺されてしまう。
まだ何も知らなかったダオシュは再び騎士へと戻ったのだが、恋人の暗殺に関わっていたのがかつての婚約者である王女だと知る。
復讐のために憎悪を膨らませ王女殺しを決意するが、王女がダオシュのことを想い嘆き苦しんでいることを知ってしまう。
そこで真実は王女が上層部の暗殺を止めようとしてできなかった事実に気づく。
世は争いの時代。力なき者たちの命が軽く扱われるような世界である。
国を守るためには強き王が必要とされた。
だから王女は次期国王と名高い、最強の騎士であるダオシュに戻ってもらうために、村娘の命と国を天秤にかけて、暗殺を知り止めることができなかったのである。
そんな彼女の苦しみを知ったダオシュは、心を殺し王として民を導くことにしたのだ。
村娘もまた平和を望んでいた。それ故に。
上層部への憎しみまでも心の奥にしまい込んで、彼らもまた国力維持には必要だからと言い聞かせて……。
しかしまたも上層部の企みで、今度は妻となった王女までもが暗殺され、ダオシュは今度こそ怒りに任せて上層部すべてを屠る。
だが上層部との戦いで民のすべてが国を離れ、ダオシュの仲間もすべて死んでしまう。
たった一人の王となったダオシュは自ら命を絶とうとするが、そこで二人の女性の願いを改めて思い出す。
平和な世を願う彼女たちは志半ばに死んだ。ならばそれを叶えるのが、王として、夫として、恋人としての責務だと。
それからダオシュはたった一人で他国すべてに宣戦布告を出した。
村を焼き払い、街を壊滅させ、国を崩壊へと導いていく。
まさに悪魔の権化とも呼ばれる『災厄の孤独王』として君臨した。
そしてそれを主人公たちが止めるために戦うのである。
しかしダオシュの狙いは、すべての悪意を自分へ集め、争いを起こしている国々を一つに纏めることだった。
ダオシュが主人公に討たれた時に口にした言葉は、『ザ・テイルズ』ファンにとってはいつまでも心に残るものだ。
『これで……ようやく終わることができる。平和は――――すぐそこだ』
それは悲劇に見舞われながらも、それでも膝を屈せずたった一人で戦い続けてきた男の死に様であった。
泣き言を一切言わず、ただただ愛する女性たちの想いを叶えるために一生を終える。
あまりにも報われていないダオシュに涙するファンは多い。それでいて彼の生き方がカッコ良いと思う者たちも同様にたくさんいた。
だからこそか『ザ・テイルズ』シリーズの中でも、敵ながらにしてダオシュは最も支持者が多いキャラクターになっている。




