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 夏休みまで凡そ一週間を切った。

 特にこれといった日常イベントは起こらず、平々凡々と過ごしていたが、不意に気づいたことがあった。

 それは最近多華町先輩からメールなどの連絡が来ないことである。

 あのからかいのメールから一切送られてきていない。

 いつも何かにつけて小説の更新催促などがあり、それに付随した形で他愛もない言葉のやり取りをしていた。


 しかしそれもあの日から一切来なくなったのだ。

 ゴタゴタが一段落したと彼女は言っていたが、また違うゴタゴタにでも追われているのかもしれない。もしくはそれこそ本当に生徒会の仕事が入ったのも考えられた。

 先輩は努力を人に見せない方だが、あれほどの完璧さを保つためには陰で相当な努力をしていることは分かっている。


 成績だって学年では常にトップを維持しているし、身嗜みなどにも常に気を遣っているのだ。

 きっと家では成績を維持するために必死に勉強をしているだろうし、加えて生徒会を円滑に行うためにも、日々骨を折っているはずである。

 一瞬労いのメールでもしようかと思ったが、もし仕事などに集中しているなら邪魔になるだろうと考え止めておいた。

 僕は自室のパソコンに向かい、今日の分のネット小説の更新をする。


 ……そういえば、最近は『ハナハナ』さんとしての感想もないですね。


 この『ハナハナ』というのは多華町先輩のことだ。いち早く、僕がネットで活躍する不動ゴローだと気づいた最初の人物である。

 彼女はネット小説を漁るのが趣味らしく、その中でも嬉しいことに僕の小説をいたく気に入ってくれていたのだ。


 ひょんなことから僕が不動ゴローだとバレてからずっと秘密を守ってくれている。

 いつも小説を更新すると感想を書いてくれるのだが、ここ最近書き込みはない。

 やはり小説を読むこともできないほど忙しいのかもしれない。

 自分が手伝えることなら手伝うが、前のような力仕事ならともかく、きっと僕に頼んでも仕方のないものだろう。あるいは完全なプライベートなこと。


 仲良くさせてもらっているといっても、そこまでプライベートで付き合いがあるわけではない。

 お互いの家も知らないし、二人でどこかへ遊びに出掛けたというのもない。

 一度作家デビューを祝して、ある店で御馳走にはなったがそれだけだ。

 言うなれば伏見くんや桃ノ森さん、繭原さんの方が、僕の家にも来てくれているのでまだ親しいくらいである。


「そういえば先輩は現在一人暮らしでしたね」


 彼女の実家は京都にあるらしい。

 高校に入るために上京してきたことは聞いていた。

 しかし何故わざわざ関西から遠くの地までやってきた理由は知らない。


「一人暮らしもきっと大変なんでしょうね」


 家事全般を一人でこなさないといけないのだ。勉強に生徒会がそこに加わると、ほとんど自由な時間がないように思える。

 それでも苦だと表情に出さないところが本当に凄い。


「…………ん? メール?」


 パソコン用のアドレスに新着メールが入っていた。

 ここにメールを送る相手は、担当編集者の日中さんくらいしか……。

 あ、いやもう一人いた。

 そう思い、メールボックスを開いてみる。


『やあやあやあ、元気でござるかな不動先生! キミが愛してやまない魅惑の天使――愛田もこでござるよー』


 そう、この度、僕の作品のイラストを担当してくれる絵師さんの愛田もこ先生だ。

 相変わらずメールでも濃いキャラをしている上、ツッコミしにくいことを言ってくる。


『お疲れ様です。自分は元気です。愛田先生はどうですか?』


 ここから少しメールのやり取りをすることになる。


『こーら、拙者のことは〝もこ姉〟と呼ぶべしって申したでござろう』

『すみません。ちょっと恥ずかしくて』

『仕方ないでござるな……って言うと思ったでござるかな? ざーんねん! 拙者はここで諦めぬ! 不動先生がもこ姉というまでりっちゃんの恥ずかしい話を書き連ねるでござるよ!』


 これはいけない。僕のせいで日中さんにまで飛び火してしまう。


『……分かりました。では……もこ姉さん。何かご用でしたか?』

『うむ! それでよいのでござる! ああそうそう、今すこーしだけ電話がOKでござるかな?』


 メールではできない話なのだろうか。それとも長い話になるのかも。

 僕が大丈夫ですと返事をすると、すぐにスマホに着信が入った。


「もしも――」

「ところで不動先生は学生だったでござるな?」


 せめて挨拶くらいはさせてほしかった……。


「はい、高校二年生です」

「ふむふむ。ではもうすぐ夏休みだと思うのでござるが、何か予定は入っているでござるかな?」

「特には。夏休み終盤に行われる夏祭りに、妹と行くくらいでしょうか」

「ならば決まった予定はないというわけでござるな。りっちゃんに聞いたところ、最終原稿も送り終わったみたいなので、ちょうど良かったでござるよ」


 ちょうどいい? どういうことでしょうか?


「不動先生はコミケはご存じでござるか?」


 コミケというと、コミックマーケットのことだ。

 簡単に言うと、世界最大の同人誌即売会のこと。

 しかし売っているものは同人誌だけでなく、グッズやゲームなどもあるし、コスプレ撮影会など様々なイベントも催される。


 夏と冬の二回に行われていて、基本的には三日間続く。その三日間で、一般参加者の数は五十万人を越える人が集まり賑わいを見せる。

 まさに日本が誇る文化の最大イベントといえるだろう。

 僕が知っていると答えると、すぐに返信がくる。


「コミケには拙者も参加するのでござるよ! もちろんサークル参加者として」


 サークル参加者とは、客ではなく同人誌などを売る側のことである。サークル参加者は、応募すれば誰でも参加できるわけではなく、抽選であぶれてしまうこともあるのだ。

 ちなみに大手のサークルは、優先して参加できる機会が設けられているという。

 聞けば毎年必ず参加しているらしく、結構名の通ったサークルとのこと。


「メールをしたのはお願いがあってのことでござる。実は当日予定していた売り子が、どうしても外せない用事ということで不参加になってしまったんでござるよ。そこでもし良かったら、不動先生に手伝ってほしいと思いこうして声をかけさせてもらったのでござる」


 なるほど、コミケ……ですか。


 正直言うと興味はある。いつか一度くらいは言ってみたいと思っていた。

 ただ珠乃が生まれてからは、基本的に彼女中心の夏休みを送ることになっていたこともあり、そんな時間が取らなかったのである。

 ライトノベルだけでなく、漫画やアニメも嗜む身としては足を運んでみたい。

 それにサークル参加ということは、長時間開催するまで暑い中を待たなくていいわけだ。


 これは非常にありがたい。

 それにこれといった予定もないので、体験してみたい僕としては嬉しい誘いだ。

 ただ珠乃の面倒をお祖父ちゃんたちにお願いすることにはなるだろうが。

 その時にダダをこねないといいが、こればかりは話してみないと分からない。


「魅力的なお誘い、ありがとうございます。自分としては興味もあって是非参加させて頂きたいと思います」

「わおっ、本当でござるか! それは助かるでござるよー! さすがは拙者の不動先生でござるな!」


 いつ愛田……もこ姉さんのものになったのかは分からないが。


「そうとなれば、当日に用意するものや最低限の知識などを書いたファックスを送るでござる。あ、ファックスがあるでござるか?」


 問題ないことを告げると、後日用意して送ると言ってくれた。


「ああそれと、もう一つお頼みしたい事項があるのでござるが。不動先生が参加してくれるのは心強いのでござるが、できればあと一人か二人ほど、もし手伝ってくれるような人材がいれば助かるでござる。当てはないでござるか?」


 当て……。


 パッと思いついたのは伏見くんたちの顔だ。

 しかし伏見くんに繭原さんは、人混みが得意ではないし、桃ノ森さんも多忙なアイドル声優でもあるので難しいだろう。


 舞川さんは、誘えるほど親しくはない。連絡先も知らないし。

 多華町先輩は現状のこともあるからもってのほかだろうし、柴滝姉妹は……連絡先は知っているが、親密度で言えば舞川さんと同等である。

 こう考えてみれば本当に交友関係が狭いものだ。


「一応何人かは知り合いがいますので、声をかけてみます。ただいろいろ事情がある人たちなので難しいかもしれませんが」

「ううむぅ、なるほど~。でもまあもしかしたらってこともあるしお願いしてもよいでござるかな。できたら不々動くんを除いて三人くらいほしいでござるかな」

三人と聞いて何人かすぐに顔を思い浮かべた。

「その知り合いの人たちがOKなら連絡してほしいでござる。すぐにその人たちの分の資料も用意するので」


 僕が了承すると、


「よーし、じゃあじゃあ次は~、謎めいた不動先生の私生活についてお話するでござるよー!」


 そんな感じで一気に話題を変えてきた。

 別に謎めいているわけではないと思いますが……。


「えっと……お手柔らかにお願いします」


 断れない雰囲気を悟り、こうなったらもこ姉が満足するまで付き合おうと思った僕であった。






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