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 少し前、彼女との間で噂になっていた。

 アイドル声優として活躍する不々動くんのクラスメイト。

 ここ数カ月で、まるで親友のような関係にまで発展した模様で、何があったのかは詳しくは知らない。

 不々動くんには今は亡き双子のお兄さんがいて、そのお兄さんと桃ノ森さんは親しかったということだけは不々動くんから聞いた。

 最近それが判明したことで、急速に仲が深まったらしい。


 しかも桃ノ森さんは、彼のことを『ろーくん』と親しさを見せつけるようなあだ名まで呼ぶ始末だ。

 ハッキリ言おう。……羨ましい。


「私も下の名前で呼ぼかな。…………ご、悟老……くん」


 カーッと全身が熱くなってくる。これはいきなりは無理そうだ。

 そして他にもここ数カ月で彼との距離を縮めた人たちもいる。


「繭原糸那に伏見虎大」


 その中でも特に顕著なのはこの二人だ。最近この二人は彼と一緒に昼食を屋上で摂っているという情報を入手している。


 え、どうやって入手したって? 私には私を慕ってくれる生徒たちがいるのよ。情報収集なんてお茶の子さいさいだわ。


 繭原さんとは同じ飼育委員でもあり、よく二人で動物たちの世話をしているとのこと。

 その時の二人は完全に二人だけの世界を作っていて、おいそれと入り込めない空気を醸し出しているとのこと。

 ハッキリ言おう。……羨ましい。


 あれ? これ二回目だったかしら。


 彼が親しくしている者たちの中で唯一の男性が伏見くんだ。

 伏見くんは、少し前にあった【おおわかば幼稚園】の問題で親しさが増したという。

 見た目は愛らしい少女のようで、女子生徒たち……特に上級生から『天使』や『トラちゃん』との愛称で親しまれている。ただ本人は嫌がっているようだが。

 ただ私はどこかホッとしている。ようやく不々動くんを見てくれる男子が現れたのだと。


 そしてそれは桃ノ森さんたちにも言えた。

 今まで不々動くんには私しかいなかった。

 彼を色眼鏡で見るような人たちばかりで、それを知っている不々動くんも、どこか友人作りを諦めている節さえあったのだ。

 だが今は楽しく会話できるような存在がいる。

 それは彼にとってとても良いことで、私が望んだことでもあった。


 でも……。


「…………なーんか納得いかへん部分もあるんよね」


 聞けば繭原さんを抱きしめたことがあるとか、桃ノ森さんだけを自宅に呼んだとか、桃ノ森さんの友人である舞川さんを口説いたとか……。


「ちょっと女の子との噂が多過ぎやし」


 まあでもこっちにもアドバンテージくらいはある。

 何といっても私は彼と一番長く付き合っている人物だし、その上、小説家としての彼の一番のファンだ。

 また想定外ではあったが、今回の件でさらにリードは固い。


 何故なら――泊まり!


 そう。彼が私の家に泊まるのである。

 これは何よりも強力な武器になるはず。きっと彼も平然としていて、内心ではドキドキしていると思う。

 だってこんな美少女が住む家に泊まるのだから。


「せやな。今日のこれは神様がくれたチャンスかもしれへん」


 ならばこれを利用して、一気に距離を縮めるしかない。

 私はそう固く決意し、全身を綺麗にして彼にアプローチしようと思った。



     ※



 薄壁隔てた向こうで多華町先輩が入浴している。

 僕は皿洗いをしつつ、今更ながらこの状況がとんでもないことだと実感した。

 ここは女性の、しかも一つ上の先輩が一人暮らしをする家で、そこに身内でも恋人でもない自分が一人転がり込んでいる。

 しかも一泊する約束までしているのだ。


 よく考えなくても、これは明らかに間違っているのでは……?


 つい先輩の力になれればと思い、ほとんど勢いのままに提案したことだが、さすがにやり過ぎだと思い始めていた。


 ……ですがこのまま放置もできませんし。


 やはり二人っきりは世間的にマズイと帰ったとしても、きっと先輩はまた無理をすることだろう。

 そうなったら再び過労と睡眠不足で倒れてしまう。 

 せっかく手助けをしたいのにそんなことでは本末転倒だ。

 なら今回のことは必要悪な……いや、悪ではありませんが、仕方のないことだと割り切ることにしましょう。


 泊まりに関しては友枝先生にも許可を得たし、他の人にも口外しないと言ってくれている。

 何よりも友枝先生や先輩は僕を信じて任せてくれたのだ。

 その信頼を裏切るわけにはいかない。


 僕も男ですし、女の子の家ということで思うところは多々ありますが、そこは自制心を働かせて頑張りましょう!


「……あ、そうです。お風呂上がりに何か冷たいものでも用意しておきましょうか」


 冷蔵庫を開けて何があるか確かめてみる。


 ……結構牛乳がありますね。


 少し一人暮らしには多いような気がするが、牛乳が好きなのだろうか。


「眠気覚ましにもなりますし、コーヒーミルクでも作りましょう」


 これから仕事をこなさないといけないので、お互いのためにもと作り始めた。

 ある程度の量を作ると、それを冷蔵庫に入れて冷やしておく。


 …………手持ち無沙汰ですね。


 何かやることはないかと思い、掃除でも……と考えるが、手入れが行き届いているせいか必要がない。

 どうしようか……と悩んでいるとスマホが鳴り響く。

 出るとお祖父ちゃんのようで、このアパートの近くまで来ているとのこと。

 僕はキッチンの傍に置かれていた鍵を取って、すぐに家から出てみる。

 アパートの敷地の外、僕たちが乗っていたタクシーが停止しているところに、別のタクシーが停まっており、その傍にはお祖父ちゃんが立っていた。


「お祖父ちゃん!」

「よぉ、ゴロー。ほれ、これ」


 お祖父ちゃんが手渡してきたのは紙袋だった。

 中を見ると着替えやら歯ブラシなどが入っている。


「泊まりになるんだろ? だったら必要だって婆さんが言ってな」

「わざわざすみません。ですが助かりました」

「なぁに、世話になってる先輩の力になるためにやってることだろ? 精一杯自分が納得できるまでしな」

「はい、ありがとうございます」


 お祖父ちゃんは「じゃあな」と言ってタクシーに乗り込み去って行った。

 僕は気を回してくれたお祖母ちゃんやお祖父ちゃんたちに感謝しながら、先輩の自宅へと戻る。

 まだ先輩は風呂から上がっていないようだ。


「……夜食の仕込みでもしておきましょうか」


 することがそれくらいしかないので、恐らく必要になるであろう夜食の下準備に取り掛かった。


「そういえばトマト以上にタケノコもたくさんあるんですよね。せっかくですから使わせて頂きましょうか」


 そしてそうこうしているうちに、風呂場の方から先輩が姿を見せる。


「ふぅ……。あら、何をしているのかしら?」

「あ、先輩、出られたんですね。夜食の仕込みです」

「ふふふ、夜通しやる気満々ね。今日は私を寝かさないつもりなのかしら?」


 妖艶な笑みを浮かべながらまたもからかってくる先輩。

 最近では慣れてきているので、いつもなら軽くかわすのだが……。


 うっ……何だか先輩がとても色っぽいんですけれど……!


 タオルで纏められた頭と、露出が多いラフな短パン姿。それに入浴したせいで上気した彼女の身体からは、どこか男をドギマギさせる熱と香りが漂ってくる。


 珠乃もいつかこんなふうに色っぽくなるのでしょうか……?


 今はまだ裸でキャッキャと騒ぎながら走り回るような子だが、成長するときっと美少女になるだろうし、男をドキッとさせる仕草だって増えてくるだろう。


 う~ん……想像できませんね。


「ん? その紙袋は?」

「ああ、これは先程――」


 お祖父ちゃんが持ってきてくれたことを伝えた。






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