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 駆け足で僕と秋灯さんが向かったのは保健室だった。

 そこには保健の先生と夏灯さん、そしてベッドに横たわる多華町先輩の姿がある。


「…………多華町先輩」


 夏灯さんを見れば、彼女も激しく動揺しているようで不安そうに多華町先輩の手を握っている。


「大丈夫よ。まあ過労と睡眠不足がたたって倒れただけ。すぐに目を覚ますわ」


 保健の先生がそう診断し、とりあえず命に別状があるとかではないようなのでホッとした。


「はぁ~、良かったよぉ~」


 隣で秋灯さんは安堵して、張り詰めていた緊張の糸が切れたのかグッタリと椅子に座った。そんな彼女から話を聞く。

 あれから僕がいなくなった生徒会室で、夏灯さんが僕のように多華町先輩に追及したらしいのだ。そこでやはり拒絶した多華町先輩と少し言い合いになっていると、突然多華町先輩が倒れてしまったとのこと。


「私のせいです……私が会長を興奮させてしまったから」

「いいえ。それを言うなら自分です。疲れているのに怒らせてしまったことが原因だと思います」

「悟老くんは悪くありませんよ。それもすべて私が頼んだことなので」

「ですが……」


 どっちも自分の非を譲らず、場の空気が少しずつ悪くなっていく。

 そんな時だった。


「あーあ。多華町さんってば、無理しちゃったんだねぇ」


 聞き慣れた声とともに保健室に入ってきた人物を見ると――。


「友枝先生……?」


 元担任で生徒指導役を担っている友枝ゆえ先生だった。

 彼女はおもむろに多華町の方へ向かうと、その額にピタッと手を当てる。


「ん……熱はないみたいだねぇ。でもさすがに一人で下校させるのは難しいかなぁ。新田先生って車でしたっけ?」

「すみません、私は電車ですね」

「う~ん、わたしは徒歩だしなぁ……」


 確かにこのまま目が覚めたとしても一人で下校させるのは不安だろう。

 誰か付き添いがいた方が絶対良い。


「あ、あの……私が会長を送ります」

「夏灯さん……でも生徒会の仕事もまだ残ってるでしょ? それに確か多華町さんの家とあなたの家では正反対の方向だったと思うし。ここはタクシーでも使うかなぁ」


 その方が安全で良いだろう。

 ただこのまましばらく寝続けるのなら、彼女の家までおぶっていける力を持つ大人がいた方が良いとも思う。

 僕は先輩が寝るベッドへと近づき顔を覗き込む。


 うん。顔色もそれほど悪くないですし、少し寝ればまた元気になってくれそうですね。


「じゃあタクシーでわたしが送るから、みんなはここで解散ねー」


 友枝先生の言葉に従って、僕もベッドから離れようと踵を返したその時、何かに腕を掴まれた。


「……え?」


 見れば寝ているはずの多華町先輩の手が伸び、僕の指を掴んでいたのである。


「……先輩?」


 その光景を見た友枝先生が、僕と多華町先輩の顔を見比べるように確認すると、わざとらしく咳払いをした。


「あーどうやら多華町さんは不々動くんと一緒がいいみたいだねー」

「は? と、友枝先生?」

「ほらほら、本人からご指名も入ってるみたいだし」

「い、いえ、これは偶然かと。……あれ、離れない?」


 指を開こうとするが、ギュッと力強く握られていた。


「じゃあしょうがないから不々動くんもついてきてくれる?」

「自分も……ですか?」

「だってぇ、もうすぐ暗くなるかもしれないでしょ? そんな中、か弱い美少女たちを二人っきりにするつもりかなぁ?」

「…………分かりました」


 そんなことを言われたら頷くしかできない。

 すると僕に向かって夏灯さんが頭を下げてくる。


「悟老くん、あなたなら信頼できます。どうか会長をよろしくお願いします」

「……はい。責任を持って家に送らせて頂きます」


 それからすぐに友枝先生がタクシーを呼んでくれたので、僕は多華町先輩を抱えてタクシーへと乗り込んだ。

 助手席には友枝先生が座る。


 そして友枝先生から多華町先輩の自宅がある住所が告げられた。

 タクシーが静かに走る中、僕は隣で寝ている多華町先輩を見る。

 よく寝ている。いびきこそかいてはいないが、運ぶ途中も起きる様子は微塵もなかった。完全な熟睡状態である。

 余程疲れていたことが推察された。


「……寝込みを襲っちゃダメだよ、不々動くん」

「そ、そんな不埒なことはしません!」

「にゃははー、だよねー。分かってるってばー、冗談冗談」


 まったく。どうしてこうも僕の周りの女性たちはからかい好きなのだろうか。

 その時、ストン――と、右肩に軽い重みを感じた。

 見れば多華町先輩が頭を預けていたのである。

 瞬間にフワッと香ってくる優しいニオイに少しドキッとした。


 どうして女性の方は男と違ってこんなにも良い香りがするのでしょうか。

 まあそれでも一番好きな香りは珠乃のニオイなのですが。


 抱きしめた時に香ってくるあのお日様のような香りは、ずっと嗅いでいても飽きない。

 すると視線を感じて顔を上げると、友枝先生が顔をこちらに向けてジト目でジ~ッと見つめてきていた。


「……な、何でしょうか?」

「べっつに~。ただその状況をもし多華町さんが知ったら面白いだろうなぁって思っただけだぜ~」


 面白い……?

 いえいえ。先輩なら何事もなかったように「悪かったわね」と微笑を浮かべて言ってくるだけのように思えるが……。


 そんな車中でやり取りしているうちにタクシーが停止した。

 僕は運転手さんの力をお借りして、先輩を背中におぶる。

 そして目の前にある超高級マンションらしき建物を見上げていた。


 さ、さすがは完璧超人の生徒会長こと多華町先輩ですね。住んでいるところもご立派過ぎて一瞬目眩がしました。


 その気品ある佇まいや言動から、きっと良いところのお嬢様であり、一人暮らしといえどやはり親の意向などで立派な住まいで生活しているのだろうと推察していたが見事当たっていたようだ。

 以前一見したら腰を抜かすほど驚くと彼女は言ったが、確かに大したものだと溜め息は零れてしまう。

 ハッキリ言ってこんなホテルのようなマンションに入るのは初めてでちょっと緊張する。


「……あれ? どこ見てるの不々動くん?」

「え?」

「そっちじゃなくてこっちだから」

「こっち……? ………………へ?」


 友枝先生が指差したのは、僕が見ていたマンションではなく、その向かい側に立つ建物だった。

 だがそのアパートを見て思わず言葉を失ってしまう。


 ――【はすみ荘】――


 石壁に貼られたプレートに書かれた文字は、年季が入っているせいかすすれて読み辛くなっていた。

 その石壁の向こうの敷地内には、部屋数が僅か八室しかない二階建ての小さなアパートが建っている。

 築年数もかなりのもののようで、ところどころの壁は色落ちしていたり、鉄錆が発見できたりと古さを物語っていた。


「え、えっと……ここ、ですか?」

「あれ? もしかして初めてだった? あっちゃあ……そっかそっかぁ。多華町さんのことだから君には教えてると思ってたんだけどなぁ」


 失敗しちゃったなぁと困惑気味の表情を見せる友枝先生。

 するとそのタイミングで――。


「…………ん……んん」


 身じろぎしながら背中にいる先輩から声が漏れた。

 どうやら目が覚めた様子である。






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