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「いっただきまーす! あーんむ! んっ、んん~~~~~っ、おいひ~っ!」
「こらもうはしたない。では私も……あむ。……これは、本当に美味ですね!」
柴滝姉妹の舌にはどうやら満足を与えられたようだ。
さて、多華町先輩は……。
「あぁん……アカンわコレぇ……。甘くて美味しくて、トロけそうやわぁ~」
トロけているのは多華町先輩の顔だった。
一口、一口と食べる度に恍惚の表情を見せてくれる。
良かった。先輩に喜んでもらえましたね。
本当は心配だった。
連絡が途絶えたのは、自分が何か失礼なことをして嫌われてしまったのではと僅かながらにも考えていたのである。
しかしいくら考えても理由が分からず、今日この日に会って、もし自分が何かをしてしまったのなら謝ろうと思っていた。
ただどうやらそれは自分の思い過ごしのようであり心の底から安堵した。
……そこでふと思う。
どうして嫌われることが気になったのか。
今までならそれも仕方ないと思い、去る者は追わなかった。
拒絶され嫌われるのは慣れていたから。
でも気が付けばこのプリンだって、ご機嫌取りに作ったといっても過言ではない。
それだけ先輩には嫌われたくなかった…………ということなのだろうか。
なら伏見くんや繭原さん、そして桃ノ森さんはどうだろう。
彼らに嫌われたとして、自分はその時どんな行動をするか。
………………………………分からない。
実際その時になってみないと分からないが、伏見くんたちに拒絶される想像をしてみると、心臓がキュッと掴まれるような感覚がある。
これは一体……。
「……ねえ。…………ねえ、不々動くん!」
「っ! あ、はい、何でしょうか?」
「どうかしたのかしら? ぼ~っとしていたようだけれど」
「いえ、少し考え事を。そういえばプリンがどうですか?」
「ええ、とても美味しいわ。日々の疲れが癒されるようよ」
「……疲れが溜まっているのですか?」
「……! そんなことはないわよ。言葉の綾というものよ」
嘘だ。やはりこうして近くで見ると分かる。
あの化粧は恐らく目の下の隈を誤魔化すためだ。
よく僕自身も徹夜を繰り返し疲弊し切った表情を鏡で見るから分かる。
多分先輩はここ数日まともに睡眠時間が取れていないのではなかろうか。
クラスメイトの中にも徹夜でゲームをしていて寝ていないという人はいる。
だが先輩はそういうタイプではないと思う。
何かしら放置できない問題があり、それを解決するために時間を費やすような人だから。少なくとも自分はそう判断している。
僕は少し催したのでトイレへ向かい、用を足して出た直後に「――悟老くん」と声をかけられた。
「! ……夏灯さん?」
壁に背を預ける感じで、まるで誰かを待っていた様子だった。
「少しお話いいでしょうか?」
「は、はぁ」
どうやら待っていたのは僕のことだったらしい。
わざわざここで待っていたということは、生徒会室ではできない話なのだろう。
「会長のこと、どう思われますか?」
「……は? どう、とは?」
「会長は要領も良いですし、他人に弱みなど見せない方ですから上手く誤魔化していますが、よく見れば疲弊しているのが分かります。気づいていますよね?」
「それは……」
恐らく僕が多華町先輩をジッと観察していた様子に気づいていたようだ。
「最近会長から連絡が途絶え、それを不審に思って差し入れを理由に確かめに来たのではないのですか?」
「…………その通りです」
嘘を吐いても仕方ないので、見破られているならばと認めた。
「やはり。……実は会長、一年の時からちょくちょくあのような状態になることがあります。いえ、特に今回のは少し酷い方ですが。私も気にはなって以前にも尋ねてみたことがあるのですが、決まって少し忙しいだけと仰るだけです。悟老くんなら何か知っているのではないですか?」
「どうして自分が?」
「あなたは会長が唯一心を許している男子だからです」
「え……」
「あなたといると会長は本当に自然体で、とてもリラックスできています。楽しそうですし、表情も豊かです。親しいあなただからこそ、あなただけに秘密を伝えている可能性があると思ったのですが」
「……そんなことありませんよ。親しいといっても、それはやはり先輩後輩というだけで」
「! ……本当にそう思っているのですか?」
「ええ。自分も多華町先輩の様子が気になり原因を聞いてみましたが、詳しいことはやはり教えてはもらえませんでしたから」
「悟老くんにも……ですか」
「多華町先輩の傍にいる夏灯さんでも知らないのですから、自分などに多華町先輩が秘密を打ち明けてくれるとは思えません」
「…………これは本当に強敵ですよ、会長」
「ん? 何か仰いましたか?」
「いいえ、ところで悟老くん。少しお願いがあるのですが」
夏灯さんが直接頼ってくるのは初めてだ。
「これから秋灯を連れて少し用事があると生徒会室を出ます。二人きりになった時に、会長に疲れの原因を聞いてほしいのです」
「それは……話してくれないと思いますが」
「大丈夫です。少し強引に迫れば、きっと会長のことですから押し負けるはずです」
「強引にって……そんな根拠がどこに……」
「乙女の勘です」
勘ですと言われても……。
「会長が秘密を打ち明ける相手がいるとするなら、もっとも可能性が高いのはあなただと私は思っています。どうか会長の重荷を少しでも軽くしてあげてください」
お願いしますと彼女が頭を下げてくる。
「……本当に夏灯さんは多華町先輩のことが好きなのですね」
「なっ…………おほんっ。そ、そうですね。私にとって会長は憧れの存在でもあり、常に目標としてきた人物ですから。それに……とても可愛らしいじゃないですか」
こんなこともあったのですよ、と多華町先輩の過去を喋り始める。
まるで自分のことのように話す彼女を見て、どれだけ多華町先輩のことを大事にしているのかが分かる。
だからこそ秘密を打ち明けてもらえないのは悔しいのだろう。
こんなぽっと出の異性なんかに頼らないといけないのだから。
それでも少しでも多華町先輩が気楽になるのならと、彼女は自分にできることをする。
そういえば前に多華町先輩と話している時に、いつも話題になるのは柴滝姉妹だった。その中でもとりわけ夏灯さんの話が多い。
一年からクラスもずっと同じで、生徒会も一緒に切り盛りしてきた繋がりもあって、二人の絆はすごく強い。
多華町先輩も夏灯さんにはいつも助けられていると素直に言葉にしている。
互いが互いを想い信頼し合っているのがよく分かった。
ふとこんな強固な関係が羨ましいと思うこともある。
またそんな関係をずっと維持してほしい。
だから二人のためになるなら、僕にも何か助けになるなら力を貸してあげたい。
「…………分かりました。多華町先輩と話してみます」
僕の返答に、心の底から嬉し気な笑みを浮かべた夏灯さん。
普段あまり感情の起伏を見せない彼女のそんな可愛らしい表情に少しドキッとしたのは秘密にしておこう。
そうして再度二人で生徒会室へ戻ると、打ち合わせ通りに夏灯さんが秋灯さんを連れ出していく。