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「……仕送りとかは?」
「言ったでしょう。家が貧乏なのよ。親は仕送りをできるだけ送ると言ってくれたけど全部断って、送ってきても送り返しているから」
「失礼ですが、そこまで生活が困窮されているのでしょうか?」
「実家にはね私の他に二人の妹がいるのよ。双子でね」
双子……。
思わず自分とどーくんのことを思い浮かべてしまった。
そして先に見た写真に写っていた少女たちを思い出す。
「もしかしてあの写真に写っている?」
僕はタンスの上を指差した。
「え? ああ……ええそうよ。父に母、そして祖母。私を挟んでいるのが、妹たちね」
やはり妹さんたちだったようだ。珠乃と比べて少し年上のようだが、二人とも先輩に似て愛くるしい表情をしている。
しかも僕とどーくんと同じような一卵性双生児らしい。髪型は違っていて、一方がツインテール、一方がポニーテールではあるが。
「両親も共働きしているわ。でもその……言い辛いけれど借金もあってね。少しずつ働いては返しているのよ」
では何故わざわざ一人暮らしなどしているのだろうか。
実家で暮らした方が、少なくとも家賃や光熱費などに悩まされることはなかったと思うが。
「その顔はどうしてそんな家庭環境で私が一人暮らしをしているのか疑問って感じね」
だからエスパーですか。ちょっと怖くなってきましたよ。
「フフフ、あなたは分かりやすいもの。よく表情にも出るし」
これでもいつも無感情で不愛想で何を考えているか分からないと言われるのですが……。
何だか読心術を心得ていますと言われた方が信じることができる。先輩のことだから。
「極貧な家庭環境だからこそ、私は【真志羽学園】を選んだのよ」
「え……どういう」
「不々動くんはさ、特待生制度って知ってるかな?」
「いえ、聞いたことはありますが詳しくは」
「そっかそっかぁ。うちの学園はね、そういう制度があって。首席で入学した子には、学費が免除になる特典があるんだよー」
「へぇ、そんな素晴らしい特典が……あ、だからですか」
「そうよ。実際中学を出たら働こうって思ってたし。でも両親は高校も大学も出るべきだって。お金は何とか工面するからって言われてね。でも少しでも負担をかけたくなくて、できるだけお金がかからない高校がないか探したの」
「それがうちってわけなんだよー」
なるほど。そういう理由でしたか。
それにしてもだからといって本当に首席で入学できるのは凄い。
きっと死に物狂いで勉強をしたのだろう。両親……いや、家族のために。
「けれど毎年査定というのがあってね。少しでも成績が落ちたら学費免除の特典が削られて、減額あるいは失効になってしまうのよ」
今の段階でも暮らしがキツイのに、減額になるだけで致命傷になりかねないと彼女は言う。
「だから先輩は常に学年トップを維持し続けてきたのですね。……もしや生徒会も?」
「ええ。内申が上がるでしょう? そうすると大学進学にも有利で、奨学金とか一部学費免除とか優先的に受けられるし」
脱帽だった。
こんなに家族のために頑張っている人を見たことがない。
いつも優雅で余裕を感じさせる存在なのに、裏では努力という言葉では測れないほど必死に生きている。
家事を手伝っているとはいえ、お祖母ちゃんたちの家で平々凡々と暮らしている自分が何だか恥ずかしくなってきた。
「それでは寝不足というのは、もしかしてアルバイト関連の?」
僕が尋ねると先輩が「ええ」と言って、テーブルの上に置かれているパソコンを指差した。
「実はね翻訳のアルバイトをしているのよ」
「翻訳……って、英語を日本語にする仕事……とかですか?」
「和訳も英訳もどっちもよ。まあほとんどは和訳だけれど」
それって高校生がするようなバイトなのでしょうか……。
生き方もアルバイトもスケールが違うような気がする。
「普通はそうね、ファミレスとかコンビニでアルバイトをするのが普通なのでしょうけれど、外に出て働くのは移動時間とかもったいないって思ったのよ。できれば家にいられて仕事を続けられるものがないか探したの」
「それで翻訳の仕事を見つけられたと」
「そうよ。英語は得意だし私にピッタリだったから。とはいってもこれも知り合いのツテではあるけれど」
うちの学園ではアルバイトは禁止されていない。
だからそこに問題はないだろうが、あるとするなら彼女の立場だ。
常に成績トップを維持しなければならない勉学、完璧を貫く生徒会長としての仕事、そして寝る間を惜しんでの翻訳の仕事。
一体どれだけの負担を彼女が背負っているのか想像することもできなかった。
これまで倒れなかったのが不思議なくらいだ。
「どうして今回はその……倒れるまで?」
「……少し多めに仕事をもらったから。いいえ、仕事をしなければならない理由があったのよ」
友枝先生は知っているのか悲しそうに眉を寄せて見守っている。
「その理由とは……?」
「六月頃だったかしらね。実家の母からメールが入ったの。父がね、仕事で怪我をしてしまって入院したと」
「!? だ、大丈夫だったんですか!」
「ええ、足を骨折しただけよ。でもそのせいで仕事がしばらくできないって連絡があった」
だから先輩はいつも以上に仕事を請け負い、少しでも父の代わりになれればと働いているというのだ。
少なくとも親父さんが仕事に復帰できるまでは続けるつもりだという。
「わたしも何度も止めたんだけどね。でも多華町さんってば、一度決めたら絶対覆さないしさー」
「すみません。ですが妹たちにはあまり苦労させたくないんです。私が頑張ることで、少しでも妹たちが平和に過ごせるならそれで」
……気持ちは分かる。
もし逆の立場だとしたらどうだろうか。
僕だって珠乃が笑って過ごせるんだったら、喜んで働くだろう。たとえ疲労で倒れようとも彼女のためならば、と。
それにしても六月……ですか。
そこで不意に脳裏に浮かんだある光景があった。
以前珠乃が活躍した老人ホームでの演劇の映像を収めたDVDを、生徒会室にいる多華町先輩に持って行った時のことである。
その時、先輩は突如鳴ったスマホを見て愕然とした表情をした。
あれは見間違いではなかった。
そうだ。確か六月に入ってからの出来事である。
そしてそこからちょっとして多華町先輩からメールが飛び込んできた。
――助けて、不々動くん。
あのメールの真意はまさか……。
「……多華町先輩、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうしたのかしら、そんなに改まって。フフフ、まさか告白?」
「真面目な話ですよ。……以前、自分にくれたメールのことで」
「メール……! ……ああ、そういえば送ってしまったのよね、あれ」
「やはり……今回の件に関係していたのですね」
「あの時が一番混乱していたからね。父が倒れたことを知り、すぐに一度実家に行って様子を見たわ。父がしばらく働けないって聞いて。妹たちは泣きながら帰らないでって言うし、母も口では言わないけれど、実家にいてほしいような空気を出すし。それにその時に限って仕事のオファーが殺到するしで、もう何だかわけ分からなくなったのよね」
「それであのようなメールを……」
「誰でもどうすることもできないのは分かってたけれど、でも……誰かに縋りたくて……助けてほしくてつい……ね。送るつもりはなかったのよ。でも気づいたら……送ってた」
「どうして自分なんかに……」
それこそ一番仲の良い夏灯さんの方が自然だと思う。
「…………それはいつか教えてあげるわ」
「え? い、いつか……ですか?」
「そう、いつか……よ」
先輩は僕を見ながら楽しそうに笑う。
またからかわれているのだろうかと思ったが、どんなふうにからかわれているのかすら分からないので判断のしようがなかった。
「……つまり多華町先輩は、お父さんの穴を埋めるため、そして家族に仕送りするために寝る間を惜しんでバイトをしていた。そういうことですよね?」
「その通りよ。家は元々農家でね。でもそれだけでは食べられないから、父は農業と掛け持ちで工事現場で働いているのよ。その収入源が絶たれたら痛いどころの話ではなくてね」
だから少しでも足しにしようと、自分で稼ごうと思ったというわけか。
しかし先輩は仕事を引き受け過ぎてしまい、その疲れが溜まって今回のようなことになったという。