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「……私って彼にとって魅力ないのかしら?」
ついそんなことを考えてしまう。
こう見えても容姿には多少自信がある。
小、中、高と、男子の視線を集中的に浴びてきたという自負もあるし、何度も告白だってされた経験があった。
外に出ればナンパも放っておかないほどの外見はしている。
普通の思春期の男子なら、美少女の着替えに興味があって然るべきだ。
「ま、まさか不々動くんは特殊な性癖の持ち主……とか?」
そう口にして頭を左右に振る。
ただ彼は誠実なだけ。恐らく私に不埒なことはしないと、私が彼を信頼しているから家に滞在する許可を出していると思っているはず。
その信頼をただただ裏切ることはできないと彼は真っ直ぐに行動しているだけなのだ。
もう少し男の部分を出してもいいのだけれどね。……私の前でだけ。
そう思い、何だか自分がそういう行為を求めているような気がして恥ずかしくなる。
ああもう、さっさと着替えましょう。
部屋着に着替えて、布団を畳んで部屋の隅に置く。
そしてこれまた部屋の隅に立てかけておいたテーブルを配置してから不々動くんを呼ぶ。
トイレから出てきた彼は、キッチンから持ってきた布巾でテーブルを拭き、そこに作った料理を運んでくる。
「わぁ……!」
思わず感嘆の溜め息が漏れ出るほど、そこには美味しそうな料理の数々があった。
「疲れた時はあまりガッツリしたものはどうかと思ったので、食べやすいものを作りました。トマトの冷製パスタとサラダ、そしてトマトのオニオンスープです」
「トマト尽くしね」
「冷蔵庫に結構保存されていたので。先輩トマトが好きだと思いまして」
「ええ、好物の一つね」
「トマトは酸味もあって食欲も刺激してくれますし、何よりも疲労回復に効果がある食べ物だったはずですから」
確かトマトの成分である『リコピン』がそのような役目を担っていたはず。そういう知識もあるとは、どこまで万能なのかしらね。
「とても美味しそうだわ。頂いてもいいかしら?」
「はい。僭越ながら自分も一緒に食事を摂らせて頂きます」
二人で合掌して「いただきます」と口にして食事を始める。
「あむ……んんー。このパスタ、冷たくてトマトの香りが口一杯に広がって美味しいわ。それにオニオンスープも玉ねぎの甘みがちゃんと出てて素晴らしい出来ね。さすがは不々動くん。お嫁にしたい不々動ランキング世界一位ね」
「自分は男なんですが。……それにそんなランキング初めて聞きましたけど。しかも不々動縛りですし」
「それは当然よ。たった今作ったのだもの。ふふ、何なら私のところにお嫁にくる?」
そんなふうに彼をからかえるくらいまでは心に余裕ができた。身体も回復したということだろう。
顔色も悪くないし熱もない。少しの間だが睡眠時間を取れたのが大きかったと思う。
それにしても彼は本当に料理が上手ね。
まるでレストランで食事しているかのようなクオリティである。
また疲労回復のためにと気遣える心も素晴らしい。
この人は本当にこの見た目でどれだけ損をしてきたのだろうか。
中身はとても優しく包容力の塊のような人物なのに。
それにからかって照れる様はとても可愛らしい。このギャップだけでも惹かれる女性は多いのではないだろうか。
「――――ふぅ。美味しかったわ。ありがとう不々動くん」
「いえ、喜んで頂けたなら幸いです。食器は洗っておきますので、先輩はもう少し横になって休んでてください」
「もう十分休めたわよ」
「これから仕事をこなすんですよね? だったら少しでも体力を温存しておいてください」
「ん…………だったらお風呂に入ってもいいかしら?」
実は少し汗もかいていたので気になっていた。
一人ならこのまま仕事に入り、仮眠を取ったのち朝にシャワーを浴びるくらいでいいが、今日はそういうわけにはいかないから。
「そう、ですね。分かりました。お風呂は先輩が寝られている間に沸かしておきましたので」
「あら、本当に気が利くわね」
「これくらいしかできませんから」
「ふふ、お礼をしなければならないわね。……どう? 一緒に入る?」
ちょっと心臓を高鳴らせながら聞いてみた。
「いえ、遠慮しておきます」
……ちょっとくらいドギマギしてくれてもいいと思うのだけれど。
もしかして私のからかいの耐性がついてきたのかしら。だとしたら考えものね。別のアプローチを考案しましょう。
私はクスリと笑みを浮かべ、その足で風呂場へと向かう。
洗面所と洗濯機がある脱衣所で服を脱ぐ。
下着もすべて洗濯籠に入れ生まれたままの姿になる。鏡に映る自分の姿を見て、視線を胸部へと移す。
「う~ん、もう少し育ってくれてもいいと思うのだけれど」
小さ過ぎということはない……と思う。
たとえ世間では小ぶりと言われても、形は綺麗に整っているはずだし。
牛乳をたくさん飲んでいるが、あまり成果は現れていないように見えた。
そこで壁一つ隔てた向こう側から鼻歌が聞こえてくる。
そうだ。この向こうには今日初めて招き入れた男の子がいるのだ。
……アカン、またドキドキしてきよる。
だってもしその気になったら不々動くんはいつでもこちらにやって来れる。
そうすると今裸の私は全部彼に見られることになるのだ。
そんなことをするような人ではないが、仮にそうなった時のことを考えると心臓の早鐘が止まらない。
あの大きな身体で、私の華奢な身体をギュッと抱きしめられたらどうなるのだろうか。
『……とても綺麗です、先輩』
ついでにそんな言葉を言われたら……。
きっと全身はマグマのように熱くなり、何も考えられなくなると思う。
でも……嫌じゃないと思っている自分もまたいた。
「…………~~~~~~~~っ!?」
ああアカンわ! これ以上ここにおると変なことばっか考えてまう!
頭を冷やす意味でもさっさと風呂に入ることにした。
身体に湯をかけたあとに湯船へと浸かる。
「はぁふぅぅぅぅ~」
生温かい息が口から出ていく。
「………………不々動くん」
今日は本当に彼には世話になりっ放しだ。
彼が傍にいると、何故こうも安心感があるのだろうか。
いつも彼は誰かの頼みを聞いては全力で解決に臨む。
そして必ず結果を出してくれる。だから私もつい彼を頼りたくなってしまうのだ。
ただ今回のことは完全なプライベートで、ましてや家庭環境が関わった複雑な問題でもある。
普通他人を巻き込みたくないし、他人だってそんなややこしい問題に近づきたくはないだろう。
それこそ身内に近い存在なら話は別だが。
しかし彼は親しいといっても先輩後輩の繋がりでしかない。きっと彼もそう評価していることだろう。
彼のことだから私のことを親友……いえ、友人としても見ていないかもしれない。
家族でも、ましてや恋人でもない私に対し、あそこまで親身になってくれるのは何故だろうか。
「ちょっとくらい……期待してもええんかな」
自惚れているわけではないが、学園の中で彼と親しい人物の中で上位に位置する自負くらいはある。いや、その中でも一番じゃないかなっって思ったりもしている。
だって彼が一年の時に出遭って、その時から彼はずっと一人ぼっちだったから。
喋る相手も私くらいしかいなかったはず。誰もが彼の見た目や噂で忌避し、彼という本質を見て見ぬフリをしていた。
本当は彼にもたくさん信頼できる友人などを作って豊かな学園ライフをエンジョイしてほしいが、自分一人だけが彼の〝本当〟を知っていると思ったら誇らしくなったのも事実。
何の因果か、彼が二年になってから徐々に彼を取り巻く環境にも変化が生じた。
「桃ノ森ももり……」