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「それではさっそく行きましょうか」
伏見先生が運転する車に全員が乗り込み、目的地である【東京ビッグサイト】へ向けて走り出した。
助手席に座る僕は、後部座席に座る三人のことが気になり、ついつい耳を欹ててしまう。
「あなたたちがいつも不々動くんと仲良くしている人たちね。どう、彼は? 迷惑をかけていないかしら?」
まるで母……いや、姉のようなことを言う人である。
「そ、そんな迷惑だなんて! ふ、不々動くんにはいつも助けてもらっていて! お世話になってるのはこちらなんでしゅ!」
「あら、そうなの。そういえば【おおわかば幼稚園】が老人ホームで行った演劇を見せてもらったわ。千志くんだったかしら、とても堂々としていて立派だったわよ」
「きょ、恐縮ですぅっ!」
この前渡したDVDをちゃんと観てくれたようだ。
「それと伏見くん、ね。本当に不々動くんと正反対の見た目だわ」
「ど、どうも」
何だか伏見くんの様子がおかしい。
いつも憮然とした態度なのだが、どこか緊張し切っているような様子で……。
……ん? 伏見くんがチラチラとこちらを見てきますね。
まるでその眼は助けろと訴えているかのようだ。
ああ、そういえば伏見くんは女性が得意な方ではなかった。先輩のような清楚で可憐な年上の女性は特に。
「これからも不々動くんと仲良くしてあげてくれるかしら?」
「は、はいです!」
「ま、まあ暇だしな」
「ああそれと……」
直後、目をスッと細めた多華町先輩は繭原さんを凝視する。
「繭原さん、実は興味深い情報があるのだけれど」
「へ? きょ、興味深い……ですか?」
「ええ。何でも数回不々動くんに抱きしめられた……とか」
「だ、だだだだだだ抱きしめ!? しょ、しょんな事実はっ…………あ」
いえいえ、そこで思い出したような顔をしないでください繭原さん。
抱きしめたことなどはないはずです。抱き留めたことならまだしも。
「へぇ、やはりあるのね」
今度はギロリと僕の方を睨みつけてくる先輩。思わず身震いをしてしまった。
「どういう状況でどんなふうに抱きしめられたのか凄く興味があるのよ。教えてくれるわよね、ねえ?」
「ひゃ、ひゃぅぅ……っ!?」
元々大人しく消極的な繭原さんが、大胆不敵で積極的な多華町先輩に勝てるわけもなく、どんどん追い詰められている。
それはまるで肉食獣が草食獣を捕食する時の感じに似ていた。
こういう時、伏見くんはどうするのかと確認してみると彼はどこからか取り出したアイマスクをしてそっぽを向いて寝ている。
いえ、絶対寝たふりですよね伏見くん……。
まあ今の先輩には触らぬ神に祟りなしといった感じなので、伏見くんの対応は決して間違っていないとは思うが。
すみません繭原さん、自分も今の先輩には勝てそうにありません。……耐えてください。
ここは繭原さんの処世術に期待して、僕もまた我関さずを貫いて前だけを向いていた。
そうこうしているうちに【東京ビッグサイト】近くまでやってきていた。
そこで下ろしてもらって、伏見先生に送って頂いたお礼を行って、僕たち四人はもこ姉さんとの待ち合わせ場所まで向かう。
「――ん? おおー、こっちでござるよー、不動せんせーっ!」
目前でこちらに向けて手を振っている一人の人物がいた。
――愛田もこ先生である。
前に見たような白衣姿なので、かなり目立ち道行く人の目を引きつけていた。
本人はそんな視線など一切気にしていない様子で、満面の笑みで走り寄ってくる。
「今日は来てくれて感謝するでござるよー。おろろ、そちらが先生が見繕ってくれた売り子さんたちでござるな。初めまして、不動先生の専属イラストレーター、愛田もこでござるよー!」
気さくに話しかけてくるもこ姉さんのキャラに誰もが目を丸くしている。
無理もない。有名なイラストレーターが、まさかの『ござる口調』で見た目が中学生っぽいのだから。
「ござる……? な、なあ不々動、マジでこの人が愛田先生なのか?」
「そうです。ご紹介しますね。愛田先生……こちらは……? 愛田先生、何故そのような膨れっ面なのでしょうか?」
見れば不機嫌そうに目一杯頬を膨らませて僕を睨みつけていた。
「ぶぅ~、拙者のことはもこ姉と呼ぶと約束したでござろう」
「あ……すみません。失念していました、もこ姉さん」
「うむ! それでよいのでござる!」
「では改めて、こちらのお二人は自分と同じクラスメイトの、伏見虎大くんと、繭原糸那さんです」
「……うす」
「ほ、ほほほほ本日はよろしくお願いしましゅっ!」
二人らしい挨拶を交わす。
「そしてこちらは――」
「不動先生、自己紹介なら私自身で行うわ」
……不動先生?
いきなり呼び方が変わったが、多華町先輩は一歩前に出て一礼をする。
「初めまして。私は不動先生が通われている学園で生徒会長を務めさせて頂いております多華町紗依と申します。愛田先生……いえ、『もっこもこ』さんにお会いできて光栄です」
「んお? あれぇ? 何で拙者のハンドルネームを知ってるんでござるかな?」
「それは彼に教えて頂きました。あともう一つ、私は誰よりも先に彼の小説に輝きを見出した『ハナハナ』と申します」
「!? ……へぇ、お主があの『ハナハナ』殿だったのでござるな」
「私も、まさかあの『もっこもこ』さんが愛田先生だったとは驚きました」
……何だろうか、二人の間に火花が散っているように見えるのだが。
…………あ、そういえばこの二人、感想欄でよく意見衝突していたような。
「お、おい不々動? 何か雰囲気悪くねえか? この二人初対面なんだよな?」
僕は恐る恐る尋ねてくる伏見くんに、ネット小説サイト内での彼女たちの関係を伝えた。
実はこの二人、僕の小説を好きでいてくれるのはありがたいのだが、共通点はそれくらいで、好きなキャラ、好きなシーン、好きな描写などが全部違うのだ。
そのせいで度々感想欄で衝突していたのである。
例えば――。
『今回のお話も素敵でした。特に一番人気のシュリナの可愛さは際立っていました』
と、『ハナハナ』さんが感想に書くと、
『あらあら、勝手にシュリナを一番人気に上げるのはどうかと思いますわ。一番は小柄で愛らしいモリンに決まっていますわ。そのようなことも分からないとは情けないですわね』
すぐに『もっこもこ』さんからレスポンスが入る。
『フフフ、『もっこもこ』さんこそ何を言っているのかしら。シュリナは物語の初期からずっと主人公を支えてきた人物。時に姉であり、時に親友であり、時に恋人のような彼女こそ最高のキャラクターに違いませんよ』
『分かっていないのはあなたですわよ。モリンの可愛さは世界を救いますわ。特に物語でも大いに盛り上がった『バルティス事件』の時に誰よりも活躍したのはモリンであり、シュリナは病で倒れて参加すらできなかったではありませんの』
『大いに盛り上がったのが『バルティス事件』ですって? 誰がそんなこと決めたのかしら。一番支持を得ている話は当然『反トリシー軍討伐編』しかないでしょう。そこで思い悩んだ主人公を優しく包み込み支えたシュリナは一等星のごとく誰よりも輝いていました』
などなど、一度こうして始まれば、感想欄は彼女たちの言い合いで埋め尽くされていく。
それはもう名物といってもいいほど、今ではそれを楽しみにしている読者さんもいるくらいだ。
結局最後は僕が「どちらも素敵なキャラクターだと思います」と言うと、二人ともが反省して終わるということを毎回繰り返していた。
「そ、それ大丈夫なのか? いきなりケンカし始めねえよな?」
「あわわわわ」
伏見くんは懸念を抱き、繭原さんは完全に戸惑ってしまっている。
忘れていました。あ、会わせてしまったのは間違いでしたでしょうか……?
僕は今も互いの目を逸らすことなく見つめ合っている二人に怯えていると……。
「「……ふ」」
二人が同時に頬を緩めて握手をした。
「お主とは今後ともよろしくしたいでござるな、シュリナ似の多華町殿?」
「紗依で構いませんよ。モリン似の愛田先生?」
「ククク、なら拙者ももこでいいでござるよ」
「ええ、よろしくお願いしますね、もこさん」
何だか分からないが、握手をしたということは仲が深まったということでいいのだろうか。
「さて、さっそく会場へご案内するでござるよ」