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――翌日。
いつものように早朝に畑の手入れをし、朝食作りを手伝い学園へ向かう準備をする。
一応日中さんには、通達された連絡用のメールで後日会う約束を取り付けた。
ちょうど明日が祝日で授業がないということで、明日の午前十時に僕の家を訪ねてくれるとのこと。
何でも日中さんが住んでいる場所から、僕の家まで結構近いらしい。
学園に到着し自転車置き場に自転車を設置し教室へと向かう。
どうやら今日は多華町先輩が襲撃してくることはないようだ。
まあ彼女が望んでいた小説の続きは昨日投稿したのだから問題ないと思う。
前と違ってそれほど続きが気になる終わり方もしていなかったはずなので。
僕が教室へ入ると、
「おぉ、今日もでけえなぁ」
「それに怖ぇぇ」
「けどあの身長、十センチくらい俺にくれねえかなぁ」
などなどの呟き声が聞こえてくる。
今日もデフォルトの言葉に軽い溜め息が零れ出てしまう。
するとすでに繭原さんがもう登校していたらしく、僕の姿を見ると小さな声で「お、おはようございましゅ」と甘噛みで挨拶をくれた。
なので僕も会釈を加えて「おはようございます」と返す。
そのやり取りを見ていたクラスメイトは不思議そうに首を傾げている。
それはそうだろう。接点の見当たらない二人だし、クラスの中でも一番大人しそうな繭原さんが率先して僕に挨拶をしたのだ。驚くのも無理はない。
挨拶を返されたことが嬉しいのか、ぱあっと笑みを浮かべた繭原さんだったが、すぐに恥ずかしくなったようで自分の席に座って大人しくなった。
僕も席に着くと、昨日繭原さんに薦めてもらったライトノベルを読み始める。
昨日半分まで読んでから寝た。
書店員の繭原さんがオススメするだけあり、この本は面白い。転生ものはバトル系が多く、あまり読んでこなかったが、ほんわかする日常シーンがたくさんあって僕好みだ。
ドラゴンのくせにといったら失礼だが、小さな妖精に恋をするというのがまた斬新で興味をそそられる。
巨体で他のモンスターから恐れられるドラゴンだが、その性格はどちらかというと引っ込み思案で物静かなのだ。
何だか自分と似通っている部分があると思い、つい夢中に読んでしまう。
しかし恋……か。
今までそんな淡い思い出など一つも経験してこなかった自分には理解できない感情だ。
だからラブコメを書けないということもあるかもしれないが。
ドラゴンは妖精を好きになり、どうにか振り向いてもらえるように必死に自分を磨く姿はとても健気だ。
自分ももし誰かを好きになったら、こんなふうに真っ直ぐに想いを貫くことになるのだろうか。
う~ん…………想像できませんね。
いや、ずっと前に誰かを好きになったことがあるような……。ずいぶんと幼い頃の話なので、それが恋だと言われても覚えていない。
「……ぇ」
まあ恋が人生のすべてでもありませんし、今の僕には関係ないかもしれません。
「……ね……ら」
ただ恋という感情は理解しておいた方が、良い小説を書けるような気もする。
「ねえ……っ、ねえったら!」
「! はい?」
そこで初めて自分に向けて誰かが声をかけてきていることを知る。
本から視線を、その人物へと移す。
「はい? じゃないわよ! 何度も声かけてるのにスルーとか傷つくんですけどー?」
机を境に前に立っていたのは学園のアイドル的存在――桃ノ森ももりだった。
「えっと、すみません。少し本に夢中になってしまっていて」
「ふーん。それって何? ……ラノベ? へぇ、巨人くんってば見かけに寄らず、オタクなの?」
「どうでしょうか。漫画やアニメもある程度は観ますが」
「つーか明らかにスポーツマンってキャラじゃん、キミ。スポーツとかはやんないわけ?」
「はぁ。どちらかというと文化系なので」
「ぷっ、その見た目で文化系とかギャップが激爆なんですけどー!」
げき……ばく? そんな言葉ありましたっけ?
少なくともこの会話の流れで使うような単語は思い当たらない。
大人気の彼女が話しかけてきているものだから、誰もがこちらに注目している。
一体彼女は僕に何の用があって話しかけてきているのでしょうか?
「あの、何かご用でしょうか?」
「へ? ああそうそう。ちょっと巨人くんに頼みがあってさー」
「はぁ。何でしょう?」
「お昼、一緒に食べない?」
ガタッと座っていた男子たちが一斉に立ち上がり、女子たちも目を丸くして僕たちを見つめる。
あの繭原さんでさえ何故か不安そうに視線を送ってきていた。
「どうどう? アタシと二人っきりで? いろいろサービスしてあげてもいいわよ?」
何だか男子たちの視線が熱烈で痛いのですが……。
しかし尋ねた以上はちゃんと返事をしなければならない。
「すみません。お断りします」
「へ……!」
「「「「はあぁぁぁぁぁっ!?」」」」
クラスが一体になるということはこういうことなのでしょうか。
突然クラスメイトたちが同じような表情で声を上げたので驚いた。
「お、おい、断るのかよ……!」
「嘘だろ……。普通OKするよな?」
「つーか何で巨人なんかに、羨まし過ぎるぞ!」
男子たちは口々にそんなことを言っている。中には嫉妬の感情も見えるが。
女子たちも信じられないというような表情を浮かべている。
誘ってくれた本人もまた、笑顔を固めたまま頬を引き攣らせながら僕に向かって続きを話す。
「へ、へぇ~、断っちゃうんだぁ。ふ、ふぅん……一応理由を聞いてもいいかな?」
「先約がありますので」
「せ、先約?」
僕にとって約束というのは絶対守るべきルールだと思っている。
特に自分から施したものなら尚更だ。
「すみません。ですから桃ノ森さんのお誘いは受けられません」
「そ、そぉなんだぁ……っ」
「あの、本を読みたいのでもういいでしょうか?」
「!? …………いいわよ」
そうして僕は何だか静寂になった教室の中、一人授業が始まるまで読書に勤しんだのであった。
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