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「まあ俺は幼稚園の手伝い以外は、家でぐうたら三昧だな」
「私も外に出るよりは家でゆっくりしている方が多いかも……」
どうやらここにいる三人とも超がつくほどのインドア派らしい。
僕も外に出る用事が無い日は、恐らく家で執筆活動をしているだろうから。
「つーか、俺はどっちかってーと、海よりは山派だな」
「そうなんですか? どうしてでしょうか?」
「俺さ、日焼けすると皮膚がすぐに真っ赤になって高熱が出るタイプなんだわ。しかも真っ赤になるだけで黒く焼けねえから、肌を焼きたくても焼けねえし」
三人の中で一番白い肌を持つのが伏見くんである。
繭原さんも桃ノ森さんも、彼の肌のきめ細やかな白さを見て羨ましがっていた。
「山も焼けるけど海みてえに肌を露出しねえし。森の静けさとかは好きだしな。あとバーベキューとか美味そうだ」
「それは海でもできるのでは?」
「おい不々動、それは違うぞ」
「え?」
「山でキャンプをしながらバーベキューってのが良いんじゃねえか。海なんか行っても、リア充どもがキャッキャウフフしているのを見ながらだと、肉も魚もまずくなる」
ああ、なるほど。
確かに海は人が多いでしょうし、落ち着かないという人もいるかもしれませんね。
「わ、私も山……ですね。木陰で読書とかしたいです」
「ああ、それは気持ち良さそうですね」
「不々動くんもそう思いますか! はい! できれば川のほとりがいいですね。清流の穏やかに流れる水の音を聞きながら、たまに聞こえてくる鳥の声をBGMにするんです。風情がありますよね」
おお、それはきっと心地好さそうです。読書家の繭原さんならではの願望でしょう。
「自分は……どうでしょうか。どちらかというと、今まで海へ行く機会は多かったですが」
泳ぐのが好きなどーくんだったので、自然に彼の望む海へ家族と行っていた。
別に僕自身、山か海かどっちでも良かったからだ。
「けれどお二人の意見をお聞きして、自分もやはり山かもしれませんね」
どちらかというと静かな場所の方が良いから。
「あと、川で釣りはしてみたいですね」
「おおっ、いいなそれ! 鮎とかヤマメとか釣って、その場で塩焼きとか最高じゃねえか。不々動は魚捌けるんだよな?」
「はい。お婆ちゃんに教わっていますから」
さすがにマグロを解体しろと言われれば躊躇しかねないが。
「でもネックは……虫なんだよなぁ」
「あはは、そう……ですよね」
伏見くんも繭原さんも虫は歓迎ではないようだ。
山は虫の宝庫でもあるし、夏は活発に動く時期だ。
特に蚊は直接的な害もあって鬱陶しいだろう。
「俺は毎度毎度蚊の野郎に安眠を妨げられてるしな。マジでこの世から消え失せねえかなアレ」
相当の恨みを持っているみたいだ。気持ちは分からないでもないが。
「それに俺ってよ、刺されると普通の倍くらいに腫れちまうから見た目も気持ち悪いし。何より痒いし。ああ、思い出してきたら腹立ってきた。今度会ったらグーで潰してやる」
「私も蚊は苦手ですね。夜寝てる時に、急に耳元でブーンっていうのはちょっと」
「だよな? 繭原もそう思うよな? しかも一匹潰したと思ったら、どこに隠れてたんだよって感じでもう一匹出てくるし!」
「うんうん。本当に蚊だけは何とかしてほしいですね。血を吸われるのも嫌ですし。不々動くんもそう思いますよね?」
「いえ、自分はどうやら蚊にあまり吸われない体質らしくて」
「「……え?」」
「それに蚊もこの見た目が嫌いなのか、あまり積極的に寄ってきた経験がありません」
「「う、羨ましい……!」」
その代わりといっては何だが、珠乃はよく吸われるが。だから虫よけスプレーや、蚊取り線香は夏場には欠かせない。
「んだよその羨ま体質は! そのユニークスキルを俺にくれ!」
そんなことを言われても……。
「でも蚊が寄ってこないというのは本当に羨ましいですね。何故なんでしょうか?」
「まあ蚊はニオイに敏感だっつうからな。そのニオイで血を吸う対象を決定してるらしい。不々動から蚊が嫌うフェロモンみてえなもんが出てんじゃねえか?」
「……そんなニオイが?」
僕はそう言いながら思わず自分のニオイを嗅いでしまう。
「だ、大丈夫です! 不々動くんのニオイはとても良い香りがしますから! 私が保証します!」
繭原さんからフォローが入るが、これはどう返したらいいのだろうか。とりあえず礼は言っておくべきか。
「あ、ありがとうございます?」
「……おい繭原、その言い方じゃ、普段から不々動のニオイを嗅いでるプロフェッショナルみてえだぞ」
「ふぇいっ!? しょ、しょしょしょしょんなことないでしゅからっ!?」
あわあわと顔を真っ赤にして両手を忙しなく動かし否定している。
「まあ繭原がニオイフェチなのはどうでもいいとして」
「ど、どどどどうでもよくないですぅ!」
「蚊も不々動が発するただならぬオーラを感じて避けているのかもな」
「オーラ? 自分からそんなものが……」
「……いや冗談だからな」
あ、そうなのですか。つい信じてしまいました。
そういえば世の中には人のオーラが見えるという人もいますが、あれは本当なのでしょうか。
いやまあ、どうでもいい話なんですが。
「……あ、そういやお前らは進路ってもう決めてんの?」
「はい。一応文系の大学へと」
「わ、私もその……同じ文系です」
「ほほう。繭原は不々動と同じ大学へ行きたいと」
「ふぇ!? べ、べべべべ別にそういうつもりで言ったわけじゃないですよぉっ!」
「悪い悪い、冗談だ」
繭原さんは先程よりも顔が真っ赤だ。それにこちらをチラチラと見ては激しく動揺している様子を見せている。
「伏見くん、あまりからかうのは」
「いや、お前らって冗談とか真に受けるからつい面白くてな。すまんすまん」
「伏見くんはどうなんですか?」
「俺も文系だな。つってもやりたいことなんてねえけど。不々動はまあ、ラノベ作家って肩書もあるけど、繭原はどうだ? やりたいことあんのか?」
「わ、私はその…………本に携わる仕事ができればと」
「ああ、そういや実家が本屋だもんな。ん? だったら別に大学行かなくても継げばいいんじゃね?」
「でもですね、こんな世の中ですし、うちの本屋だっていつ潰れてもおかしくないってお母さんも言ってまして。だから大学くらいは出ておけと」
「まあそれが現実的だわな。あ、じゃあ編集者なんかどうなんだ? ちょうどここにその編集者と接してる奴もいることだし勉強になるんじゃねえの?」
「そ、それは……えと……」
遠慮深そうに繭原さんが僕を見てくる。
「繭原さんが編集者に興味がおありなら、僕で良かったら力になりますよ。担当編集者さんからもいろいろ話を聞くことだってできると思いますし」
「へ、編集者……編集者……」
若干顔を俯かせてブツブツ何かを言い始めた繭原の耳元に伏見くんが近づき……。
「もし不々動の担当編集者にでもなったら、二人三脚で公私ともに仲良くなれるかもなぁ」
「~~~~~っ!?」
何を言ったのか分からないが、繭原さんはボフッと顔から湯気を出した。
「もっ、ももももももうっ! 伏見くんっ!」
どうやらまたからかわれたみたいだ。
本当に伏見くんは悪戯好きである。
僕はそんな二人のやり取りを眺めながら、まだ残っている弁当に舌鼓を打つのであった。