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「――は? コミケに参加してくれだって?」
翌日の昼食時、昨日と同じく屋上に集まってくれた二人に愛田先生からのオファーを伝えた。
当然のごとく伏見くんはお前大丈夫かというような表情で見てくる。
それも無理からぬことだ。
何せ僕自身がそこへ行くようなイメージはないだろうし、人混みが苦手ということも知っているから。
「つーかお前よぉ、誘う相手間違ってね? 俺に繭原って……」
あーやっぱりそうですよね。
ただ人選に関して僕が声をかけられるのは彼らしかいない。
「繭原さんはどうでしょうか?」
「えっと……私はその……きょ、興味はないこともないですけど。でも私なんかが何をできるかといえば答え辛く……」
やはりライトノベルを好む人種として、オタク文化にも精通しているようだ。
「売り子をしてほしいとのことでしたので、特に難しい作業はないかと思います」
「は、はぁ……それならできるかもですけど」
僕は繭原さんから視線を伏見くんへと向けた。
彼も一瞬考え込むような仕草を見せるがフラフラと手を振る。
「俺はそんな暑苦しいとこに行きたくねえや。前にテレビとかで観たけどよ、何時間も炎天下の下で人混みの中待ったりするんだろ? 昨日も言ったけど、俺は日差しに弱いんだよ。そんなことしたらあくる日から寝たきりになっちまう」
「それは恐らく大丈夫かと。あくまでもサークル活動としての参加ですので、並ばずに開催時間前に会場へ入ることが可能らしいので」
「え、そうなの? うーん、でもなぁ」
「それに伏見くんも漫画やゲームが好きなんですよね? きっと一見の価値くらいはあると思うのですが」
「ま、まあそうだけどよ……けど人混みがなぁ」
やはり彼にとって一番のネックはそれらしい。何十万もの人が一気に押し寄せてくる場所なのだ人酔いするだろうし、苦手な人は何が何でも近づきたくないと思うはず。
「どうしても無理なら仕方ありませんが」
「…………つーか、お前ってコミケを手伝うような関係者がいたんだな。それに驚きだぜ。どんな人なんだよ」
「自分のイラストを担当してくださる絵師さんですが」
「…………は? え、絵師? イラストレーターってことか?」
「ええ。何でも毎年参加されているらしく、今回は売り子の手がないということで、是非とも手伝ってほしいと頼まれたのです」
「あ、あの不々動くん! イラストレーターさんのお名前は何ていうんですか!」
突然食いついてきたのは繭原さんだ。さすがはライトノベルに関しては敏感である。
「愛田もこ先生という方です」
「ふぁっ!? あ、あ、あ、愛田もこだってぇぇぇぇぇっ!?」
てっきり驚愕したのは繭原さんだと思いきや、声を上げたのは伏見くんだった。
「お、おい待て不々動! あ、愛田もこって、あの愛田もこか! 『ザ・テイルズ』シリーズの!」
「よくご存じですね。その通りです」
「マ、マジかよ……っ!」
「わ、私も聞いたことあります。ゲーム雑誌で特集とか組まれている方ですよね。でもラノベのイラストを担当されていたんですね」
「ラノベの絵を描くのは今回が初めてらしいです。その……もこね……愛田先生が自分の作品を気に入ってくださったようで」
「すっげえじゃねえかっ! 俺も『ザ・テイルズ』のキャラデザめっちゃ好きなんだよ! 特に女キャラが可愛くてよ!」
「自分も好きです。特に好きな女性キャラでいえば第五弾シリーズの『ハルモニア・ザ・テイルズ』に出てくるカレンでしょうか」
「おおっ! 話が分かるじゃねえか不々動! だよな! やっぱカレン最高だよな! あの清楚な見た目だが出るとこは出て、それに何よりもシスターってのが良い!」
どうやら本当に彼にとって大好きなゲームでキャラクターらしい。こんなに興奮する彼を見るのも珍しいかもしれない。
「マジかぁ。んじゃその人と会えるってことじゃねえか。よしっ、この俺が手伝ってやるよ不々動! 感謝しろよな!」
「本当ですか? きっと愛田先生も喜んでくださいます」
「あーサインとかキャラ絵とか描いてもらえるかなぁ」
良かった。伏見くんが愛田先生のファンだったとは予想外ではあったが、嬉しい誤算でホッとした。
「うぅ……私も『ザ・テイルズ』をしなきゃ」
伏見くんとは対照的に、繭原さんはどこか意気消沈したかのように暗い。何かブツブツ言っているが考え事だろうか。
「あーっ、やっぱここにいたしっ!」
そこへ大きな声を張り上げて現れたのは桃ノ森さんだった。今日は傍に舞川さんはいない。
「うひゃあ、今日も暑いねぇ。何だか楽しそうだったけど、何話してたのろーくん?」
「実は……」
僕は彼女にもコミケ参加のことを伝えた。
「それっていつ?」
「コミックマーケット自体は8月9日から8月11日の三日間ですが、自分たちがお手伝いをするのは二日目の10日と最終日の11日ですね」
本格的にサークル参加するのは初日で、最終日は世話になっているサークルの手伝いと聞いている。
すると桃ノ森さんは懐から可愛らしいピンク色の手帳を取り出して開く。
おっと、これはもしかして残り一人の人材を確保できるかもしれない。
「ん~……うわ、二日とも仕事だし……あ、でも最終日は午後から行けるかも……ギリギリかもしれないけど」
残念。誘えるかと思ったがそう上手くはいかなかった。
「ねえねえ、サークル名は?」
「あ、あの、桃ノ森さんはこういうイベントに抵抗はないのですか?」
「え? 何で? オタクの祭典だから? もうろーくんってば、アタシの仕事を忘れてないよね?」
あーそういえば彼女は人気アイドル声優でしたね。彼女の派手な見た目から、ついオタク系から離れてしまう。
「前にビッグサイトにもイベント参加で呼ばれたこともあるし」
三日間のうち、様々なイベントが催されるが、その中で声優の座談会みたいなものもあったらしい。
その時に新人声優として作家したのだそうだ。
「それでサークル名を教えてほしいんだけど?」
「そうですね。サークル名は『もこもこ同盟』です」
「OK~。最終日は必ず顔くらい出すし。ちゃんといてよね」
「はい。ところで舞川さんも来られるのでしょうか?」
「あーあの子はオタク系に疎いしなぁ。でもまあろーくんがいるって話したらついてくるかも」
「? どうして自分がいたらついてこられるんですか?」
「だってあの子ってば、幼稚園の件もあってろーくんを認めてるしね。ろーくんのお蔭でお遊戯大会成功したようなもんだし」
「それは言い過ぎです。自分はできることをしただけですから。あくまでも成功できたのは、皆さんが尽力した結果だと思います」
「はいはい。ろーくんのその最低自己評価っぷりはもういいから。そんなことよりろーくんにフッシー、それにイッチーって、最近ホント仲良いよね~」
もちろんイッチーというのは繭原さんのことだ。彼女の名前の糸那から取ったらしい。
「あ、でもその分、あの生徒会長とはあんまり会ってないとか?」
「へ? ……多華町先輩、ですか?」
「うんそう。だってアタシがろーくんと出遭った最初の頃なんて、いっつも先約ぅとか言われて生徒会長にろーくん取られてたし」
そういえばそんなこともありましたっけ。
確かに少し前までは昼食を一緒に摂るようなことも多かった気がしますね。
「もしかしてケンカしちゃったとか? あーでもろーくんに限ってケンカとかはないかな」
「はい。ケンカはしていませんが、最近お忙しいらしくて会ってはいませんね」
「ふぅん……」
何故か少しホッとしたような表情を桃ノ森さんが見せている。
「つーか桃ノ森、第三期もやるみたいじゃねえか。おめでとさん」
「へ? いきなり何さフッシーってば」
「いやいや第三期で分かれよ。『妹カワ』のことだっつうの」
「ああ、アレか。まあ余程のことじゃない限り、一期から続けてる声優が変わることなんかないしねー」
伏見くんが言ったのは『妹が世界一カワイイとしか思えない』という、今ラブコメジャンルで一番人気のライトノベルが原作のアニメだ。
一期、二期と絶好調で、今度の十月アニメとして第三期が放映決定したのである。
当初からメインヒロインを務めていたのが桃ノ森さんで、この役で桃ノ森さんがアイドル声優として人気を博したといっても過言ではない。
文字通り一番の代表作といえよう。