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18

「はぁ。ところでその二日間の時間が欲しいってどういうことかしら?」


 若干言葉尻が冷たいような気がするが、今はとにかく説明しよう。


「実はですね……」


 僕はコミケに関することを教えた。


「――なるほど。そういうイベントがあるのは知っていたけれど。それの売り子……だったかしら?」

「はい。もしよろしければお力を貸して頂けたらと」

「ええ、いいわ」

「! よろしいのですか?」

「当然よ。今回の報酬なのでしょう? それにコミケは興味もあったしね」


 さすがはライトノベルを読んでいるだけはある。


「それは良かったです。これで愛田先生から頼まれたことも問題なくこなせました」

「あなたは本当に誰かに頼まれることが多いわね。先の幼稚園の問題もそうだけれど」

「あれは……妹が関わっていましたので」

「いいえ。たとえ関わっていなくとも、あなたに話が来たら確実に引き受けていたでしょう?」

「それは……」


 確かにクラスメイトである繭原さんからの頼みでもあったので、恐らく手を貸していたのは間違いないだろう。


「それもこれも過去のあの出来事から来ているのでしょうけれど」

「はい? 何か仰いましたか?」

「いいえ。ところで当日準備するものとかは?」

「それなら後日資料にしてお渡しできるかと」

「そう。ならその時を待っているわ。う~~ん」


 先輩が両手を天井へ向かって突き上げて大きく伸びをする。


「何だかホッとしたら眠たくなってきたわね。……寝ましょうか?」

「分かりました。明日も授業がありますからね。……ところで、自分はどこで寝ればいいのでしょうか?」

「一応予備の布団は押し入れにあるのだけれど……」

「分かりました。お借りします」


 僕は押し入れから布団を取り出す。広げてみると……。


「小さいわね……」

「小さいですね……」


 まあ自分用に先輩が買ったのだから仕方ないだろう。

 僕と先輩では体格に差があり過ぎるから。

 寝れば確実に敷布団や掛布団から足が飛び出てしまう。


「夏なのでお腹さえ冷えないようにできれば問題ありません」

「分かったわ。じゃあ隣に…………と、隣?」


 直後先輩がまたも顔を紅潮させて固まってしまった。


「こ、この狭い場所で隣に不々動くん……! ア、アカン……別の意味で寝られへんかもしれへん!」


 確かに布団を二枚敷くとスペースはほとんどない。


「あの、よろしければ自分はキッチンの方で寝ますが?」

「そ、それはダメよ! 不々動くんは私の大切なお客様なのだから! べ、別に隣同士なんて意識することでもないわ! そう、そうよ! それに慣れておいた方が良いとも思うし」

「慣れておく? 何にですか?」

「何でもないわ! さ、さあ、早く寝る準備をしましょう!」


 少し気になるワードがあったが、先輩は洗面所へと向かっていく。

 僕も歯磨きを行うためにお祖父ちゃんが持ってきてくれた紙袋から歯ブラシと歯磨き粉を取り出して磨き始める。

 最後にトイレを借りて、先に布団に入っていた先輩の隣に立つ。


「では電気を消しますね?」

「え、ええ……ど、どうぞ」


 明らかに先輩が自分のことを意識しているのを感じる。

 こちらも考えないようにしているのだから、先輩も頑張ってスルーしてほしいものだ。

 僕は電気を消すと布団へ寝転がる。

 いつもとは違う天井を見ながらふと思う。


 この状況、よく考えれば物凄いことなのでは……と。


 何故なら隣には、あの学園でも一番といってほど有名な生徒の模範――完璧な生徒会長なのだ。

 しかも外見はモデルや女優などにも負けないような美を備えている。

 こんなことが学園の男子たちが知れば、もしかしたら殺されてしまうのではと恐怖を覚えた。

 何せ先輩は男子の視線を釘付けするような魅力的な女性なのだから。


 ――ドクン、ドクン。


 普段より心臓の鼓動が速いような気がする。

 こんな静けさの中、この音をもし隣に寝ている先輩に聞かれていたとしたらかなり恥ずかしい。

 いや、さすがにそこまで大きな音ではないはず……と、思いつつ何気なく頭を横に倒し先輩の方を見た。


 ――――目が合いました。


「「っ!?」」


 直後、お互いに何故かは分からないが、身体ごと反転して背中を向け合った。


 お、驚きました……! いえ、何に驚いたのかはよく分からないのですが。


 ただまさか先輩もこっちを見ていたとは思わなかったので、目が合ったことでつい反射的に背中を向けてしまっただけだ。


 …………気まずい。


 何か喋った方が良いのか、それともこのまま静かにしておいた方が良いのか。

 するとその時である。


「………………今日は本当にありがとうね、不々動くん」


 先輩が話しかけてくれたのだ。


「い、いいえ。お気になさらないでください」

「ふふ、少し声が上ずっているわよ。そっか……あなたも意識してくれているのね」


 最後の方は小声で聞こえなかったが、それでもどこか嬉しそうな声音だと感じた。

 そして今なら何となくあることを頼めるかもしれないと考え、それを口にする。


「先輩……一つ我儘を言ってもよろしいですか?」

「我儘? あなたが? ……珍しいわね。いいわ、言ってみなさい」

「できることなら夏灯さんと秋灯さんには、先輩の口から倒れてしまった事情を教えてあげてください」

「! …………」

「夏灯さんは特に泣いてらっしゃいました。自分の無力を嘆き、悔しさに歯噛みしながら自分にあとを託してくれました。あの方は本当に心の底から先輩を慕っていらっしゃいます」

「…………そうね」

「ですから……もしよろしければどうか先輩が夏灯さんたちに」


 そこからしばらく沈黙が続く。

 先輩は決して鈍くない。むしろ人の感情や好意に敏感だ。

 きっと夏灯さんたちがどれほど先輩を想っていることか気づいているはず。

 ただそれでも強制することはできない。僕にできることは願うことだけ。

 長い長い静けさの中、やはり不躾な要求だったかと思い諦めかけたその時である。


「……あなたは本当に誰かのために動くのね」

「え……」

「いいわ。私だって、大切な友人にいつまでも隠しておきたくないもの」

「そ、それでは!?」


 思わず身体ごと振り向き先輩を見ると、彼女もまたこちらを向いていた。

 そして綺麗とも思える笑みを浮かべて言う。


「もう大丈夫だから、あなたは安心して。可愛い後輩の我儘だもの。先輩として聞いてあげるから」

「先輩……!」


 本当にこの人はどこまでも優しい人だ。


「明日も早いわ。おやすみ、不々動くん」

「はい。おやすみなさい、多華町先輩」


 僕は彼女の言葉を受け取ると、ゆっくりと天井を向いて瞼を閉じた。






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