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「自分からもおめでとうございます。第三期、楽しみにしていますから」
「わ、私からもです! おめでとうございます!」
「ん、ありがと二人とも。頑張るから応援よろしくね! でもアタシとしては早くろーくんの作品がデビューしてアニメ化してほしいんだけどなぁ」
「それは……期待されるのは嬉しいことですが」
桃ノ森さんにはある夢がある。
それは僕の作品がアニメ化したら、そのヒロインを演じること。
対する僕は、『夢を見つけること』と夢と定めている。とはいっても、桃ノ森さんに提案された夢ではあるが。
しかし僕自身も、将来の夢を見つけたいと思っていないこともないので、日々を生きていく上で、少し意識しているのもまた事実だ。
「わぁ~、確かに不々動くんの作品がアニメ化したら凄いですよね! 私絶対観ます、買います、保存します!」
何だかよく分からない三原則が繭原さんから述べられた。
聞けばテレビでリアルに観て、DVDあるいはブルーレイを買って、保存用にも同じものを買うとのことらしい。
「おいおい、気が早えんじゃねえか? まだデビューもしてねえのに」
現実的なのは伏見くんくらいだ。
「あーもう、フッシーってば夢ないし! ロマンが足んないぞ!」
「うっせ。期待ってのはする方はいいが、される方はプレッシャーになんだよ。だから適当に頑張れってくらいがちょうどいい」
彼の言う通り、下手に期待されるよりは気楽かもしれない。
そう考えれば期待に応えるというのは、物凄いエネルギーがいるようなことだろう。
それが自分のやりたいことだったとしても、他人からの期待が大き過ぎると、もしかしたら重圧に圧し潰されて、自分の道を見失うことだってある可能性も高い。
日中さんも言っていた。
読者の方々の期待に応えるのはもちろん当然だが、必ずしも満足のいく結果が得られるわけではない。
ただ結果的に期待を裏切ってしまう形になってしまっても、そこで諦めないことが大切なのだと。
挫折しそうになり道を見失っても、そこはまだ道の上だということを忘れないこと。そうすれば暗闇の中でも歩き続けることはできる。そしていつか必ず光明が差すのだ、と。
日中さんはそう自分に言い聞かせて、今もたくさんの作品を手掛けている。
その中には売れない作品もあるし、当然嘆きそうになることもあるらしいが、それでも次があると彼女は歩みを止めない。
そうすることでいつか報われることを信じているから。
「でも確かに期待って疲れることあるよねぇ。アタシも時々しんどいって思う時あるし」
超人気な声優ともなれば、その期待もまたレベルが違うことだろう。
「ところでろーくんは、まだ会ってないの?」
「はい? 誰にですか?」
「誰って、『妹カワ』の作者」
「え……え? 会うって……そういう機会はないんですが」
「あ、そうなんだ。あれ? アイツ、ろーくんのこと話したら興味持ってたし、てっきり会いに行ってたと思ったけど……」
「あ、あの桃ノ森さん?」
「ん? ううん、何でもないし。まあ、あれでもろーくんと同じレーベルで活躍する大作家だし、そのうち会うことになると思うよ」
何だかとても気心の知れている人物を語るような口調が気になった。
いえ、恐らく顔合わせもそうですが、作者がアテレコ現場などに現れることもあると聞くので、もしかしたら仲が良いのかもしれないですね。
「それよりもさ、売り子ってコスプレとかするの? ねえねえ、どうなの?」
突如またガラリと話が変わる。
そんな感じで、桃ノ森さんが主導となって昼休みは終わっていった。
放課後になり、僕は何となくその足を生徒会室へと向けていた。
やはりあれから一切連絡もない多華町先輩のことが気になったからだ。
自分では何も手伝えないかもしれないが、せめて顔だけ見るだけでも良いし会いに行こうと思った。
すると生徒会室へ向かう道すがら、後ろから声をかけられる。
「おーい、悟老くーん!」
「え? ……ああ、お久しぶりです夏灯さん。秋灯さん」
振り返ると、そこには生徒会役員である柴滝姉妹がこちらに向かって歩いていた。
「お久しぶりです。もしかして生徒会室へ、ですか?」
「はい。お二人もお仕事が?」
「うんうん、そだよー。てか毎日そうだけどねー」
「そう、ですか……」
「? ……どうかされたのですか?」
僕の考え込む態度が気になったのか、夏灯さんが尋ねてきた。
「あ、いえ。その、多華町先輩はお元気ですか?」
「は? ……会長が、ですか?」
「どったのいきなり、そんなこと聞いてさ」
「いえ、最近連絡が無かったものですから、お忙しい日々を過ごしてらっしゃるのではと思いまして。もしそうならと、差し入れを」
僕は右手に持っていた包みを見せる。
「おー、そういえば気になってたけどそれナニナニ?」
「これはプリンです」
「もしかして手作りですか?」
「はい。僭越ながら自分が作らせて頂きました」
「わおっ、まさかの女子力高い発言だ!? お姉ちゃん、こやつやりよるぜよ!」
「あなたは何を言っているの? まあでも確かに手作りプリンとは恐れ入りましたが」
「ねえねえ、もしかしてアキたちの分もあるのー?」
「一応六つほどありますので」
「おおーっ! お姉ちゃん、早く生徒会室へ行くよ!」
「はぁ……本当にこの子は食い意地が張って。すみませんね、悟老くん」
「早く早くー!」
トトトと走り先へ行く秋灯さんが手を振ってくる。
そうして三人で生徒会室へ向かった。
夏灯さんが前に立ち生徒会室の扉を開けて中へと入っていく。
久しぶりの生徒会室でもあり、多華町先輩でもあったので少し緊張しながら僕も入る。
「……あら? 懐かしいお客様がいるわね」
そこには学園のトップであり、才色兼備を地で行く生徒会長――多華町紗依先輩が普段と変わらぬ様子でパソコンで仕事をしていた。
僕を見て若干皮肉めいた言い分も懐かしさを感じさせる。
「お久しぶりです、多華町先輩」
「ええ。今日はどうしたのかしら?」
僕は自然に振る舞う彼女をジッと見つめる。
「あ、あの……不々動くん? そんなに見つめられると、少し気恥ずかしいのだけれど」
「! す、すみません。不躾でした!」
「い、いいえ。べ、別に私に見惚れる男子は珍しくないもの。ええ、だから私の頭を撫でながら見つめる許可を与えてあげるわ」
……いつものようなからかい文句だ。
一瞬ホッとしたのだが、若干違和感を覚えるのも事実だった。
よく見れば目が少し充血しているし、常にナチュラルメイクを心掛けている彼女にしては珍しく、少し目元の化粧が濃いような気がする。
これは気のせいだろうか。やはりどこか疲れている様子も感じてしまった。
「……突然の訪問すみません。最近お会いできていなかったものですから。陣中見舞いというわけではありませんが」
「あら、もしかして差し入れか何かかしら?」
「そーなんですよ会長! 何と悟老くんの手作りプリンですよ手作りプリン!」
「夏灯、秋灯! すぐにお茶の準備をしなさい! 三分以内よ!」
「らじゃ~!」
「三分も必要ありません。一分で支度します!」
多華町先輩に命じられ、優れた執事やメイドのようにテキパキ動き始める二人。
その一切無駄のない行動で、有言実行を見事完遂させた。
「わぁわぁ! おいしそーなプリン~!」
僕が包みから出したカップに入っているプリンを見て、まず最初に目を輝かせたのは秋灯さんだった。
「自分は結構ですので、どうぞ皆さんで召し上がってください」
「そう? ありがとう、お言葉に甘えるわね。他の役員の子たちの分も置いておいてあげましょう」
そうして多華町先輩は残り三つを冷蔵庫へ保管した。