13
――――どっ、どどどどどどどどないしよコレェッ!?
私は平静を装いつつ、心の中はこのとんでもない現状に対しお祭り状態のような感じで騒がしい。
だって、だって、だって――。
「一応鍵は閉めておきました」
「あ、ありがとう。気が利くわね、不々動くん」
彼が私の家にいるんやからぁぁぁっ!?
何で? 何でこんなことになったんやったっけ?
ああいや、そもそも私が許可したんやった。
で、で、でも自分の家に男子を招いたことなんてもちろんない。
いつか親しい男性が現れて、ご招待したいという気持ちは持っていたが、まさかこんな早々と夢が叶うなんて思わなかった。
まあ不可抗力だったし、友枝先生が彼ならと許可したこともある。
グッジョブ、友枝先生!
ああちゃう! グッジョブとか言うてる場合やあらへん!
私は布団の中から、傍に座っている彼をチラリと見る。
彼もまたこちらをジッと見ていて当然目が合う。
~~~~~っ!?
ついサッと目線を逸らしてしまった。
ア、アカンッ! 意識したらアカンで紗依! 不々動くんは私の身を案じて傍におってくれとるだけなんやから!
せ、せやけど……。
もう一度彼の目を見ると、次に彼は恐るべきことをやってきた。
「失礼します」
――ピタリ。
大きくて少し冷たい手が私の額に置かれる。
「あ……」
思わず声が出てしまう。冷たくて気持ち良い。
本当に大きな手だ。私の顔なんてその気になれば掴むくらいはできそうである。
「…………いやいやいやいやっ、急に何しとんのん不々動くんっ!?」
「えっと、すみません。少し顔が赤かったものですから、もしかして熱があるのかと」
「い、いや、別に熱なんてあらへんから! だ、大丈夫やで! うん!」
「そ、そうですか」
しかし彼の手が額からどかされると、どことなく物寂しさを感じてしまった。
……はぁ。少し落ち着かなくてはいけないわね。これでは終始男の子に翻弄されるだけの残念な女の子だわ。
それにしても……本当に不々動くんが私の部屋にいるのね。
しかも…………二人っきりで。
ああダメダメ! そういうことは今は考えないようにしましょう。またおかしくなってしまいそうだしね。
「そういえば多華町先輩、夕飯の方はどうされますか?」
「あ、ああそうね。そういえばもうそんな時間かもしれないわ」
「よろしければ自分が何かお作りしますが?」
不々動くんの手作りっ!?
それはとても魅力的な提案だった。正直に言って彼の料理のスキルはそこらの女子よりも上である。
いや、女子力というカテゴリーで見れば、彼は同年代の女子を置き去りにするほどの能力を有していた。
家庭菜園で野菜や果物を育て、日頃から家事をこなし、漬け物やお菓子作りも上手い。
これだけを聞くと何とパーフェクトな女子だと思うだろう。
でも彼、男なのよこれでもね。
きっと良いお婿さんになるでしょうね。
彼が主夫をしつつ、私が外で働くとしたらどうだろうか。
……うん、別に悪くないわね。
疲れて家に帰ってくると、包容力のバケモノのような彼が出迎えてくれて、温かい料理を作ってくれる。そのあとは膝枕なんかしてもらったりしてね。
もうこれ癒ししかないじゃない。何なのこれ。考えれば考えるほど、彼は素晴らしい旦那さんになるという未来しかない。
それに彼は子供好きだ。誠実で真面目だし、きっと一途に妻を愛してくれるはず。
……うん、マジで悪ないわこれ。ああ、子供は二人くらいほしいなぁ。
「あ、あの先輩? 先程から黙ってられますけど大丈夫でしょうか?」
「ふぇにっ!?」
ああ失敗したわ。つい妄想を膨らませ過ぎてトリップ状態だった。変な声も出たし。まったく恥ずかしいわね。
「何でもないわ。えっと……夕ご飯のことだったかしら? でもそこまで面倒を見てもらってもいいのかしら」
「はい。疲れている時くらいは甘えてください。先輩は普段から甘えられる存在なので、たまにはこういうのもいいかと」
ああ、本当にどこまで彼は優しいのだろうか。
このままどこまででも溺れていきたいと思わせる。
「じゃ、じゃあ頼もうかしら」
「はい。では冷蔵庫の中身を拝見させてもらいますね」
そう言いながら彼は立つと、その前に家族に今日のことを伝えるために電話をしてから調理するとのことでキッチンへと向かっていった。
耳を澄ませば彼が自宅に電話をかけている声が聞こえてくる。
珠乃ちゃんには悪いことをしたわね。
きっと寂しがっているだろう。不々動くんがシスコンなのはとっくの昔に知っているが、珠乃ちゃんもお兄ちゃんである彼のことが大好きだから。
私は見慣れた天井をぼ~っと眺めながらゆっくりとした時間を過ごす。
思えばこんなふうにゆったりと時間を費やすのは久しぶりだ。
ここ一カ月半ほどまさしく激動というか超多忙な日々に追われていたから。
本来なら今すぐにでもパソコンに向かって仕事をしていたことだろう。
しかし今はそんな忙しさを考えずに横になることができる。
そんなことを考えていると、徐々に瞼が重くなっていき、私の意識は静かに闇の中へと沈んでいった。
そうしていつの間にか寝入ってしまっていた私は、不意にどこからか聞こえてくる声に覚醒する。
「――ち……ん……い」
とても聞き覚えのある声で、聴いているだけで安心できる音だ。
何度も私を呼ぶ声により、徐々に意識がハッキリとしていく。
瞼を上げると、視界に大柄な人物が飛び込んできた。
「え…………ええぇっ!? 不々動くんっ!? 何でここにおんのっ!?」
「? ……お食事を作っていたのですが」
「しょ、食事って……あ」
そこで思い出す。そういえば今は不々動くんと二人っきりだったことを。
「ご、ごめんなさい。寝惚けてしまっていたわね」
「いえ、ぐっすり気持ち良さそうに眠られていたので安心しました」
「ぁ…………寝顔……見たわよね?」
「はい。穏やかな寝顔でしたよ?」
「うぅ~……」
そういうことではない。女子にとって男子……特に気になる人に寝顔を見られるのは恥ずかしいものなのだ。
まあそんなことを言っても、この目の前にいる鈍感くんはまるで理解してくれないだろうが。
「お食事の用意ができましたので。起きられますか?」
「それくらい大丈夫よ。重病人というわけではないのだから」
まだ介護が必要な歳でもないのだから。
私は布団から身を起こすと、鼻腔をくすぐるとても良い香りのせいで、きゅるぅぅぅとお腹が鳴ってしまった。
うっ、今の聞かれた……わよね?
チラリと不々動くんの反応を見ると、彼は頬を若干緩めながら言う。
「身体も準備万端のようで何よりです。今ご用意しますね」
ソフトな対応が逆に恥ずかしさを覚えた。
執事? 執事なのあなたは?
緩やかな気遣いに、そんな佇まいを感じてしまった。
執事にしては顔が怖いかもしれないけれどね。
しかしそこで気づく。そういえば制服のままだったということに。
「ごめんなさい不々動くん、着替えてもいいかしら?」
「あ、すみません気が利かなくて。自分は外に出ていますね」
「い、いえ、そこまでしなくていいわよ。その……後ろを向いているだけで」
「え? さ、さすがにそれは……そ、そうですね。ではトイレをお借りしています。終わったら声をかけてください」
と言ってそそくさとトイレへ向かっていった。